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イベントレポート

地域イベントに棺桶が!老いや死をポジティブに考えてみる

「死んでみた」体験ができる棺桶を置いたイベントや、認知症を“なってはいけない病気”と思いこんでしまうことから解放する「認知症解放宣言」。

距離をとってしまいがちな“老い”や“死”をテーマに、ユニークなアイデアでポジティブに地域課題に挑む地域包括ケア igoku

「病気になってから病院に行って考えれば良いんじゃないの?」

「自分にはまだ関係がない」

「死について話したり考えたりするのは不謹慎」

そんな“老い”、“介護”や“死”について遠くにまだ感じている方に是非ともお届けしたいレポートです。

2023年7月26日に開催されたかいスぺミート(※)。今回は福島県いわき市出身で、様々な職場を経て福祉の世界に辿り着いた猪狩僚(いがり・りょう)さん(以下、猪狩さん)をゲストにお招きし、今まで誰も思いつかなかったアイデアやエンターテイメントの力を使い、地域包括ケアを立ち上げた経緯や活動内容についてお話頂きました。

※『かいスぺミート』とは、KAIGO LEADERSのオンラインコミュニティ「SPACE」(通称:かいスペ)で開催している月に1回の定例会です。かいスぺメンバーの実践例をみんなにシェアする会やゲストを招いたゲスト会などを開催しています。

今回は、igokuを通じて僕が学んだ3つのキーワードについてお話したいと思っています。

そもそも「誰の何のためにするのか」を今でも立ち戻って考えていたり、こうでなくてはいけないと「くくらない」こと、医療介護福祉の専門でない僕が専門職の方と「つながり」開いていく。すごく大事な話や不思議で面白いお話もさせて頂きたいと思っています。

 

igokuはここから始まった!発祥の地いわき市のにぎやかな集会所

福島県いわき市は東北の最南東の太平洋側にあり、雪はほとんど降りません。山、川、海があり、さんまやカツオが取れる自然に囲まれた街。東京23区の約2倍の大きさに約30万人が住んでいます。

ブラジルから帰ってきた猪狩さんは、2002年にいわき市役所で勤めはじめました。

自己紹介にある通り、クビ!クビ!クビ!ってされるんです。

役所内をたらい回しにされて、2016年に福祉の部署(地域包括ケア推進課)に入りました。

地域包括ケア推進課に入った時はプロパーの職員が多くいて、外からやってきた僕は自由だなと思いました。先輩に聞くよりも直接地域の人や医療介護の専門職の人に会いに行こうと毎日色んなところへ行ったんです。

7年前はスマホを持っているお年寄りが少なく、ネットで繋がったり情報収集も少ない状態でした。

そんな中「あそこの集会所が面白いよ」と教えられ、ある集会所へ行ってみました。

80代以上のお年寄りが肩を組み合い体操しながら笑い合い、その間に70代の後輩のお年寄り達が温かいご飯を用意していました。

それをみんなで食べ、お喋りしながらお茶を飲む。

それまでの高齢者福祉のイメージは、灰色でネガティブなイメージを抱いていた猪狩さん。

究極のコミュニティってもうすでにここにあるじゃんって驚きました。

「悲壮」でも「大変」ってわけでもなく、近くにある集会所を使ってこんなに楽しく暮らしているんだとイメージが変わりました。

さらに衝撃を受けた専門職の方々の届かない情熱

その後、初めて医療介護専門職の勉強会に参加されました。

会場に到着して会費を500円支払い、その日はケアマネジャーさんが自分のことを振り返り学ぶという会だったのですが、先日亡くなられた利用者について話し出すと少しずつ涙ぐみ始めました。

