施設には、人の暮らしがある。“らしさ”を目指すために歩んできた道のり(介護リーダーの仕事術♯04イベントレポート)
あなたは、リーダーになりたいですか?
リーダー職についているあなたは、この先もリーダーを続けていきたいですか?
KAIGO LEADERS LAB.が実施した介護職の悩みとリーダーに求めるものについての意識調査によると、一般職・スタッフがチームリーダーに求める資質とリーダー自身が重視する能力には乖離があることがわかりました。
一般職・スタッフがチームリーダーに求める資質でもっとも多かったのが「指導力」。一方で、チームリーダー自身が重視しているのは「チーム構築力」という結果に。また、チームリーダーの悩みで多かった回答は、「部下・スタッフとの人間関係」、「コミュニケーション」でした。
「介護リーダーの仕事術」では、介護現場で活躍するリーダーなどをお招きし、介護リーダーの仕事に触れています。
2023年6月9日(金)に開催された第4回のゲストは社会福祉法人弘仁会 特別養護老人ホーム美里ヒルズの世古口 正臣(せこぐち まさおみ)さん。世古口さんは開設当初から美里ヒルズに携わり、現在では施設長を勤めています。
「特養を施設ではなく住まいに」をビジョンに掲げるユニット型施設の美里ヒルズは、入居者らしい暮らしができるケアを職員全員で実践。全国に74箇所あるユニットリーダー研修の実地研修施設の1つにも2008年に選ばれ、「みえ働きやすい介護職場取組宣言」の認定事業所でもあります。
「特養を施設ではなく住まいに」を実現するために、世古口さんはどのように歩みを進めてきたのでしょうか。これからリーダーになる、もしくは既にリーダーを務めている介護職員はもちろん、施設を運営するマネジメント層の方へも学びをお届けします。
入居者と介護職員に、「介護施設も悪くない」と感じてもらうために
世古口さんはもともと、社会福祉法人弘仁会の運営する従来型の特別養護老人ホームに入職し、2005年、特別養護老人ホーム美里ヒルズの開設にあわせオープニングスタッフとして異動したそうです。
異動した当時の僕は、まだまだ現場経験が浅かったため、施設の介護を具体的にどうすすめていくのかは、経験のある介護職員が中心となって、方針が決まっていきました。結果的に、ユニット型の建物で10人単位の集団処遇、流れ作業のケアを行っていくことになりました。
ユニット型の施設が従来型の施設と大きく異なるのは、10人程度の少人数の入居者さんを1つのユニットとし、居室は全室個室で生活ができます。介護職員もユニットごとに固定し、職員の守備範囲をできるだけ狭くし、入居者一人ひとりのことをより深く知って、信頼関係を作りやすい体制づくりと、できるだけ自宅での生活環境や暮らしぶりを再現するケアを提供しやすい環境である点が大きな違いです。
しかし、開設当初の私たちは、ユニット型の施設で介護をすることがユニットケアだという誤った認識のまま、手探りの状態からスタートしました。
施設の立地条件も、市内の中心地からは不利で、施設の知名度もない中、これから来るであろう人材難にどう対応するか、どうしたら「地域で選ばれる施設」になれるのか、頭を抱えました。また、生活相談員としてご家族や入居者さんとお話する中で、施設介護に対して明るいイメージを持たれていないことも体感していたんですよね。
「施設に入りたくない」「最期は在宅ケアにしたい」と仰る方も多く、一方で介護職員も「今の施設の介護では理想の介護ができないから」と退職してしまう方もいました。
そのような現状を目のあたりにする中で世古口さんは「地域で選ばれる施設にするためには、組織内を改革しなければいけない」「施設の介護はもっと良くならないといけない」と感じるようになります。
介護職員のみなさんに「知り合いを美里ヒルズにいれたいですか?」と聞いてみても、明るい返事が少なくて。
そこで私は、入居者さんが「入りたい」と思える施設ってのはハードルが高いから、まずは「ここの暮らしも悪くない」と思っていただける施設にしよう、そして働いている介護職員にとって「ここなら理想の介護を諦めなくてもいい」と思ってもらえる施設にしようと決めました。
