時には引き算のケアも!健康とその人らしさを守る食事・水分ケア(「7つのゼロ」の介護実践講座③)
私たちは、朝起きてトイレで排泄し、食事をし、普通のお風呂で入浴して1日を過ごし、就寝します。
そんな当たり前なことが、介護が必要になると難しくなってしまう現状があります。
“介護が必要な人に最期まで気持ち良く、主体的でその人らしい生活を過ごしてもらいたい”
そんな想いから、特別養護老人ホーム駒場苑はある目標を掲げました。
それは、「7つのゼロ」という目標です。
「7つのゼロ」とは、寝かせきりゼロ・おむつゼロ・機械浴ゼロ・誤嚥性肺炎ゼロ・脱水ゼロ・拘束ゼロ・下剤ゼロのこと。
完全にゼロにしていくことが目的なのではありません。
あくまでも、その人らしい生活に近づけていくために、望まないこと、不快なこと、健康や精神状態に良くない影響のあることを減らし、安心で心地よいかかわりや介助をみんなでやっていくことを大切にしています。
2023年3月2日(木)より4週連続で開催された「7つのゼロ」の介護実践講座では、総合ケアセンター駒場苑施設長の坂野悠己さんを講師に迎え、「7つのゼロ」について具体的な実践方法や事例を交えて学びました。
本レポートでは、その3回目である『誤嚥性肺炎ゼロ・脱水ゼロ』の内容の一部をまとめます。
全ての内容をチェックされたい場合、KAIGO LEADERSのオンラインコミュニティ「SPACE」に入会いただくと、本イベントのアーカイブ動画がいつでも見放題となっています。
誤嚥性肺炎ゼロ
坂野さんが提唱する“誤嚥性肺炎ゼロ”とは「こちらの配慮で防げる」誤嚥性肺炎をゼロにしようという意味で使われているそうです。
坂野さんが駒場苑に入職した時に入院記録を見たところ、1年間で入院された利用者55人のうち、誤嚥性肺炎で入院された方は7人でした。この数値が多いのではないかと違和感を抱き、実際に食事場面を観察したところ、業務を変えていく必要性を感じました。そして、食事の支援の仕方を変えていった結果、誤嚥性肺炎によって入院される方を年間1人以下に抑えることができたそうです。
その具体的な取り組みを坂野さんより教えていただきました。
まず、姿勢ですね。ベッド上で食事をとると、体が反ったり、顎が上がったりしやすいんです。だから、食堂で車椅子に座って食べることが基本中の基本です。そこから一歩先に進めて、椅子に移って食事をとっていただくのがベストです。
駒場苑では車椅子に座面を埋めるような段ボールを切って入れています。
それから机なんですけど、座った時に天板がおへそに当たるぐらいが良いという風に言われてますね。したがって、机の高さは個別に調整できる物が一番良いです。
絶対にやってはいけない食事介助
続いて、“絶対にやってはいけない食事介助方法とその解決策”を教えていただきました。
1つ目は、スピード食事介助ですね。
まずは、早く食べさせようっていう文化をなくすことが大事だと思います。
明らかに寝ているのに、無理やり食事介助をすることは誤嚥にもつながるので絶対にしてはいけないと思います。
2つ目は大スプーンですね。
まず私は、介助用の大きなスプーンから一番小さいティースプーンへの変更を行いました。
なぜそこまで小さいスプーンを使うかというと、どんな組織にも業務効率重視・定時に帰りたいという人たちが一定の割合で存在するんですよね。この人たちに対しては研修や実際のリスクへの注意喚起を行ったりもするんですけど、なかなか変わらない。それこそ「正論なのはわかるけど、実際早くやらなきゃ業務が回らないんだ」という意識が根づいています。
けれども、「一番小さいティースプーンでの介助」に統一することで、どの職員が介助してもすくう量に差異がなくなってくるんです。
そのような対応をすることで、1、2ヶ月の間、少しピリピリした雰囲気があったとのこと。しかし、ブレずに貫いていると、だんだんと馴染んでいき、当たり前になっていったそうです。
変革後に反発があって、元に戻してしまう場合も多いと思いますが、そこをちょっと我慢することで3、4ヶ月後には当たり前になっていきます。介助用スプーンを小さくするだけで誤嚥性肺炎のリスクを大幅に下げられるので、それは今でも続けています。