「担当した3ヶ月間、利用者とそのご家族への声かけとアプローチが違えば、もっと素敵な最期を迎えられたかもしれない」

その涙を見て猪狩さんの衝撃はピークを迎えたそうです。

1日働いた後に500円を払ってでも勉強し、振り返りながら涙ぐむ。

この医療介護福祉の人たちの情熱にびっくりしたのと同時に、外側から来た僕のような人たちには1ミリも知られていないというダブルの衝撃を受けました。

この医療介護専門職の情熱を伝えたい。

また、どんな人でもどんな状態でも自分が暮らしたい地域で暮らせるよう、役所だけでなくみんなで支える地域包括ケアシステムを作りたいと考えたとのこと。

たった1%がそれまでの幸せをひっくり返すかも……

人生の最期にどこで過ごしたいか、厚生労働省が調査した結果をまとめた円グラフをみると約70%以上の人が自宅が良いと回答しています。

しかし現実は、自宅で亡くなった人の全国平均は12.8%。自治体別のデータを観てみると、いわき市は少し低く11.6%です。

「数字が高いと幸せ」というのは少し乱暴ですが、僕が関わってきた方々も住み慣れた家で最期を迎えたかったのかなと考えるようになりました。

マザーテレサの言葉で

人生の99%が不幸だったとしても、最後の1%が幸せならその人の人生は幸せなものに変わる

という言葉があります。

その言葉をひっくり返すと、人生の99%はすごく幸せだったけど最後の1%が不幸だったら、その人の人生は不幸になってしまうのではないかと思ったのです。

今まで沢山の人にお世話になり幸せをもらった人生を最後のたった1%でひっくり返されてしまうぐらい、人生の最期というのはとても大事なもの

しかし、死や人生の最期について話すことは縁起でもないという考えがあったり、介護について知らない方が多いのが現状なのです。

人生の最期を幸せな時間にするために、早いうちから最期について考えたり、話し合える社会を作りたい。また、高齢になっても施設に入らずに自宅で過ごせる、医療在宅介護などのサービスがあるという情報も伝えていきたいと考え、猪狩さんはigokuプロジェクトをスタートさせました。

igokuプロジェクト始動!

igokuとは、いわきの方便で“動く”という意味だそうです。

いわき市民の方々が希望するところで人生の最期を過ごせるよう、チームを組んで支えあおうとプロジェクトが立ち上がりました。

メンバーはデザイナーやライターなど、介護に関係のない業種のフリーランスの人達で集まりました。

特に「親はまだ元気だから関係ない」と思っている4、50代に届けたいと思ったんです。自分たちが読みたいと思えるかを大事にしました。それが面白いと評価され、2019グッドデザイン金賞を受賞しました。

現在のigokuは、情報配信系のweb・フリーペーパーや年に1度の直接体験型フェスの2軸で活動されています。

実はwebの方は上司に許可をとらず、こっそり始めました。バレて怒られたら消せばいいと思ったんです。その後、フリーペーパーを5,000部刷ることになったのですが、流石にそれは隠せなかったので、報告しないといけなくなりました。

いつも見張ってくる苦手な上司だったのですが、表紙の「やっぱり家で死にたいな」という標準語のタイトルを見て、「igokuっていわき市の訛りなんだから、タイトルも「やっぱり家(うち)で死にてえな」はどうかとアドバイスを頂いたそうです。

それを言われて本当にしっくり来たんです!ずっと悩んでいたことを一番の敵に解決してもらいました。発行も反対されるかと思っていたのですが、まさか味方になるなんてという気持ちでした。

僕は高齢者を利用者様と呼ばず、愛と尊敬を込めてババア、ジジイと呼んでいます。

フリーペーパーでは、そんなババアやジジイのグラビアを掲載しています。

その後、第5作目の認知症特集は最大のヒット作となり、県外からも増刷依頼が殺到しました。

子どもも大人も棺桶に入ってみた!

