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イベントレポート

“認知症”のスペシャリストとして活躍する医師に聞いた!認知症ケアの最前線と、これから。 (KAIGO LEADERS10周年イベント #3)

毎年敬老の日に総務省統計局から発表される日本の高齢者人口。2022年に発表されたデータによると65歳以上の高齢者人口は3,627万人にのぼり、日本の総人口のうち高齢者が占める割合は29.1%になりました。

高齢化が進行する日本において、平成29年度の高齢者白書では65歳以上の認知症患者数は2020年に約602万人、2025年には約675万人と、5人に1人が認知症になると予想されています。高齢者人口の増加に比例し、認知症患者数の増加も懸念されているのが日本の現状。

2023年5月21日に開催されたKAIGO LEADERS10周年イベント。10年間の活動の中で、介護に関わる6,000名を超える様々なプレイヤーとつながり、ともに学び、考え、行動してきました。今回は節目のタイミングを記念して、「介護の未来、介護の進化」をテーマに、ゲストとともに未来に想いを馳せるイベントを実施しました。

本レポートは「認知症ケアの最前線とは?」というテーマのセッションをまとめています。

本セッションのゲストは老年科の専門医、鈴木 里彩(すずき りさ)先生。東京医科歯科大学在学中に内科の一分野「老年内科」に出会い、卒業後大学病院で認知症やフレイルなど、老年症候群の医療や研究に携わっています。さらに「病院だけでは高齢者の診療は完結できない」と感じたことをきっかけに在宅医も兼務。現在は社会全体の仕組みづくりを学ぶため、厚生労働省に出向されています。

KAIGO LEADERS発起人 秋本可愛がモデレーターを務め、認知症の症状のある方との関わり方から社会全体ではどのようなサポートができるのか、そして鈴木先生が見据える未来の認知症ケアの在り方をお届けします。

社会にいる一人ひとりが、認知症ケアに関わっている

KAIGO LEADERS10周年イベントはこれまで

介護の未来〜介護の未来を担う人材とは?〜

AI・テックで介護はどこまで進化するか?

の2セッションをお送りしてきました。

最終セッション「認知症ケアの最前線とは?」は、介護現場で働く方々の声をもとにして企画したとモデレーターの秋本さんは話します。

KAIGO LEADERS10周年イベントで、現場の方々へ届けたいテーマはなんだろうと考えたとき、介護職のみなさんから「認知症の症状のある方とどのように向き合えばよいのか」というお話をよく聞くことを思い出しました。

今回は「介護の未来、介護の進化」をテーマにしているので、認知症の症状のある方との現場での接し方はもちろん、もう少し広い視野で認知症ケアの最前線についてお話いただきたいと思い、鈴木先生にお越しいただきました。

さっそく認知症ケアの最前線についてお話をお伺いすると、鈴木先生は「認知症は、認知症という疾患だけが問題ではないんです」と話してくれました。

私はこれまで多くの認知症の症状のある方と接してきて、認知症という疾患だけが問題ではないと考えています。
かつてギネス世界記録にもなった長寿の双子、きんさんぎんさんをご存知ですか?
お2人は認知症の症状があり話は嚙み合わないのですが、縁側でお茶を飲みながら楽しく暮らしている姿がメディアで話題になりました。

このように、たとえ疾患があったとしても穏やかに日常を過ごせるのであれば、疾患はそれほど問題視されない場合もあります。

認知症の症状がある方に限らず、病気を持つ方にとって「疾患」はその方のごく一部。日々の暮らし方、患者さんの価値観、周囲の方々との関わり、社会との関係性、さらには経済的な状況など、多様な要素が1人の人間を構成しています。

そのため、高齢者のケアを考えるときも、加齢の影響やこれまでの生き方、社会的側面など「疾患」だけでない要素も複雑に絡み合っていると理解することが重要になります。しかも、社会的側面は生きてきた年数の分だけ複雑です、と鈴木先生は話しました。

“ 社会における認知症 ” について話そうと思うと、抗体薬などの治療薬という切り口もありますし、医師の立場から見た認知症と、介護の視点から見た認知症もそれぞれ違います。さらには、認知症を知らない方々の存在についても考えなければなりません。

たくさんの課題があって、その全てを1人でどうにかすることは、当たり前ですが私にもできません。だからこそ、それぞれの分野が多面的に広がり、それが社会全体になっていること、「一緒にやっていくんだ」というお互いの関わりや協力関係が肝になってきます。ひいてはそれが、認知症ケアに繋がっていくのです。

認知症予防の最前線。医療の進歩と同時に進めなければならないこと

次に、認知症予防の最前線についても言及がありました。世界的医学雑誌『ランセット』に掲載された研究によると、小児期から成人になるまでの教育のボリュームが認知症に影響を及ぼす可能性が示唆されたのです。

