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イベントレポート

介護に関わる全ての人たちを幸せに。利用者を元気にする究極の自立支援ケアとは?(正吉福祉会)

高齢化に伴い、介護保険財政が逼迫する中、自立支援ケアに注目が集まっています。

社会福祉法人正吉福祉会が運営する世田谷区立きたざわ苑、まちだ正吉苑、杜の風・上原では、利用者のADL(日常生活動作能力)向上や認知症の症状改善のために、自立支援ケアを行っています。「水分摂取、食事摂取、適度な運動、自然排便」という4つの基本ケアを推進した結果、「おむつゼロ」「入所者の歩行可能者86%」など、目覚ましい成果があらわれるようになったといいます。

究極の自立支援」の成功の秘訣を、社会福祉法人正吉福祉会 理事、きたざわ苑 施設長の齊藤貴也さんに詳しく説明いただきました。

なぜ、自立支援ケアが注目されているのか?

自立支援ケアで目覚ましい成果をあげてきた正吉福祉会。その取り組みは国からも注目されています。2016年には首相官邸が主催する未来投資会議にも呼ばれ、当時の安倍首相からも、「自立支援ケアに軸足を置いていく」と前向きな言葉をもらえたそうです

そもそも、なぜ今、自立支援ケアが注目されているのでしょうか?理由のひとつは、高齢化が急速に進んだこと。介護保険制度が始まった2000年度から給付費は7倍近くに膨らみ、介護保険財政を切迫しています。

これまで自立支援ケアが実践されてこなかったのは、介護事業者にとって自立支援ケアに取り組むメリットがなかったからです。利用者の要介護度が改善すると報酬が下がるというジレンマがありました。2021年度の介護報酬改定によって、ケアの結果に基づき評価がなされ報酬が加算されるという制度になったことで、再び自立支援ケアが注目されてきたのだと思います。

アウトカム評価の対象になったのは、排泄ケア。適切な排泄ケアを提供する体制整備や、状況の改善を実現した事業者は評価されるようになりました。

施設長を務めていた事業所で、2年前からおむつの使用をやめることができました。事業所の実践が成功したことで、新しく開所する事業所では「最初からおむつを買うのをやめよう」と自信を持って決断することができたんです。

まずは身体的自立の回復を目指すこ

齊藤さんは、高齢者の自立について3つの観点があると話します。

身体的自立

精神的自立

社会的自立

自立とは、自己決定に基づいて主体的な生活を営むこと。障害を持っていても、その能力を活用して社会活動に参加できれば自立に該当します。

「今までできていたことができなくなる」という身体的自立の低下がきっかけで、精神的自立や社会的自立も低下してしまいます。負の連鎖を止めるためには、まず身体的自立の回復を目指すことが必要です。

齊藤さんが大事にしているのは、「水分摂取、食事摂取、適度な運動、自然排便」という4つの基本ケア。これらのケアを徹底することで、利用者の身体的自立の回復および健康な身体づくりを目指せるといいます。

例えば排泄の失敗。失敗が続くと自信を喪失し、自立に対する意欲を失ってしまいます。排泄リズムや尿意が回復すれば、排便や排尿も上手くいくようになり、おむつを外した状態での生活が可能になります。利用者も自信を得て、自立に向かって意欲を高めてくれます。

自立支援の肝は、水分ケア

正吉福祉会が特に力を入れているのが、水分摂取の取り組みです。職員は研修によって「水分を摂ること」の重要性を理解し、ケアに生かしているといいます。

身体を構成している水分が、たった1〜2%不足してしまうだけで、脱水による意識障害を引き起こしてしまいます。夕方や夜間に認知力が低下したり、鬱や徘徊などの周辺症状が見られたりするのも、水分が不足していることが原因です。

職員は1日中、利用者が「どれくらい水分を摂ったか」「目標の摂取量を達成しているか」を細かく管理します。時間、量、温度、コップの大きさ、好み、習慣など、一人ひとりにあった水分プランを作成し、状況に応じてケアに生かしていくといいます。

水分摂取と同様に、身体的自立を促す取り組みとして、歩行の重要性も齊藤さんは挙げます。筋力アップ、血流の改善、意識レベルの向上など、歩くだけで良い効果がたくさん生まれるのです。

