基本的なケアの質を高めることで、実現!寝かせきりゼロ、拘束ゼロのプロセスとは。(「7つのゼロ」の介護実践講座④)
私たちは、朝起きてトイレで排泄し、食事をし、普通のお風呂で入浴して1日を過ごし、就寝します。
そんな当たり前なことが、介護が必要になると難しくなってしまう現状があります。
“介護が必要な人に最期まで気持ち良く、主体的でその人らしい生活を過ごしてもらいたい。”
そんな想いから、特別養護老人ホーム駒場苑はある目標を掲げました。
それは、「7つのゼロ」という目標です。
「7つのゼロ」とは、寝かせきりゼロ・おむつゼロ・機械浴ゼロ・誤嚥性肺炎ゼロ・脱水ゼロ・拘束ゼロ・下剤ゼロのこと。
完全にゼロにしていくことが目的なのではありません。
あくまでも、その人らしい生活に近づけていくために、望まないこと、不快なこと、健康や精神状態に良くない影響のあることを減らし、安心で心地よいかかわりや介助をみんなでやっていくことを大切にしています。
2023年3月2日(木)より4週連続で開催された「7つのゼロ」の介護実践講座では、総合ケアセンター駒場苑施設長の坂野悠己さんを講師に迎え、「7つのゼロ」について具体的な実践方法や事例を交えて学びました。 本レポートでは、その4回目である『寝かせきりゼロ 拘束ゼロ』の内容の一部をまとめます。
一時的な体調不良や終末期以外で、日常的に昼夜問わず24時間ベッドで寝て過ごす生活をゼロにします。
昼夜ベッドで寝て過ごすと、表情がなくなったり、心肺機能、血圧の調整機能の低下、褥瘡(じょくそう)ができたり、拘縮がおきるなど、様々な機能低下を招いてしまいます。
今、寝たきりになっている方に対して、どのようなケアができるのか?具体的な事例を踏まえて学んでいきます。全ての内容をチェックされたい場合、KAIGO LEADERSのオンラインコミュニティ「SPACE」に入会いただくと、本イベントのアーカイブ動画がいつでも見放題となっています。
拘束とは何か
坂野さんより、「拘束ゼロ」について説明いただくにあたって、まずは拘束とは何か教えていただきました。
具体的には、身体的拘束、薬で行動を抑制をする「ドラッグロック」、言葉による拘束の「スピーチロック」の3点についてお話されました。
身体的拘束
ベッドで柵を囲んでベッドから出られないようにしたり、車椅子にY字ベルトで利用者を固定し、車いすから立ち上がれないようにしたりすることは“身体拘束”にあたります。
駒場苑では、私が入職した頃(2010年頃)、車いすから立ち上がって歩き、転倒を頻繁に繰り返される方がいました。その方は、Y字ベルトで車いすに固定されていたんです。「転倒を防ぎたい」という考えでその対応をしているのですが、まずその考えをやめないといけません。そうは言っても、「転ばしても良い」ということではありません。まず、歩く自由はできるだけ保ちたいですよね。その上で、転びにくい環境をつくっていくことが大事です。また、例え転んだとしても、大怪我をしなければ良いと考えています。
どのように転びにくい環境をつくっていったのでしょうか。
居室に椅子やチェストといった手すり代わりになるものを配置することで、立ってもすぐに転倒しない環境づくりをしました。
また、転んでしまっても、大怪我になりにくくする工夫もあります。
転んでしまったとしても、何かに掴まった状態で転ぶ方が衝撃が少なくなるので大怪我をせずに済む可能性が高まります。
歩行できなくなってしまうリスクがあるため、一番困るのは、大腿骨頸部骨折です。現在、それを防ぐようなプロテクターパンツが販売されています。そういったパンツを履いていただくこともあります。
拘束ゼロを掲げるにあたって、転倒リスクは増えてしまうので、その点については、入所時の契約のタイミングで家族と認識のすり合わせをしておくことも重要です。