幼いときからリスクがあるとは思ってもみなかったので、私も驚きました。ですが、幼少期のリスクを大人になってから変えることは難しいので、これからのリスクについてもお話します。

年齢を重ねて中年期になると、喫煙、社会的孤立、高血圧、アルコールの過剰摂取や肥満など、いわゆる生活習慣病に属するものが認知症になるリスクを高めると言われています。老年期では、社会的孤立、家から出ないなどの不活発、また大気汚染も影響する可能性があると言われています。

例えばアルコールの過剰摂取を控えるなど、避けられるリスクは減らしておくと良いでしょう。

そして今、認知症予防として話題なのが、2021年にアメリカで承認され、今年から発売された「アデュカヌマブ」という抗体薬。

これまでの治療薬は認知症の根本的な原因に作用するのではなく、神経伝達物質の濃度をあげたり、受容体に刺激を与えたり、すでに認知症になった方への対症療法として使われていました。しかしアデュカヌマブは、認知症を発病させるといわれている異常なたんぱく質に作用し、根本的な治療を施すことができるのです。

ここまで聞くと「じゃあもう、認知症にはならないんだ!」と思ってしまいますよね。ですが実はそうではなく、異常なたんぱく質ができないようにするための薬なので、たんぱく質ができ始める前、認知症になる前から飲まないといけなくて。

ちなみに、どのくらい前から服用すると良いのでしょうか?

そうですね……断定的にはいえないのですが、認知症が発症する10年〜15年前ぐらいからでしょうか。ただ、かなり高額ですし、認知症になる前から飲み始めるというのもなかなか難しいですよね。

すなわち、これが認知症予防の最前線ということなんです。医学が進んでいるのは確かで日々研究もされていますが、現状では認知症は治る病気ではないのです。

そのため薬や治療などの医学の進歩と同時に、認知症を発症しても誰もが安心して暮らしていける社会を作ることが求められているのです。

認知症かもしれない」そんなアラートに気がつくために

そこで鈴木先生が取り組んだことが、地域の公的機関の連携でした。

きっかけは松戸市の診療所で研修をしていたときのこと。警察官が夜に徘徊してしまう高齢者を何度も保護したことや、1人暮らしの夜の不安感から同じ高齢者が繰り返し救急車を呼んでいたことがあっても、警察官や救急隊員の方が持つ高齢者情報が地域包括支援センターに届いていないことを知りました。

地域の公的機関同士の連携があまりないことに、当時は驚きましたね。

また、保護したときの状況を知りたくて警察の方に連絡すると、個人情報の観点から教えてもらえないこともあって。でも実は生命などに重大な影響がある場合は、個人情報を伝えても問題はないんですよね。一担当者の一存では答えられないかもしれないですが、そういったことが知られていないという課題もありました。

そこで松戸市では、地域の公的機関の関係者を集め、どのようなことが認知症発症のアラートになるのか、どのようにその情報を共有するのか話し合いの場を重ねました。

例えば、家庭でゴミの処理ができておらず匂いがしているなどは、大家さんや民生委員の方が察知できる可能性があります。新聞が溜まっている、新聞の契約が重複しているといった情報は新聞配達の方が、電気ガス水道などのインフラの支払いが滞納し始めていることは民間企業が得られる情報になります。

それまで当たり前にできていたことが、徐々にできなくなっているとき「もしかしたら」と思ってほしいんです。話し合いの場では警察署の方や救急隊員の方も一緒になり、高齢者のSOSに気がついたら地域包括支援センターに連絡をするように共通認識を作りました。

この場にいるみなさんも、周りにいる高齢の方がいつもと様子が違ったり、話が嚙み合わなくなってきたりなど気がつくことはあるかもしれません。

自分が関わっているコミュニティだとどのようなことががアラートになるのか、と一度考てみることこそが、地域住民として高齢者を支えていく第一歩になります。

立場の違いで生まれる葛藤を抱えながら、本人の意思を尊重する

その後、鈴木先生へ質疑応答の時間が設けられ、「日本以外で、認知症について学べる国はどこでしょうか?」という質問があがりました。

日本は世界的にみても高齢化のリーディングカントリーであると思いますが、北欧諸国のケアや支援方法は参考になりますね。

そもそも高齢者に対する考え方、価値観が日本とは異なります。例えば徘徊についても基本的には制限しない。万が一徘徊中に転倒してしまった場合、日本であれば、まず徘徊を制限することが議論されますよね。一方で北欧諸国では、徘徊を制限しないことを前提とした対応策を検討するんです。