年に1度のigokuフェスは、夏の夕暮れ2日間にわたって開催する直接体験型のイベントです。

いわき市で1番大きな公園で、音楽を聞きながらご飯を食べてお酒を飲み、伝統芸能を復活させて踊ってみたりと楽しんでいます。

そこには棺桶が置いてあり、入ることもできます。

「棺桶なんて不謹慎だ」と言われそうだと思っていました。でも頭の中では「死のようなタブーを考えたくない」と感じることを、直観に訴えかけることは凄く大事だと思ったのです。クレームがきてもきちんと説明して乗り越えようと思っていました。

実は初日の前夜、役所にクレームが来たらどうしようと震えていたという猪狩さん。

タブーを乗り越えていかないといけないと地域包括ケアも進まず、マザーテレサでいう最後の1%が幸せなものに変えられないと思い、勇気を出してこの企画を行いました。

「勢いあまって家族と一緒に入ってみたけど嫌な気分にならなかった」

「思っていたほど嫌じゃなかった」

子ども達も入ってみたり、手を合わせてみたり。この企画は話題も集め大成功を収めました。

死を意識することは、残りの人生をよりよく生きるということ

限りある人生、隣の人と喧嘩している場合じゃない、幸せに仲良く生きていこうと思ってもらえたんじゃないかなと思っています。

 

誰もが歓迎される場所。いつだれkitchen

いつだれkitchenは、毎週木曜のお昼だけ営業しています。

米、野菜や魚など食材の95%は、家庭菜園や誰かから頂いたもので作っています。

支払いは投げ銭システム。払わなくたっていいし、6億円払いたいって人がいれば払ってくれてもいいんですけどね 笑

コロナ前は200人ほど殺到したこともあるそうです。

毎週お客さんが増えてきて、赤ちゃん連れのママも増えてきたんです。

誰かから頂いたパイプ椅子、テーブルや食材でできているいつだれkitchen、「なんできてくれるのかな?」と聞いてみたそうです。

そしたらママ達が、「野菜をめちゃくちゃ食べたいから」って答えたんです。例えば煮物だと皮をむいて下ごしらえをして、食べるスピードの割に手間がかかりますよね。ここに来ると野菜が沢山食べれるのがとても良いんだそうです。

また、普通の飲食店に赤ちゃんを連れていくと他のお客さんに迷惑がかかると思ってしまいゆっくり時間が過ごせないけれども、いつだれキッチンだとゆるい雰囲気で気兼ねなく過ごせるのもいい点だとお話されていたそうです。

実際、隣に座ったお年寄りが赤ちゃんを抱っこしてあげたりもしています。

いわき市も核家族化が進み、孫と同居していている人は少なくなってきています。

そんなお年寄達が孫のように赤ちゃんを抱っこしたい、ママ達はゆっくりご飯を食べたいから抱っこしてもらいたいって、全員幸せだなって思います。

ある日突然お婆さんが「皆さんにお茶を入れていいですか」と聞いてきたそうです。

いつだれkitchenはバイキング形式でお茶もセルフだったのですが、このお婆さんは昔お茶の先生だったそうです。

30分で記憶を失うほどの記憶障害をお持ちの方なので家にいるとお湯を沸かせないのですが、ここだと周りに人がいるということで1人ひとりにお茶を立てて振舞ってくれるようになりました。

誰が来てもいい場所、緩やかな雰囲気の場所にご飯が置いてあるというだけで課題が解決され、地域の人達が支えあうことができたのです。

1人の女性がきっかけに出来た、いつだれkitchen

いつだれkitchenは、どのようにしてスタートしたのでしょうか?

猪狩さんは、福祉のことを勉強しようと個別ケア会議に出席しました。

それが、いつだれkitchenを立ち上げるきっかけになったのです。

会議で検討されていたのは、軽度の知的障害がある当時70歳の女性のケース。 

お店の物や近所の畑から野菜を盗ってしまう癖があり、入所している施設に近所中のクレームが集まっていたそうです。 

その女性が入所している施設の施設長は「これ以上背負いきれないから出て行ってもらう」と言うものの、ずっと母親と住んでいたこの女性は療育手帳を持っておらず、70歳から新規の療育手帳はできないと役所と介護施設が押し付け合いになっていたそうです。

誰も解決しないじゃん……と思った時、後にいつだれkitchenの代表となる中崎さんが遅れてやってきたんです。

「遅れてすみません」と座って挨拶する間もなくのところ、「ところで何曜日に盗りますか?」と聞いたそうです。

曜日なんて関係ないでしょって思ったんですけど、この一言で大きく動いたんです。

施設のスタッフが苦情ノートをみるといつも木曜だとわかり、中崎さんは「やっぱり……」と答えがわかっているようでした。

この方を中崎さんの施設でボランティアに受け入れていたのが木曜日だったそうです。お金がなくいつも手ぶらでくるのが悪いと思ったのかいつも施設に持ってきてたみたいです。