3つ目の絶対にやってはいけない食事介助は、「立って食事介助をする」です。
特別養護老人ホームや介護老人保健施設では、食事介助が必要な方が複数名いて、その方たちがみんなまとまって座っているわけではないので、立ってぐるぐる回りながらの食事介助が行われていることもあります。
立って食事介助をする場合、スプーンが上から来るので利用者も上を向きます。そうすると、食べている方の顎が上がって誤嚥しやすくなってしまうんですよね。
そこで、駒場苑では、大スプーンを小スプーンに変えた後、「座って食事介助」に統一しました。
まずは、仕組みを変えるところから
食事介助の方法を変更したことで、一部の職員からは反発があったそうです。
ベテランの現場職員が、私のところに「坂野さん、スプーンを小さくした後、さらに座って食事介助するなんてありえない。業務が押しちゃってしょうがない」って、すごい剣幕でやってきたんですよ。
そういう時に私は、ある意味正論で諭すのですけど、「だったら、スプーンは下から持っていくから立ってやらせてくれ」といった交渉が始まるんですよね。
上から声をかけられたら食べている方の視線は上に行く。一方で、スプーンは下から持ってこられると、利用者は混乱してしまいますよね。
だから「それはダメです」って言ったんですが、職員からは「いやでも、業務が押しちゃって」という反応がありました。
坂野さんは、その職員に向けて、どの業務が押してしまうことが問題なのか問いました。
「朝ごはんの後の10時のお茶が、10時に始まらない」のが問題と職員は言いました。そこで初めて、「10時のお茶」の文化が良くないと、考えるようになりました。
大規模な施設では、10時に水分を摂るのと15時におやつを食べるといった日課があることが多いです。
伝統的な日課になってますけど、この文化があるだけで、職員にとって結構なノルマが課されてしまうんです。午前10時に、利用者全員が起きて食堂に移動し、水分を提供しているという状態を作っておかなくてはいけなくなるので。
職員はその状態を作るために、そこから逆算して動きます。
10時に全員揃ってお茶を飲むっていう状態を作るには、9時半までには、全利用者の排泄介助が終わってなくてはいけなくて、そのためには8時半に食事が全員終わっていなければならない。8時半に食べ終わるには、7時45分に全員食堂に座っていて、お茶も1杯は飲んでいる状態でないと、8時半に朝食が終わらないんですよ。
そこからさらに逆算すると、朝食までにお茶を1杯飲んでる状態を夜勤者が作らなきゃいけないとなると、5時台に起床介助を始めなければならない。それでやっと19人の利用者が全員食堂に座って、朝食前にお茶を1杯飲んでるという状態を作れるんです。
この仕組みについて、坂野さんは疑問を抱きました。
5時ですよ。80歳、90歳のおじいちゃん、おばあちゃんが5時台に食堂に連れてこられて、7時45分まで座っている。これが日本全国の特別養護老人ホームや介護老人保健施設でよくある風景なんですよ。
職員同士で「今日○○さん傾眠強いよね」とか申し送ったりするのですが、5時から起きてるからそりゃ眠いよって。これだいぶ罪重くない?って私は思っているんです。
仕組み自体を変えないと、ゆっくり食事介助をすることができないのです。
“10時のお茶”を廃止することでの変化
坂野さんは、まず、“10時のお茶”を廃止することに取り組みました。
どのような変化があったのでしょうか。
午前中は、起床、朝ごはん、歯磨きや排泄ケアが終わっていれば、自由な時間が生まれるわけですよ。
特別養護老人ホームや老人保健施設には“2時間ルール”というものがあって、食事を2時間取っておけます。
全員を同じ時間に起こす必要はなくて、定刻に食べられる方だけが食べ始めます。10時のノルマがなければ、朝が苦手な方々をまだ寝かせておけるんですね。利用者も職員もノルマから解放される。
提供時間が来たら、集まれた人だけで食べ始めてもらい、30分ぐらいしたら寝ていた方の部屋に行き、またしばらくしたら、まだ寝ている方のところに行くと、第1陣、第2陣、第3陣みたいに分けられるんですよ。
