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イベントレポート

ケアテックは敵? 味方? 人と一緒に未来を歩む、テクノロジーの在り方(KAIGO LEADERS10周年イベント #2)

「介護テック(ケアテック)」という言葉をご存じでしょうか。「介護(ケア)」と「テクノロジー」を組み合わせた造語です。近年は介護の現場でも、ITの力を借りて業務を効率化したり、ケアの質の向上に役立てたりなど、様々なケアテックが導入され始めています。

2020年11月11日(介護の日)には、介護分野におけるテクノロジーの利活用の推進に向け、ケアテック事業者、介護事業者、学識者などを発起人とする一般社団法人日本ケアテック協会が設立されるなど、介護現場におけるテクノロジー活用は、今後ますます盛んになることが予想されます。

さて、実際に「介護テック」と聞くと、「もしかしたらロボットなどに仕事を代替されるかもしれない……」「デジタルは難しくてわからない……」と思ってしまうのではないでしょうか。

KAIGO LEADERSは10年間の活動の中で、介護に関わる6,000名を超える様々なプレイヤーとつながり、ともに学び、考え、行動してきました。節目のタイミングを記念して、2023年5月21日に開催されたKAIGO LEADERS10周年イベントでは、「介護の未来、介護の進化」をテーマに、ゲストとともに未来に想いを馳せる企画を実施しました。

本レポートでは「AI・テックで介護はどこまで進化するか?」というテーマで行われたセッションについてご紹介します。

ゲストに生命科学の大規模データ解析を専門とする株式会社ヒューマノーム研究所の代表の瀬々 潤さん、モデレーターに「排泄ケアシステム『Helppad(ヘルプパッド)』」の開発から製品化までを成し遂げた株式会社abaの代表であり、日本のケアテック協会理事も務める宇井吉美さんを迎え、日々進化するケアテックがつくる介護の未来を探りました。

 ケアテックは、” 敵 ” ではない?

イベント冒頭、宇井さんはまず、ケアテックの現在地点から話し始めました。

現状、ケアテックは多くの介護現場の人にとって「なんだか怖い」「私たちの仕事を奪われるかもしれない」ように思われているのではないかと私は思っていて。

つまり、” 敵 ” のように感じている人が多いのではないでしょうか

宇井さんが介護ロボットの研究開発に携わり始めた15年前は、「介護現場にカメラをいれます」と言うと、現場の人から「あなたは刑務所を作りたいんですか?」と返されたこともあるそうです。

私たち科学者は純粋にピュアな気持ちで、人にできない部分をロボットに助けてもらおうと思っています。

ですが、それを利用する方や多くの一般の方からすると、「カメラが入る=監視される」のように捉えられてしまう……そういったことがかつてはたくさんありました。

今はスマートフォンなどのデジタルデバイスも当たり前になっていることから、テクノロジーに対する不信感が多少は和らいではいるものの、まだまだ難しい状況にあるように思います。

そして先日、宇井さんは改めてテクノロジーが介護現場に入ることの意味を考え直す出来事がありました。

弊社でプレスリリースを出したあと、「テクノロジーが現場に入ることで危ないことはありませんか?研究者として意見をお伺いしたいです」と言われたんですね。

改めてケアテックが持つメリットとデメリットについて、1ヶ月ぐらいずっと考え続けていて。

悩み抜いた結果、宇井さんは2023年3月7日に「 ケアテックの “ 功罪 ” について考えた 」という記事をnoteに投稿。

テクノロジーを生み出す側でありながら、同時に技術倫理を問われる。その難しさに瀬々さんも同意しました。

僕も、かつて遺伝子解析に携わっていたときに同じことを考えましたね。

例えば「病気ですよ」と診断して、治療法や薬があれば良いのですが、世の中にはそうではない病気も数多く存在します。治療法も薬もない、そういったときに「治らない病気です」と伝えるべきかどうか。

