MAGAZINE 読みもの

click me!
イベントレポート

介護の仕事は、高齢者の心を輝かせること。『シン・ニホン』著者・安宅和人が見据える介護の未来とは?(KAIGO LEADERS10周年イベント #1)

介護や少子高齢化、貧困問題など、日本は様々な社会課題を抱えています。

ネガティブなニュースを耳にする機会も多くなった昨今、私たちはどのように不安や停滞感と向き合い、未来を見据えて行動していくべきなのでしょうか?

2023年5月21日に開催されたKAIGO LEADERS10周年イベント。10年間の活動の中で、介護に関わる6,000名を超える様々なプレイヤーとつながり、ともに学び、考え、行動してきました。今回は節目のタイミングを記念して、「介護の未来、介護の進化」をテーマに、ゲストとともに未来に想いを馳せるイベントを実施しました。

本レポートでは、『シン・ニホン』『イシューからはじめよ』の著者であり、産官学のあらゆるフィールドで活躍されている安宅 和人(あたか かずと)さんのセッションをまとめています。

「次世代の介護職は、『キラキラアシスタント』を目指すべき」という言葉の真意とは?KAIGO LEADERS発起人、秋本可愛がモデレーターとなり、日本の未来をどのように捉えているのか、お話を伺いました。

合理的に、「介護の合理化」を考える

所属する組織で活躍されている他、官公庁にも足を運ぶ機会が多いという安宅さん。介護・福祉業界に限らず、日本全体が抱えている課題について、これまで様々な提言をされてきました。

国家予算をマクロな視点で俯瞰したとき、世代間の予算配分のバランスの悪さが目立つと指摘します。

介護関連を始め、高齢者を対象にした予算が凄まじい勢いで伸びています。一方で、ケアに関わっている方を含めた、若者向けの予算はほとんど増えていません。『介護に予算を使いすぎ』とは言わないけれど、未来をつくる人に対する予算を割けていないという状況は、非常にバランスが悪いといえます。

とはいえ、高齢社会に備えた介護・福祉業界への対策は急務かつ必須。そこで安宅さんが提案するのは、「介護の合理化」という考え方です。

「合理化」というと冷たい印象を与えかねませんが、安宅さんは「QOL(Quality of life、生活の質)の維持が前提」だと強調します。QOLを下げずに、社会保障費を下げ、未来をつくる若者に対する予算を捻出すべきだといいます。

『介護職の給料を一般業界水準まで上げてほしい』という要望が出されていますが、即上げるべきだと思いますよ。ミニマルなQOLを維持するために公費を充て、それ以上のラグジュアリーなサービスを求める人には自費で賄ってもらうという棲み分けで良いんです。もちろん、『何がミニマルなのか』を見極めるには議論が必要になります。

 

なぜ東京のラーメン屋は美味しいのか?

安宅さんは、国家予算は「国民が割り勘するようなもの」だといいます。過度に手厚いサービスを実施しようとすると、税金を高くするか、国債を発行するかの選択を迫られます。

直近の負担を避けようと、無計画に国債を発行するのは、将来の世代に借金を押し付けるようなものです。これから人口減になっていく日本において、国債発行は筋の良い選択肢とはいえないでしょう。

介護の世界には「競争原理が働いていないのではないか」と安宅さんは指摘します。

なぜ東京のラーメン屋は美味しいのでしょうか。それは東京にはラーメン屋がたくさんあって、店舗同士で『より美味しいラーメンをつくろう』と競争するからです。

日本における介護事業所の数は、コンビニの数より多いといわれています。にも関わらず、競争原理が働かないというのは仕組みに問題があるというわけです。

例えば、介護の制度は国や地方自治体によってルールが定められています。人員配置基準などが厳密に定義されていることによって、テクノロジーを活用しようといったインセンティブが働きづらい。ルールを決めている行政が、安宅さんのいう「介護の合理化」の阻害要因になりかねないのです。

働くことが、何よりの生きがい

介護保険サービスの利用には様々な要件があります。超高齢社会になり、要件が厳しくなっていくことが予想されますが、安宅さんは「そもそもシニア世代は『もっと働きたい』と考えているはず」だと指摘します。 

日本の平均寿命は伸びており、定年で仕事を辞めてから亡くなるまで20〜30年という長い期間があります。65歳でリタイアさせてしまうような仕組みは、非常にもったいない。シニア世代が働ける場をつくることが大切です。

仕事の依頼があれば、仕事で応えたいという気持ちになる。

相手が喜んでくれれば、もっと喜んでもらうために頑張ろうという気持ちになる。

フルタイムでなく、短時間の労働だったとしても、仕事を通じて社会と接点を持てるのは有意義なこと。

実際に、介護現場でも7〜80代の高齢者が元気に働いているというケースも増えてきました。介護業務だけでなく、若手社員の悩み相談を担うなど、事業所の雰囲気づくりに寄与しているのです。

介護職でなく、「キラキラアシスタント」を目指そう

安宅さんは、これからの介護職の役割は変わっていくのではないかと話します。

介護って、本来は『人が元気に生きるための支援をする仕事』だと思うんです。介護という言葉には、いわゆる高齢者のお世話というイメージがありますよね。そうではなく、高齢者がキラキラ生きるためのアシスタントをするようになっていくはずです。そんな未来を見据えて、介護職は、『キラキラアシスタント』と改称するのが良いと思いませんか?