第1陣で大部分の方の食事が済み、第2陣は中間の方々、第3陣は朝が弱い方々といったように、個々に合わせていくことが、個別ケアの始まりだと思っています。
“15時のおやつ”も廃止
さらに“15時のおやつ”も廃止したそうです。朝食を遅く食べた方は、当然昼食時間も遅くなるので、15時のおやつが負担になってしまうからです。
こうした“間の日課”を完全になくすことで、駒場苑では食事をバラバラに食べてもいいような余裕を持たせるという方針に転換しました。
それでは、「水分が足りなくなってしまうのではないか」と言われたりするのですが、そこは食事時間に余裕を持たせることで、例えば食前にお茶を1杯飲んでもらい、さらに食後の1杯……みたいな感じで取り返せるんですよ。
水分摂取を軽視してるわけではなく、一律に飲ませる必要がないという考え方です。
「おやつの機会がなくなるのは可哀そうじゃないか」みたいな意見もありますが、これも要は15時におやつを食べないだけ。
施設が勝手におやつを決めてしまうことによって、利用者が本当に好きなおやつを食べる機会が減ってしまう可能性もあるので、一律におやつを出すのをやめているんです。
間食を食べる時間を特に決めていない。昼食後にお茶菓子を食べたい方もいれば、夜中に小腹を満たすために食べたい方もいるので。
機会を奪うのではなくて、いつでもいいように柔軟にしているのですね。
食事の時間をゆったり取ることで、スピード重視ではなくなって、誤嚥するリスクを減らしていく。そして食べた後すぐ寝てしまうと、特に高齢者は食べたものが逆流して、誤嚥性肺炎になることもありうるので、食後すぐ横にならないようにします。そして、座ってる状態で食後の口腔ケアをしっかりやる。その後は、第1回の排泄ケアの部分とつながってくるんですけど、業務に余裕がないと「おむつ交換でいいや」という利用者が、時間に余裕があると、食後トイレにお連れすることができる。そんな余裕が生み出せるのです。
すぐに横になっておむつ交換をするのではなく、歯磨きをして、トイレに行くといった時間があることで、食後に座位を取れる時間を長く作れています。
特に食後は、生理学的にもお通じが出やすい時間なので、それでお通じがあったらもう最高ですね。
コミュニケーションが誤嚥の予防に!
また、コミュニケーションを取る時間が増えたことで、それも誤嚥予防につながっていると言います。
嚥下体操とかやってるところも結構あると思うんですよね。嚥下体操はよくやるのに、利用者に日々の声かけをしない職員とかいると思うのですが、そうではなくて、利用者それぞれとおしゃべりしたり、歌ったり、 おしゃべりの中で笑いが起きたり、そういう自然なことが実は一番の嚥下体操だと思っています。嚥下体操の時間を設けることでコミュニケーションが取れないんだったら、あえて口腔体操をせず、隣に座っておしゃべりした方が良いと考えています。
脱水ゼロ
続いて、脱水ゼロの取り組みについて教えていただきました。
体内の水分が足りなくなり、脱水症になると、体がだるくなったり、微熱が出たり、頻脈になるといった様々な不調をきたす可能性があります。
駒場苑では、好きな食べ物や飲み物を食べたり、飲んだりすることで食事量や水分量が増え、脱水にならないことを大事にしているとのことです。
「脱水にならないために何cc飲ませなくてはならないから頑張ろう」、というよりも、好きな食べ物や飲み物を探っていくことが大事だ、と坂野さんは仰っています。
「コーラとかも飲みますよ」と伝えるために、コーラを飲んでる写真をあえてパンフレットにも載せています。
駒場苑の場合、ほとんどの方が看取りを希望されています。
駒場苑で出されるものが、人生で最後の食べ物と飲み物になるんです。例えば糖尿病や腎臓病等いろんな病気を患っている人もいるかもしれないけど、 終の住処で好きな食べ物や飲み物を極端に制限させてしまう方が、健康に良くないのではないかと思っています。
そのような考えのもと、駒場苑ではどのような対応をしているのでしょうか?