普段私たちが何気なく行っている歩行とは、非常に複雑な身体活動です。高齢者が歩けなくなった理由は、筋力不足だけでなく、歩き方自体を忘れてしまったから。なので最初に目指すのは、歩く練習でなく、歩き方を思い出してもらうことなんです。

器具を使った歩行練習から始め、段階を経ながら、歩くことに慣れてもらいます。実際に事業所では、100歳で要介護4、2年間歩いていなかった女性が歩けるようになりました。歩けるようになった姿を見て、利用者の家族はとても驚いたそうです。

“自分らしく生きる”を支援する

正吉福祉会では年始に「今年はどんなことをやりたいですか?」と利用者に聞くそうです。やりたいことを聞くだけでなく、内容はケアプランにも記載、日々のケアを通じて利用者の動機づけにもつなげるそうです

食事や買い物などの要望の他、「高尾山に登りたい」という利用者もいました。高尾山登頂を目標に、日々の生活リハビリに取り組み、見事に高尾山登頂を実現できたそうです。

利用者の要望で最も多いのは「住み慣れた家で暮らしたい」という声です。しかし自宅で生活するためには、排泄や食事などの自立力が不可欠です。自立力がなければ、一緒に暮らす家族の負担にもつながります。そのためにも本人の「やりたい」を尊重し、ADL向上を図っていくのです。

自立に向けたアプローチとして正吉福祉会が行っているのは、在宅・入所の介護サービスの相互利用です。入所施設の利用者同士がベッドをシェアすることで、「この期間は自宅で過ごす」という見通しを立てやすくなるといいます。

自立支援ケアとは、介護に関わる全ての人たちが幸せになれる介護です。利用者、ご家族、職員、経営者全てにとって「良い」状態にならなければ、サービスを続けていくことはできません。利用者が元気になり、再び希望を持った生活を送れる理想のケアをこれからも目指していきます。

収入アップとコストダウンを同時に実現

究極の自立支援を実現していく中で、採算性について悩む経営者もいると思います。

事業所を続けていくためにも、経営の健全化は必須です。2021年度の介護報酬改定によって排せつ支援加算、褥瘡マネジメント加算、自立支援促進加算の項目が加わりました。ケアが適切に評価されることで、着実に収入アップにつなげることができます

さらにコストダウンも実現できます。おむつを使用していないので、おむつ代、ごみ処理代が削減されました。また自立支援ケアの評判を聞きつけた求職者が「ここで働きたい」と言ってくださることによって、採用コストも抑制することができました。離職率も下がり、職員が生き生きと働いてくれることも嬉しいですね。

正吉福祉会では、将来的に自立支援ケアがスタンダードになることを見据え、社内の育成プログラムの充実化も進めています。最上級にあたるケアコンサルタントは、地域や外部機関に対しても自立支援ケアの教育や普及活動ができる職員を想定しているそうです。

自立支援ケアは、目的でなく、あくまで手段に過ぎません。私たちは介護を通じて、利用者の自己実現や希望を叶え、人間としての尊厳を守るための支援をしたいと考えています。自立支援ケアのプロフェッショナルを育成するプログラムも着実に進化させています。自立支援ケアが「当たり前」になるよう、これからも取り組みを続けていきたいと思います。

ゲストプロフィール

齊藤 貴也(さいとう たかや)
社会福祉法人正吉福祉会 理事、きたざわ苑 施設長

1995年に社会福祉法人正吉福祉会に入社。2006年頃より自立支援ケアの取り組みを開始、「おむつゼロ達成」や「特養からの在宅復帰」を次々と実現させる。2016年11月には、首相官邸で開かれた「未来投資会議」にて、自立支援ケアを説明。現在は世田谷区のきたざわ苑施設長として勤務しながら、自立支援介護学会の認定講師として、自立支援ケアの普及に励んでいる。

開催概要

会場とオンラインの同時開催
日時:2023年7月23日(日) 14:00〜17:00(オンライン配信は15:00〜17:00)
会場:現地参加(施設見学付き)/オンライン配信

 

この記事を書いた人

堀聡太

堀聡太Sohta Hori

株式会社TOITOITOの代表、編集&執筆の仕事がメインです。ボーヴォワール『老い』を読んで、高齢社会や介護が“自分ごと”になりました。全国各地の実践を、皆さんに広く深く届けていきたいです。

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