特に介護現場では、ご高齢の方だと治療が難しい場合もあります。あえて診断しない、その前に検査しない、という段階に入られている方もいらっしゃいますよね。

まさにそうです。テクノロジーや製品を生み出す側の私たちと、実際に利用する方々の感じ方や考え方は、当たり前ですが違います。

だからこそ、「テクノロジーをどう使うか」と議論することは重要だと私は思っています。

そこで本セッションでは、「『ケアテックは敵ではない。もしかしたら仲間かもしれない』と思ってもらえることを目的とします」と宇井さんは伝えました。

世界のテクノロジー事例を紹介。今話題のChatGPTとは

次に、イベントテーマでもある「介護の未来、介護の進化」に沿って、世界の最先端のテクノロジー事例が3つ紹介されました。

1つ目は、米国マサチューセッツ工科大学内のデジタル技術を専門とする、MITメディアラボが発表した「インフォーム」。

参考リンク:https://tangible.media.mit.edu/project/inform/

動画:https://vimeo.com/79179138

テーブルの上に置かれたオブジェクトは、遠隔地の人と連動しており、遠隔地にいる人が動くとオブジェクトが盛り上がり、懐中電灯を握ることができる装置です。

白い大きなロボットでおなじみの映画『ベイマックス』の中にも、マイクロビッツというこれに似た装置が登場します。もう少し研究が進めば、物理的な距離を越え、介護を手助けしてくれるようになるかもしれません

2つ目は、デザインファームの株式会社Takram(タクラム)が国際現代芸術展「dOCUMENTA(13)」にて発表した作品です。

関連リンク:https://ja.takram.com/projects/shenu-hydrolemic-system

動画:https://youtu.be/C9GKYKAfAYY

「荒廃した未来の世界における水筒」というテーマのもとに造られたこの作品。

株式会社Takramは水を得ることが困難になるのであれば、そもそも人が水分を排出する量を極限まで少なくできれば良いのではないかと考え、体内の臓器や肛門などを作り替える人工臓器というアプローチを提案したのです。

瀬々さんも思わず、「すごく斬新な発想で面白いですね」とコメントしていました。

そして3つ目に紹介されたのは、2022年5月にリリースされてから話題になっている文章生成AI、ChatGPT。サイト上で質問をすると、AIが質問文の意味を読み取り、文章の形で答えが返ってきます。

では、実際にChatGPTを使って、ケアテックをさらに深堀っていきたいと思います。

ChatGPTを実際に使ってみた!ケアプランの立案を助ける可能性も

さっそく会場では、瀬々さんが実演しながらChatGPTに質問をしました。

ちょうど昨日ChatGPTに聞いてみたのですが「介護とは何か」を、改めて聞いてみましょう。

お、さっそく答えてくれましたね。

介護とは、高齢者や障害者などが日常生活を送る上で必要な支援を提供することを指します……だそうです。大きく外れてはいないですね。

他にも文章が出てますが、全体的にいい感じですね(笑)会場のみなさんも頷いています。

さらに次は、「右麻痺の男性が一人で外出し、スーパーで買い物をするときに必要な生活支援を教えてください」と質問をしてみることに。

すると、瀬々さんが「では、ChatGPTのマジックワードを紹介しますね」と、“ 質問の仕方 ” について説明をしてくれました。

AIと聞くと、なんでも知っているプロが目の前にいると思ってしまいがちです。ですが、ChatGPTはすごく物知りな一般の人が目の前にいるイメージと考えてください。「〇〇はなんですか?」と聞けば「〇〇です」と、ごく平均的な答えが返ってきます。

したがって、一番最初に「あなたは〇〇です」と立場や役割を明確にしてあげるとChatGPTも答えやすくなるんですね。ここでいうマジックワードとは、「あなたは介護支援者です」となります。これを先に打ち込むことで、介護支援者の立場からみた回答を導き出してくれます。

実際に「あなたは介護支援者です。右麻痺の男性が一人で外出し、スーパーで買い物をするときに必要な生活支援を教えてください」と打ち込むと、答えとして、移動支援から補助の方法、緊急連絡体制までが順に列挙されました。

これだけ詳細な支援方法が瞬時に導き出されてしまうとなると、「介護の仕事がなくなってしまうのでは」と不安になります。ですが、宇井さんは「その逆です」と話しました。

先ほど瀬々さんが仰ってくださったように、ChatGPTはあくまで一般的な支援方法しか答えることができません。それを一人ひとりにあったケアプランにするためには、利用者さんの状態や状況を知っている介護職員さんのエッセンスを加える必要があります。