それを聞いて一番怒っていた区長が「自分で食べてるわけじゃないの?」と態度がコロッと変わりました。

「そういうことなら近所の畑で野菜とることはいいかな、ちょっと苦情を取り下げるように畑の人達に話してみます。」と重く沈んでいた会議がひっくり返りました。

この会議の後に猪狩さんは、中崎さんと仲良くなりました。

中崎さんは

「あの場に障害と介護の担当がそれぞれいたでしょ。どちらのサービスを利用できたかで解決できるものでもないし、制度と制度の狭間で生きづらくなっている人って沢山いると思う」

と話されていたそうです。

そこで2人は、「あの女性のための居場所を作ろう」と動き出しました。

豪雪地帯からいわき市に嫁いできた中崎さんの目には、温暖で、自分たちでは食べきれないほどの野菜がたくさん畑に置かれているいわきの光景がずっと気になっていたそうです。

そこで、あの女性が盗ってしまう木曜日に、いわきの各地で余っているであろう食材を募って営業する食堂を作ろうといつだれkitchenが誕生しました。

支えあう未来の福祉

KAIGO LEADERSの皆さんにも言いたいことは、リーダーというのは1人では存在しないということです。

「君が立てた旗すごいよね」と共感して応援してくれるフォロワーがいてこそのリーダーだと思うとお話されました。

僕たちもKAIGO LEADERSの皆さんも同じ福祉という課題に取り組んでいますよね。これからも面白がりながら明るく、楽しくチャレンジしていきながら、想いと方向性を寄せていくことが凄く大事だと思います。

と締めくくられました。

ウェブマガジンigokuでは、「ひと」「つどう」「つながる」をテーマにした記事を掲載していたり、今まで発行されたフリーペーパーを閲覧することもできます。

いわきの「いごき」を伝えるウェブマガジン「いごく」 (igoku.jp)

「死」というタブーで暗いワードを棺桶に入るというイベントで身近に感じさせたり、お年寄りがキラキラ輝けるフリーペーパーの表紙、いつだれキッチンという誰もが歓迎される居場所。

猪狩さんは灰色で暗いイメージの介護福祉の世界をカラフルにされています。

これからも高齢者はますます増えていきますが、介護をする人は減り続け介護業界は厳しくなってきます。

「地域」「介護」「医療」がお互い支え合い、共感しながら一緒に進んでいくことがとても大事ですね。

開催概要

日時:7月26日(水)20:00~22:00

場所:オンライン(Zoom配信)

ゲストプロフィール

猪狩 僚(いがり りょう)

1978年いわき市生まれ。

大学卒業後に、ブラジル留学したら、ちょっとハチャメチャな感じになっちゃって、いわき市役所に拾ってもらう。水道局(2年でクビ)→市街地整備(1年でクビ)→公園緑地課→財政課→行政経営課を経て、現職。逆立ちしても、役所の中じゃ出世できないので、勝手に”igoku”を作り、勝手に「編集長」を名乗る。

igoku https://igoku.jp/

igoku本』が出版されました。

2019年グッドデザイン金賞及びファイナリスト5位を獲得した、福島県いわき市の地域包括ケアプロジェクト「igoku(いごく)」。いごく編集部が6年にわたる取り組みのすべてをまとめました。行政、医療介護、福祉、ローカル、デザイン、暮らし、コミュニティ。あらゆる分野のヒントがここに!

是非ともチェックしてみてください。 

https://inoodesign.base.shop/items/77664246

 

この記事を書いた人

鈴木 奈々子

鈴木 奈々子Nanako Suzuki

エステティシャン/アロマセラピスト/キャンドルアーティストKAIGO LEADERS PR team

海外でアロマタッチングボランティア活動中。帰国後、介護施設/ケアする人のケア/児童養護施設等で活動することを目指しています。