他にも、利用者にミトンという手指の動きを制限する手袋をはめることも身体的拘束にあたります。
例えば、自分で点滴を抜いてしまうような方が、その行為をしないようにミトンをはめるといった対応です。
駒場苑にも、とにかくお尻を掻きむしってしまい、お尻が血だらけになってしまうのでミトンで防いでいる利用者がいました。他の拘束もされていて、どうにかその拘束をなくしたかったんです。まずは、“お尻が痒くならないようにする”ということを考えました。その方はパッドとおむつで蒸れてしまって痒くなっていたんです。駒場苑の“おむつゼロ”の取り組みで、おむつとパッドを着用していましたが、綿パンツとパッドに変更したことで、通気性が良くなり、蒸れにくくなりました。入浴ケアの改革もあり、お尻を綺麗に洗う時間もでき、入浴後には痒み止めの軟膏も塗布しました。その結果、その方はお尻を掻かなくなって、ミトンや拘束が必要なくなったんです。排泄ケアと入浴ケアの質を向上させた結果、拘束が全部外れるというケースがあるのだと感動しました。
利用者の拘束を外すためには、本質的な要因を見極め対応する必要があるのですね。
ドラッグロック
次にドラッグロックについて説明していただきました。
ドラッグロックとは、認知症で徘徊、暴言や暴力が激しい方に睡眠薬や精神薬を過剰に服薬し、ボーッとしたり、ほぼ寝ているような状態にさせることです。
ドラッグロックをしないためには、食事、排泄、入浴といった基本的なケアの質を高めることが重要です。認知症の方の徘徊、暴言や暴力といった症状は、生活上の不快感によって機嫌が悪くなることが起因している場合が多いです。認知症があっても機嫌が良ければ、別に問題にならないということは結構あったりしますよね。
他にも、楽しみや役割といった生活のハリになるものがあれば、不安にならずに済みます。
また、慣れ親しんだ物に囲まれることで安心感を抱けるようにすることも効果的なアプローチです。
駒場苑では、入居する時に私物をできるだけ持ってきてもらうようにしています。自分の物が置いてあるから、ここは自分の場所なんだと、認識してもらうことも重要です。このようなアプローチをした上でも落ち着かないケースの場合、服薬することも考えます。薬は最終手段にしてほしいです。
スピーチロック
スピーチロックとは、言葉による拘束のことです。
利用者に「動かないで」、「そこにいて」等声を掛け、行動を制限すること等を指します。
スピーチロックをしてしまうことの根本的原因は、職員が忙しくて心の余裕がないということが挙げられます。スピーチロックを無くしていくためには、職員の業務負担を軽減していくことが求められます。
具体的には、食事、入浴、排泄といった直接利用者に関わるもの以外は介護職がやらなくてもいいようにしているとのこと。
以下のような工夫を駒場苑ではおこなっています。
寝かせきりゼロ
次に、寝かせきりゼロについてご説明いただきました。
寝かせきりゼロの考え方としては、ただ起こしておけばいいっていうものではありません。「主体的にその人らしく過ごしてもらった結果、寝かせきりにならない」という考え方を目指しています。
なぜ、寝かせきりゼロを目指すのでしょうか。
寝たきりになると、様々な機能が衰えてしまいます。そもそも起きないと意欲は湧かないと思います。座る姿勢になることで、褥瘡(じょくそう)や拘縮を予防できたり、人とのかかわり等が刺激になり、認知症の進行予防になります。
どのような過程で寝かせきりゼロの状態にしていくのでしょうか?
まずは座位の時間を作ることから始めます。リクライニング車いすを使用する必要があり、ほとんど寝ているような姿勢で過ごしている方も少しずつ角度を上げていくことで、直角に座れるようになる方もいらっしゃいます。そういった方はリクライニング車椅子から普通の車いすに変更され、より動きやすくなっていきます。
次のステップはどうするのでしょうか?
