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インタビュー

「 #ヘルパーにコロナ対応加算を」の実践事例から学ぶ、行政への現場の声の届け方(インタビュー記事:でぃぐにてぃ吉田真一さん)

介護の仕事をしていて、「これはおかしいんじゃないか?」と感じることはありませんか?

「なぜ、給与が低いのか?」
「なぜ、厳しい人員配置で業務をしなくてはならないのか?」
「なぜ、利用者のニーズがあっても、制度内で対応することができないのか?」 等。 

職場の仕組みを変えていくことで、ある程度、課題解決に結びつくこともありますが、そもそもの制度を変えないと根本的な解決にならないことも多いです。

ただ、「制度を変えるなんて、できるはずがない……」と、どうしてもアクションを起こすことに消極的になってしまいます。

KAIGO LEADERSは、「すべての人にカイゴリーダーシップを」という新しいビジョンを掲げています。
カイゴリーダーシップ”とは、介護の現状をより良くするための行動のことです。

1人で悩みを抱え込み、難題に立ち向かうのではなく、1人ひとりの行動が未来を良くすると信じています。
1人では、変わらない未来も、多くの人とつながることで変わる可能性があります。 
そのことを証明する、「現場の声が制度を変えた」1つの事例について取材し、本レポートで紹介します。

想いを言語化し、発信する

今回取材したのは、東京都高田馬場で訪問介護事業所を運営する株式会社でぃぐにてぃ代表取締役の吉田真一さん。

吉田さんは、大学生の時に飛び込み事故で、頸椎を損傷しました。四肢麻痺の障害が残り、身体の動きに大きく制限があり、電動車いすを使用。ご自身も訪問介護サービスを利用し、生活しています。

2022年1月19日 
息子さんが新型コロナウイルス陽性と診断を受け、吉田さんは濃厚接触者となりました。

そのような状況でも、ヘルパーは感染予防のための防護服を着用し、汗を流し、息苦しさをこらえながらも、嫌な顔ひとつせず毎日吉田さん宅で介護をされていたそうです。 

「自分も感染するかもしれない」という不安を抱えながらも、でぃぐにてぃのスタッフの皆さんは、利用者の生活を支えるために、新型コロナウイルスの陽性者、濃厚接触者の対応を「やりたい」と言い、訪問を続けているとのこと。

吉田さんは、訪問介護サービスを受けないと生活を続けられません。そんななか、自ら進んで、陽性者、濃厚接触者の対応をしているヘルパーたちの大変な状況を目の当たりにした吉田さんは、「何かできないか……」と、考えを巡らせました。

2022年1月21日にTwitterであるツイートを発します。

周りの人に話をしてみたり、吉田さんのようにSNS等を活用して想いを発信することがアクションの初めの1歩になります。

同じ想いを持つ人や、経験者とつながる

このツイートを見た、特定非営利活動法人グレースケア機構柳本文貴さんから連絡があったそうです。

柳本さんから、介護には加算が一切無いにもかかわらず、当時、同じ自宅で陽性者のケアを支える訪問診療の医師には1回あたりのコロナ陽性者対応で28,500円、訪問看護師には15,600円が支給されている状況があると教えてもらいました。それを聞いて、あまりにも理不尽でブチギレたんです。医療は危険手当として支給されているようでしたが、その条件なら訪問介護も同じように支給されて当然だと思いました。

強い憤りを抱いた吉田さんは、Twitterで毎日のように想いをつぶやいたと言います。

その後、一緒に活動をする特定非営利活動法人 暮らしネット・えん小島美里さんに繋いでもらいました。
小島さんは、これまで現場の声を行政に届ける政策提言を何度もされてきた経験者です。
「そんなに腹が立つなら、何かアクションを起こした方が良い」と、小島さんより助言を受け、発信以外の行動を起こすことになりました。

賛同者を集め、小さな声を大きな声に

まずは、どのようなアクションから始めたのでしょうか。

署名活動を始めました。メーリングリストで、1000件ほど集まりました。もっと集めたいと思い、秋本可愛さん(KAIGO LEADERS発起人)に相談したところ、Change.orgというオンライン署名サイトを紹介してもらい、活用することに。SNSで、「♯ヘルパーにコロナ対応加算を」のハッシュタグで拡散を狙ったり、インフルエンサーに個別で拡散協力を依頼し、約1万件の署名を集めることができました。