何もないところで転倒したときは視野欠損を疑ったり、見えにくいところに障害物があるような導線でないか確認したり、履物の確認をしたりと、徘徊しても転ばない、転倒しても骨折しないように整備していくのが北欧諸国のケアスタイル。鈴木先生は、安全に配慮しながらも行動を制限しない方法に感銘を受けたそう。

さらに、嚥下能力が落ちて食事を食べられなくなったケア方法についても質問があがりました。

医師の立場からでも、なかなか「こうしたほうがいい」と決められることではないのですが、そんなとき私はご本人がどういうふうに生きたいと願っているかを考えるようにしています。

一番の優先事項は、本人の価値観で、「こういうふうに生きたい」「こうしてほしい」との声に耳を傾けることが重要ではないでしょうか。

それゆえに、施設への入所が決まったときや在宅医療が始まったときなど、認知症が進行する前の、本人自らが意思決定をできるときに周囲と話し合い、共有しておくことがケアの軸になります。

処置が必要な段階になってから「どうしますか」と聞かれても、周りの人も困惑してしまいますよね。そうなる前段階でご本人やご家族と話し合っておくと、いざというときに判断軸になります。

医療、介護職や家族の立場で意見が食い違うことで葛藤も生まれるかもしれませんが、まずは本人の意思を聞いておくことが、その後のケアに結びついていきます。

社会に属する私たち一人ひとりが、認知症ケアに関わっている

イベントを通して、鈴木先生は「認知症はあくまでも疾患、症状の1つ」だと伝えました。

認知症の症状のある方と接すると、強い拒絶反応を示されたり、暴力・暴言を受けたりすることも、残念ながらあります。どう対応したらいいかわからず悩むこともあると思います。ただ、それも疾患、症状の1つなのです。

例えば、心臓が悪く、自分のペースでしか歩けない人に対して「早く歩こう!」「急いで!」とは言いませんよね。ところが認知症だと「なんでそんなことをするの?」といった思いが出てきてしまいます。

認知症は、周囲の人によって感じ方や意見が異なるため一概には言えませんが、疾患を持った同じ人間。一般的な考えだとどうするか、自分だとどうするか、という目線から一度離れ、「症状をもった一人の人間」である相手と根気強く向き合っていくことが大切だと鈴木先生は話します。

認知症ケアの最前線で活躍する鈴木先生に、今後の未来についてお伺いしました。

これまで私は医師の立場から地域医療や在宅医療など多様な現場を見てきました。その経験を経て思うのは、すべてを自分の力で成し遂げていくのは難しいということ。

1人の患者さんに徹底的に向き合おうと思うと、外来診療で診察し、地域包括支援センターに連絡、書類を書いて関係機関に連絡、治療法や常備薬も伝えてそれから…と考えつくだけでもたくさんの工程があります。たった1人のことを考えられるのはベストかもしれませんが、それは一方で他の患者さんには時間を割けていないことになります。

そういったことから、一人ひとりと向き合うために現場としてどんな課題があるのか、その課題を解決するためにはどうしたらいいのか、システムとして何が必要なのかを今まさに行政の観点から学んでいるところです。

社会を作る構成要素として各分野のプロはもちろん、地域の公的機関、そして地域に住む私たち1人ひとりが手を取り合うこと。その輪が、結果的に認知症ケアに繋がっていくのです。まずは自分の家族や同じ地域で暮らす高齢者の方と、コミュニケーションをとることから初めてみませんか。

ゲストプロフィール

ゲスト:鈴木 里彩
東京医科歯科大学総合診療医学分野 非常勤講師

東京医科歯科大学卒業後、老年医学を専攻。認知症、フレイル・骨粗鬆症、生活習慣病等の幅広い老年症候群を診る中で「病院だけでは高齢者の診療は完結できない」と感じ、大学病院での診療と並行して在宅医療・プライマリケアに従事。病院医師の立場で病診連携に携わるとともに、地域では在宅医療・介護連携支援センターでの活動を通じ、医療介護連携のためのコミュニケーション能力を高める方法や、障害や移行期医療を含む幅広い世代の問題を経験。現場の課題をどう施策に反映するかに興味を持ち、卒後11年目より厚生労働省に出向中。

開催概要

会場とオンラインの同時開催
日程 :2023年5月21日(日)13:30~17:15(開場13:00)
会場協賛:株式会社リジョブオフィス/オンライン配信

写真撮影

kondou

近藤 浩紀/Hiroki Kondo
HIROKI KONDO PHOTOGRAPHY



この記事を書いた人

田邉 なつほ

田邉 なつほ Tanabe Natsuho

新卒で建築業界の営業に従事し、ライターに転身。両親が介護士であることをきっかけに、介護の世界に興味が湧く。株式会社Blanketが運営する「KAIGO HR」のメディア運営に携わり、インタビューやイベントレポートの執筆を担当。

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