宇井さんの仰る通り、ChatGPTは特定のだれかのために特化した回答は持ち合わせていません。もし、特定の個人に向けた回答がほしいのであれば、その人のステータスを先に記載するといいですね。

例えば、「身長は何㎝、体重は何㎏、性格は几帳面で、この人にあった支援方法を教えてください」といった形です。とはいえ、それでもやっぱりChatGPTは教科書通りの答えしか出せないと思います。

とはいえ、ベースとなるケアプランの洗い出しをChatGPTが行ってくれれば、私たちは利用者さんと話をしたり、向き合ったりする別のことに時間を費やせるようになります。

介護職員さんの仕事は、書類を書くことではないと私は思っていて。煩わしい部分をテクノロジーに任せることができれば、ケアの質が格段にあがっていくだろうと私は想像しています。

さらに会場では、参加者からいただいた質問をChatGPTが回答していく様子も実演。ぜひ、読者のみなさんも本レポートを読みおわったあと、ChatGPTに触れてみてください!

ChatGPT:https://openai.com/chatgpt

一方で瀬々さんは、文章生成AIが抱えるリスクのひとつであるフェイク問題についても話してくれました。

先ほどのようにChatGPTで出された支援方法などの答えは、介護の知識がある人、介護支援のプロであれば情報の正否が判断できます。ですが、何も知らない人であれば正否の判断は難しくなるでしょう。

先ほどの支援方法の中に、例えば「緊急連絡体制はいりません」と出てきても、専門知識がないと、その情報の正しさが判断できない。こういった信頼性のあるキュレーション(情報を収集・選別し、そこに新たな意味をもたせる作業)については今まさにG7でも議論されている問題です。あくまでもAIが導き出した回答である、という前提は忘れないようにしてください

日常生活のあちこちに存在するテクノロジー

セッション終盤、今では多くの介護施設にICT(情報通信技術)が導入されていることも語られました。

先日、ICT導入のおかげで外国籍の介護職員さんが助かっているという記事を読みました。利用者さんの介護記録をタブレットで記入するようになったことで、「漢字を手書きしなくて良い」、「タップするだけで記入が済むため時間が短縮された」、などのメリットが紹介されていたのです。

また、タブレットであれば簡単に母国語にも翻訳してくれます。人手不足が叫ばれる状況の中、ICTの導入のおかげで言葉の障壁で働けないという問題は徐々に解消されてきています。

とはいえ、このようなテクノロジーやICTは、ご年配の方も現役で働く介護業界にとっては、なかなか導入が難しいのも現実です。宇井さん自身も、「テクノロジーは、年齢が上の人にとっては扱いづらい」という話もよく聞くそう。

そこで宇井さんは、2つのデータを紹介しました。年代別のスマートフォン保有率と、年代別のSNS利用率です。

『令和2年通信利用動向調査/ 世帯構成員編』(総務省)

このデータから見ると、60代のスマートフォン保有率は約8割、70代でも約5割近くの人がスマホを持っていることになります。1人で2台持っている方もたまに見かけることから、20代、30代は100%を超えています。

『令和2年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書』(総務省)

加えて、SNS利用率では緑のグラフ、LINEがどの年代でも利用率が高いことがわかります。

50代、60代でもLINEの利用率が高いのは、恐らくお孫さんとやり取りをするためですかね。こうして見るとみなさんの日常生活の中に、いかにテクノロジーが浸透しているかがよくわかります。

スマホやLINEを使うことができるのであれば、デジタルデバイスで文章を読む、それに対して自分もメッセージを打ち込む、といったICT利用に必要なスキルは、思ったほどハードルが高くはないんですよね。

LINEに慣れているのであれば、ビジネス版の連絡ツールとしてLINE WORKSというサービスもありますよね。LINEとほとんど同じシステムなので、多くの人にとって使いやすく馴染みがあるのではないでしょうか。

みなさんが普段から使っているスマートフォンやインターネットなどもテクノロジーの一部。だとすれば、「怖い」とはまた違った気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。