しかし、一度、この約1万件で、なかなか伸びなくなってしまったそうです。その時、どのように伸ばしていったのでしょうか。

Change.orgの担当者の方が、「介護が止まったら、訪問診療や訪問看護だけでは生活できないですよね」と署名の内容に共感してくれて、応援してくれ、メーリングリストで流してくださったんです。また、TVのニュースや新聞等のメディアで取り上げられることも後押しとなり、2月10日には、一気に3万件まで伸びました。その日に空気が変わった感じがありましたね。

こちらが、実際のChange.orgで集めたオンライン署名「コロナ陽性者対応をしている訪問介護ヘルパーに加算手当をお願いします!」です。

想いがわかりやすく、要望の内容もシンプルだったため、多くの賛同を得られたのかもしれませんね。

署名活動を経てから、行政に声を届ける

署名が約4万件集まったところで、厚生労働省の審議官に「コロナ陽性者対応をしている訪問介護ヘルパーに加算手当を付ける要望書」を手渡しすることになりました。

1人の意見では、このような機会は得られないです。一方で、声を多く集めれば集めるほど届きやすくなります

その際、吉田さんは「なぜ、訪問診療や訪問看護は陽性者対応すると手当が支給されるのに、訪問介護は支給されないのか」と直接質問されました。

「訪問診療と訪問看護は応召義務(診療治療の求めがあった場合には、正当な理由がなければ、これを拒んではならない)がある。一方で、訪問介護は、訪問を断ることができる。実際、陽性者対応を断っている事業所もあります」という回答を得ました。しかし、独居で、呼吸器をつけたり、胃ろうを造設しているようなケースは、断ることは絶対にできないです。その想いを、記者会見の機会をいただけたのでお話しました。

一緒に動いてくれる議員とつながる

活動をしていくなかで、応援してくれる議員とつながることができました。

立憲民主党の山井和則議員がオンラインで熱心に話を聞いてくださり、衆院厚労委員会でヘルパーのために質問に立ってくださいました。元参議院議員のそのだ修光さんは、議員会館に呼んで、話を聞いてくださり、自民党本部で開催の社会保障制度調査会介護委員会で、自民党の議員と厚労省に「訪問介護にもコロナ対応加算を!」と伝えてくれました。

政治家に直接声を届けてもらう というのも実現のためには重要なアクションです。

そして、制度が変わった!

さまざまな活動が実を結び、結果として制度が変わりました。

もともと、「新型コロナウイルス感染症流行下における介護サービス事業所等のサービス提供体制確保事業」があり、新型コロナウイルス陽性者の対応をした際の衛生用品の購入費用等のかかり増し費用を助成する仕組みがありました。

その助成を訪問介護のコロナ陽性者・濃厚接触者対応への危険手当にあてやすくなるよう条件が緩和され、「ヘルパーの訪問介護の給与相当」内であれば、全額給付する文書(Q&A)が出されました。

訪問介護事業所で32万などの補助上限が決まっていますが、事業所は都道府県を通じて国と協議を行い、承認を受けた場合は、基準額を上回る場合でも補助対象と認められます。

想いの発信から実現するまでの一連の流れは、全ての介護にかかわる人に希望をもたらしました。

活動を始めた時、「介護は動いても変わらないよ」「社会も介護に関心無いから」そんな声が多かったんです。だからこそ、「何としても、ほんの少しでも成果を!」と思っていたので、体を張っている介護職員の皆さんに最低限の責任を果たせて良かったです。そして、ソーシャルアクションを当事者が立ち上がって起こすことは本当に大切だと実感しました。

今回の事例を通して、いかに行政に対して現場の声を届けていくかを学ぶことができました。 

まずは、想いを言語化し、発信すること。そして、同じ想いを持つ仲間、経験者やインフルエンサーとつながり、メディアも巻き込んで多くの賛同者を集める。そして、議員とつながりを持ち、行政に直接働きかけていく。

何かを変えたいと思っている介護にかかわる人にとって、貴重な1つのモデルですね。

プロフィール

吉田真一 Shinichi Yoshida

岐阜県岐阜市生まれ。飛び込み事故により頸椎損傷で車椅子生活に。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、マーケティング職を経て、2014年株式会社でぃぐにてぃ創業。『介護経営白書2019』共著。
「#ヘルパーにコロナ対応加算を」40,000人の署名発起人。

この記事を書いた人

森近 恵梨子

森近 恵梨子Eriko Morichika

株式会社Blanketライター/プロジェクトマネージャー/社会福祉士/介護福祉士/介護支援専門員

介護深堀り工事現場監督(自称)。正真正銘の介護オタク。温泉が湧き出るまで、介護を深く掘り続けます。
フリーランス 介護職員&ライター&講師。

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