駒場苑の場合は、甘いものとか、しょっぱいものを原則禁止にはしていません。あまりにも過剰になってきた時だけ介入はするけれど、適切に食べてる分には介入しないスタンスでやっています。ご家族にもこうした方針をきちんと説明したうえで、入居していただいています。
1日の水分量について
駒場苑では、1日の水分量の設定をどのようにしているのでしょうか。
施設によって見解が分かれると思いますが、一定の基準を作っておかないと水分量が把握しきれなくて脱水になる可能性もあるので、チェックは必要だと考えています。
具体的な基準について坂野さんは以下のようにお話されました。
駒場苑の場合は最低限800ccは飲んでもらうように頑張ろうね、という共通認識があります。介護職の人って「ここまで飲ませたら、もうやめようね」という基準を作ってあげないと、ずっと介助を続ける使命感があるので、このような設定を作っています。
なぜ摂ってもらう水分量を800ccに設定したのでしょうか。
当時の栄養士に水分量の相談したところ「個別で全然違う」と言われて、「じゃあ、利用者さん全員の個別の水分量を出してください」って無茶振りしたんですよ。そうしたら、ちゃんと全部出してくれて、その平均が800ccだったんです。
また、水分摂取のみが脱水予防につながるわけではありません。
食事を全然食べていないのに、水分だけいっぱい飲ませても意味がない。食事をしっかり摂ることが脱水予防にもつながります。
施設で決められた食事を常に出されると、好き嫌いがあったり飽きがきたりするので、定期的に好物を提供するべきだと思っています。
好きな食べ物、飲み物をどのように把握しているのでしょうか?
好物を提供するために各々の嗜好をいつ把握しているのかというと、入浴の時間なんです。お風呂をマンツーマンで1人45分使って対応しているので、この時にすごくコミュニケーションが取れるんですよね。
好きな食べ物、飲み物を尊重する文化をどうしたら作れるのでしょうか?
駒場苑では週1回、ネットスーパーで頼む日を作っています。週に1回、利用者が好きなものを買える機会があるので、職員も、何が食べたいかを日々お風呂で聞いて「じゃあこれとこれ頼んどくね」といった流れがあります。この仕組みがあることで、好きな飲食物にみんなの意識がいくようになる。ちなみに、これは個人購入になります。
あとは、家族の持ち込み、出前のお寿司、宅配ピザや外食もOKにしています。
おわりに
最後に、坂野さんよりメッセージをいただきました。
こうした基本的な取り組みを、どういう風に仕組みとして定着させていくのか。少しでも現在に違和感を持ったのであれば、改善してもらえたら嬉しいですし、何か1つでも取り入れてもらえたらありがたいなと思います。
駒場苑は、駒場苑だけが良くなれば、という思いは全くなくて、法人とか地域とかを超えて役立つことで、それが業界全体の質の向上につながると考えています。以上になります、ありがとうございました。
今回は坂野さんに、食事や水分摂取を通して、生命だけでなく、“その人らしさ”も守る具体的なケアの方法について教えていただきました。
また、組織としてケアを実現するためにどういう方法や仕組みがあるのかを考えていくことは、とても大事であると学ぶことができました。
ゲストプロフィール
坂野悠己(さかの ゆうき)
総合ケアセンター駒場苑 施設長
1981年生まれ。20歳の頃から介護職として特養を中心に働き、横浜の特養では安易なおむつ、機械浴、スピード重視の食事介助、拘束等、当時の特養の現状に異を唱えてケア改革を行い、講演活動を開始。2010 年、施設改革の依頼を受け、特養駒場苑に転職。特養駒場苑では7つのゼロを掲げてケア改革を行う。現在は駒場苑グループ全6事業の施設長として在宅~施設で暮らす高齢者の「最期まで気持ち良く主体的でその人らしい生活」を支えるための環境作り、仕組み作りをSNS等を中心に発信。YouTubeチャンネル「かいご噺」運営。
開催概要
いずれも19:30〜21:30(開場19:15)
第1回:3月2日(木) おむつゼロ・下剤(排泄ケア)
第2回:3月9日(木) 機械浴ゼロ(入浴ケア)
第3回:3月16日 誤嚥性肺炎ゼロ・脱水ゼロ(食事ケア)
第4回:3月23日 寝かせきりゼロ・拘束ゼロ(趣味活動や外出・リスクマネジメント)
オンライン(Zoom配信)開催