理念に込められた意味、想いや願いを全職員に浸透させる
ユニットケアについての勉強会を企画・開催するなど動き出した中、世古口さんに転機が訪れます。それはユニットリーダー研修との出会いです。
ユニット型施設でユニットケアを実践する(=施設を住まいにする)ための考え方やノウハウ、リーダーに必要なスキルを学ぶユニットリーダー研修は、一般社団法人日本ユニットケア推進センターが主催しており、講義、演習、ユニット型施設での実地研修の3段階で構成されています。
実際に研修を受け、僕は「これだ!」と思いました。ユニットリーダー研修の実地研修は、日本ユニットケア推進センターが示す基準に合格した施設だけが実地研修施設として認められており、いわば、ユニット型施設のお手本のような施設だということ。
そこで「美里ヒルズもユニットリーダー研修の実地研修施設になる」という目標のもと、改革を進めていくことにしました。
初めに着手したのは、理念の刷新。理念は職員に浸透していなければ意味がないと考え、わかりやすく馴染みのある言葉と覚えやすい文章量に考慮しました。
それが、現在の美里ヒルズの理念でもある「私が暮らしたい施設を作ると共に、私が使いたいサービスを提供する」です。すると「ここで注意してほしいことがあります」と世古口さんは言いました。
僕は、このイベントを聞いてくださっているみなさんに、「理念を刷新したほうがいい」と言いたいわけではありません。一番の目的は、理念そのものはもちろん、そこに込められた意味や想いを全職員に浸透させること。
全職員に浸透、共有できているのであれば、あえて理念を刷新する必要はないと僕は思っています。
「目的を見失わないでください」と世古口さんは話しました。
チームでユニットケアを提供するためには、共通言語を作ろう
「私が暮らしたい施設を作ると共に、私が使いたいサービスを提供する」という理念は決まりましたが、抽象的な表現のため、人によって解釈が異なってしまうことに気がつきました。
そこで次に、具体的なケア方針の作成と共有を行いました。美里ヒルズでは、具体的にどんなことを大切にしているのか、何を「良い介護」と定義するのか。入居者さんのために何をやってはいけないのか、を決めていったのです。
このケア方針は、ユニットリーダー研修の実地研修施設としての合格基準をもとに作成しました。
このケア方針には、例えば、食事の場面における介護支援方法から、介護職員と入居者での会話のやり取り、時間のルール、さらには突発的な出来事が起きた際の対応ルールまでが細かく決められており、他にも排泄支援では入居者の尊厳を傷つけないための声かけ、支援方法、その後のアフターケアなど、各場面ごとに「施設を住まいにするための約束事」が書かれています。
初めて見る方にはよく驚かれるのですが、相当細かなところ、多くの事業所では現場判断になるような場面まで記載しています。
それはなぜかというと、美里ヒルズにとっての正解を示しておくためです。よく、新人介護職員の方から、「教わる先輩によって対応方法が異なっていて戸惑ってしまう」という話を聞いたことがありませんか?ケアの判断が介護職員さん個々の考え方や価値観によって判断されるようになってしまうと、「あなたのやり方は間違っている」という個と個の対立も起きかねません。
細かいケア方針は教育マニュアルの役割も果たしていて、新しい職員が入職してきてくれたときには、このケア方針に沿って教育を行います。
美里ヒルズでは施設として「良い」「悪い」をきめ細やかに決めたことで、先輩職員にとっては評価軸・判断軸にもなっているそう。年齢、性別、価値観や専門性が異なる職員でチームを組んだとしても、このケア方針が職員たちの共通言語になっているのです。
美里ヒルズが目指しているのは入居者さんの「住まい」としての生活環境を整えること。そしてその「住まい」はもしかしたら、職員にとっては介護をしやすい環境では必ずしもないかもしれません。