座ってはいられるけども、自分で動けない方もいますよね。座ったままの状態にしておくのは、お尻がすごく痛くなるんですよ。少し体を動かす時間を作ったり、昼寝の時間を作ることも大事です。
そして、ご自身で動ける方は好きに動けるように介入していきます。
起きる動機づけをしていく必要があります。趣味ができる、行きたいところに行く、やってみたいことができるといった環境づくりが重要です。そのために、ご本人やご家族から情報を聞き取っていきます。
具体的には、歌、生け花、習字や昔やっていた趣味活動をされています。駒場苑では、一緒に趣味活動をおこなうのは、介護職員ではなく、事務の職員がに担うことで、介護職員の業務負担軽減を図っています。
また、役割を持つことも、いきいきとした生活を送る上で効果的です。
ミシンでズボンを縫う方がいたり、習字が得意な方は1日一言名言等を書いてもらって掲示して披露する役割を持っています。
また、季節の変化を楽しむことも動機づけとなります。
利用者の行動範囲をフロアにとどめていません。狭い空間でずっと同じ人と交流することで煮詰まってしまわないようにしています。
利用者が他のフロアに行って、他のフロアの利用者と交流できるようにしています。また、1階が共有スペースになっていて、そこにテレビ、漫画、本等があり、そこで過ごすこともできます。事故のリスクについて指摘があると思いますが、入所される前に、施設の方針とリスクについて説明し、ご家族にご理解いただいています。
もっと行動範囲を拡げて、外出もできるようにしています。
駒場苑では、1年に2回、職員がやりたいけど業務中にできなかったことを自由にやって良いフリーの日を作っています。例えば、「お寿司を食べたい」と何度も仰る利用者と一緒に回転寿司に行った職員がいました。また、草野球のコーチをしていた野球好きの利用者と奥様と一緒に野球観戦をしに行った職員もいました。その野球好きの方は、野球場に到着された途端に号泣され、奥様もその姿を見て涙を流されていたそうです。
このような素敵なエピソードをきっかけに職員の皆さんは、積極的に利用者の行きたいところにお連れするようになったとのことです。利用者の外出意欲も向上し、寝かせきりゼロにつながっていきます。
おわりに
全4回の「7つのゼロ」の介護実践講座が終わりました。最後に坂野さんよりメッセージをいただきました。
駒場苑が一貫して目指しているのは、最期まで気持ちよく主体的にその人らしい生活を過ごしてもらうことです。そのためのツールとして7つのゼロに取り組んでいます。1つでも皆さんの事業所でも活かしてもらい、その事業所が良くなることに貢献できれば嬉しいです。介護職員が不足しています。介護業界全体で発展していくことで、介護の仕事をやりたい人が増えると確信しています。
ゲストプロフィール
坂野悠己(さかの ゆうき)
総合ケアセンター駒場苑 施設長
1981年生まれ。20歳の頃から介護職として特養を中心に働き、横浜の特養では安易なおむつ、機械浴、スピード重視の食事介助、拘束等、当時の特養の現状に異を唱えてケア改革を行い、講演活動を開始。2010 年、施設改革の依頼を受け、特養駒場苑に転職。特養駒場苑では7つのゼロを掲げてケア改革を行う。現在は駒場苑グループ全6事業の施設長として在宅~施設で暮らす高齢者の「最期まで気持ち良く主体的でその人らしい生活」を支えるための環境作り、仕組み作りをSNS等を中心に発信。YouTubeチャンネル「かいご噺」運営。
開催概要
いずれも19:30〜21:30(開場19:15)
第1回:3月2日(木) おむつゼロ・下剤ゼロ(排泄ケア)
第2回:3月9日(木) 機械浴ゼロ(入浴ケア)
第3回:3月16日(木) 誤嚥性肺炎ゼロ・脱水ゼロ(食事ケア)
第4回:3月23日(木) 寝かせきりゼロ・拘束ゼロ(趣味活動や外出・リスクマネジメント)
オンライン(Zoom配信)開催