人にとってテクノロジーとは。無理なく、幸せな社会を目指して

最後に、宇井さんと瀬々さんはそれぞれ、人にとってのテクノロジーの在り方、テクノロジーにとっての人の在り方をみなさんに届けました。

冒頭にもご紹介したnoteでは「ケアテックは危険分子ではなく、みなさんの分身です」と私は書きました。

そして、その分身を体現しているのが、私たち株式会社abaが販売している排泄ケアシステム「Helppad(ヘルプパッド)」なのです。

Helppadはシート型で、匂いセンサーがベルトの中に入っておりマットレスにぐるりと巻き付ける形をしています。現場の声に応えたからこそ、この形になったそう。

排泄センサーは1980年代から多くの人によって研究され、製品もたくさん出ていますが、それらの多くはオムツに貼り付けるタイプであったり、オムツの中にいれるものが多かったんですよ。

ですが、日本の介護職員さんたちは「身体になるべく機械をつけたくない」というこだわりを持っています。その要望をなんとかして叶えようと、株式会社abaではシート型センサーの開発に至りました。

さらに、テクノロジーと人の在り方について、宇井さんが感銘を受けた映画が『アンドリューNDR114』。人型家事ロボット、アンドリューが家族と暮らすうちに、自身も人間になりたいと願っていくストーリーです。

この映画を観て、もしかしたらテクノロジー側は人間のことを ” 仲間 ” だと思っているかもしれないと私は感じていて。テクノロジーを生み出しているのは人なのに、テクノロジーに怯え、議論をしているのも人間ですよね。

どうか、テクノロジーを敵や危険分子だと思わず、私たちの分身であり、これからの社会を一緒に戦っていく仲間のような存在だと思ってくれると嬉しいです。

宇井さんの言葉に頷きながら、瀬々さんは「棲み分け」というワードを出しました。

介護は、目の前の利用者さんのことを思いながら向き合い続けていく仕事なので、なくなることはありません。ですが、人手不足という現状は今後ますます深刻化していくでしょう。

そんな中で、テクノロジーと人がうまく共存していければいいなと思います。いいところ、悪いところがそれぞれにあるからこそ、お互いの得意なところを棲み分けながら、補いあっていけるはず。介護する人も、利用者さんも無理をしない、みんなにとって幸せな社会を目指していけると思います。

今後テクノロジーはますます進化することが予想されます。テクノロジーと人が仲間になり、ともに助け合いながら過ごす介護の未来が来る日もそう遠くないのかもしれません。

 

ゲストプロフィール

ゲスト:瀬々 潤
株式会社ヒューマノーム研究所 代表取締役社長

東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士(科学)
東京大学助教、お茶の水女子大学・准教授、東京工業大学・准教授、産業技術総合研究所・研究チーム長を歴任。機械学習・数理統計の手法開発および生命科学の大規模データ解析を専門とする。米国計算機学会のデータマイニングコンテストKDD Cup 2001優勝、Oxford Journals-JSBi Prize 受賞。

モデレーター:宇井吉美
株式会社aba 代表取締役

2011年、千葉工業大学在学中に株式会社aba を設立。中学時代に家族介護者となった経験から「介護者を支える」と誓う。その後、学生時代に「排泄ケアシステム『Helppad(ヘルプパッド)』」の開発を開始、その後製品化。2021年、「日本ケアテック協会」理事就任。MITテクノロジーレビュー主催「Innovators Under 35 Japan 2021」選出。

開催概要

会場とオンラインの同時開催
日時:2023年5月21日(日)13:30~17:15
会場:株式会社リジョブオフィス/オンライン配信

写真撮影

kondou

近藤 浩紀/Hiroki Kondo
HIROKI KONDO PHOTOGRAPHY

この記事を書いた人

田邉 なつほ

田邉 なつほ Tanabe Natsuho

新卒で建築業界の営業に従事し、ライターに転身。両親が介護士であることをきっかけに、介護の世界に興味が湧く。株式会社Blanketが運営する「KAIGO HR」のメディア運営に携わり、インタビューやイベントレポートの執筆を担当。

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