ですが、訪問介護のヘルパーさんのことを考えると、自宅はその方の好きなようにレイアウトされていて、勝手に移動させたり、捨てたりはできないですよね。働きにくい環境かもしれないけど、その中でベストを尽くす。僕は施設もそうできるはずだと考えていています。それを全職員が実践するために、このケア方針があるのです。
目標を達成した今も、共有の時間を持ち続ける
イベントの中で世古口さんは、「美里ヒルズは特別な施設ではなくて。本当に普通の介護施設なんです」と仰いました。
SNS等で話題になるようなカリスマ性のある介護職員がいるわけでもないですし、施設の形態からしても全国に1万ほどある施設の1つでしかありません。
でも、だからこそ、地域にある他の施設と差別化して入居者さんに選んでもらえる施設にしなければなりませんでしたし、その前に介護職員たちに「働きたい」と思ってもらえる施設でないと運営はできません。
その突破口として世古口さんが目標にしたのが、「ユニットリーダー研修の実地研修施設になる」というものでした。
理念を体現できるように組織改革を進めた結果、一度は応募して不合格でしたが、2008年にユニットリーダー研修の実地研修施設に選定されました。今では全国に74箇所ある実地研修施設の1つを担っています。
実地研修施設に選ばれてからも、理念やケア方針の浸透と共有のために年2回、全職員でディスカッションする機会を設けています。
とはいえ、介護は24時間365日稼働しているので1度に集まるのではなく、2日間、昼の時間と夜の時間の2部にわけて実施。終了後には、匿名のアンケートを全員に記入してもらい、良いことも改善点も受け入れたうえで、僕が回答を出すようにしています。
人は思い通りにならないからこそ、介護は振り回されることもある
そして、最後に世古口さんは、人の暮らしについてお話してくださいました。
年齢関係なく、人の暮らしというのは習慣はあれどイレギュラーなことの繰り返しです。美里ヒルズではケア方針を細かく定めていますが、当然、例外的なことが起こることは日常茶飯事。だけど、それは “暮らし” “生活”だから当たり前のことだと捉えています。
むしろ、施設が定めた業務日課に入居者さんを当てはめ、その通りに過ごしてもらうことのほうが難しいと僕は考えます。
一方で、介護職員の指示通りに生活してくださっている入居者がいる場合、世古口さんは「ただ単に、何も言わないだけ」だと介護職員に伝えているそう。
施設生活や介護職員に慣れていないなどの理由から、自分らしい生活を営めていないだけかもしれないですし、認知症の症状のある入居者さんなどは、業務日課に当てはめることすら難しいですよね。
なのでケア方針があるものの、それ以上に イレギュラーが起こるものだという前提を職員に持ってもらうように話しています。ケア方針も厳格化しすぎると、イレギュラーな事態に対して寛容でなくなってしまう場合もあります。例えば、業務日課通りにならなかった入居者さんに対し、「問題行動」「思い通りにならない入居者さん」と簡単にレッテルを貼ってしまうとか。
美里ヒルズでは、そういった負の感情にならないために「人は、思い通りにならない」「介護は、振り回されることもある」との気持ちも共有するようにしています。
人の暮らしは、介護職員にとって必ずしも介護しやすい環境ではないかもしれません。そのことを大前提として、「暮らし」に寄り添う介護をしているのが美里ヒルズです。入居者の暮らし、そして介護職員の働きがいを求める世古口さんの歩みは、これからも続いていきます。
ゲストプロフィール
世古口正臣(せこぐち まさおみ)
社会福祉法人弘仁会 特別養護老人ホーム美里ヒルズ 施設長
特養を施設ではなく人の住まいに、また「いい介護がしたい」を実践できる場所にするため、一斉一律の流れ作業の介護から脱却し、入居者の暮らしを邪魔しない介護ができる現場に改革。昨年、日本ユニットケア推進センター副会長に就任、ユニットケア研修の講師として、また介護福祉士養成校(短大と専門学校)での非常勤講師、介護事業所のサポートをするキャリアコンサルタントとしても活動中。
開催概要
日時:2023年6月9日(金) 20:00〜21:30(Zoom開場19:50)
場所:オンライン(Zoom配信)