「キラキラアシスタント」という言葉の是非はさておき、確かに「歳を重ねると、お世話される存在になる」という後ろ向きなイメージを持たれる方も少なくないでしょう。自立支援という言葉も、背景には「(支援前は)自立していない」という前提があります。

ただ歩けなくなっただけなのに、『自立が必要とは何事だ』と反発する高齢者もいます。年齢を重ねたからこそできる仕事もあるはずで、それをキラキラアシスタントが支援する世の中になると、社会も好循環で回っていくはずです。介護職の皆さんも、そんな社会に適応したマインドセットが必要になるのではないでしょうか?

 

「介護×テック」の可能性

「ChatGPT」など生成AIが注目されていますが、安宅さんは「介護・福祉業界にこそテクノロジーを生かすべきだ」と話します。安宅さんが注目するのは、以下4つの観点です。

①Wi-Fiなどの設備投資

家族や友人、趣味でつながれる仲間とオンラインで対話できる環境をつくること。
「喋る」ことでつながりを実感でき、高齢者の孤立化を避けることができる。

②生成AI「ChatGPT」の活用

キラキラアシスタントとして、どのような支援をすべきかチャットツールからヒントを得ること。

専門外の知識を効率良く集め、高齢者目線でサービス提供ができる。

③介護ロボットの活用

人材不足解消の手段として、介護ロボットを活用すること。
GROOVE X株式会社が開発したロボット「LOVOT(らぼっと)」のように、高齢者のパートナーとして位置付けることができる。

④ウェアラブル端末のセンシング技術の活用

テクノロジーによって高齢者の体調管理を行う。

人間の目視では限界がある分野は、積極的にテクノロジーで代替することができる。

いくら優秀な介護職でも、24時間365日、高齢者に付き添えるわけではありません。機械に任せられることは機械に任せ、人間にしかできない仕事に集中すべきだと安宅さんはいいます。結果的に介護職の過労働もなくなり、余裕を持って仕事に臨めるようになるでしょう。

無理から始めると続かない

安宅さんはイベント参加者に対して、「皆さんの仕事は、高齢者の心を輝かせること」と激励します。決して誰にでもできる仕事ではなく、高度な技術が必要だといいます。

だからこそ、皆さんが明るく楽しく生きることが一番大事。毎日の生活に喜びを見出せなくなってしまうと、仕事にも悪影響が出てしまう。余裕がなくなったと思ったら、積極的に休みましょう。

無理から始めると続かない。

だからこそ、よく遊び、よく食べ、良く眠ることが大切です。

とはいえ、事業所の中には、介護職が慢性的に不足しているところもあると思います。経営者やリーダーは、社員一人ひとりにとって働きやすい環境になっているかに意識を向け、思いを持って働く人材を大切にしてほしいと思います。

介護職は、真面目ゆえに無理しがちな方も多いはず。繰り返しになりますが、適度に休息をとりながら、介護の仕事に取り組むようにしましょう。

ゲストプロフィール

安宅和人(あたか かずと)

慶應義塾大学 環境情報学部教授、Zホールディングス株式会社 シニアストラテジスト
マッキンゼーにて11年間、幅広い商品・事業開発、ブランド再生に携わった後、2008年からヤフー、2012年より10年間CSOを務め、2022年よりZホールディングス シニアストラテジスト(現兼務)。2016年より慶應義塾SFCで教え、2018年秋より現職。データサイエンティスト協会理事・スキル定義委員長。一般社団法人 残すに値する未来 代表。科学技術及びデータ×AIに関する国の委員会に多く携わる。イェール大学脳神経科学PhD。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)、『シン・ニホン』(NewsPicks)ほか。

開催概要

会場とオンラインの同時開催
日時:2023年5月21日(日)13:30~17:15
会場:株式会社リジョブオフィス/オンライン配信

写真撮影

kondou

近藤 浩紀/Hiroki Kondo
HIROKI KONDO PHOTOGRAPHY

この記事を書いた人

堀聡太

堀聡太Sohta Hori

株式会社TOITOITOの代表、編集&執筆の仕事がメインです。ボーヴォワール『老い』を読んで、高齢社会や介護が“自分ごと”になりました。全国各地の実践を、皆さんに広く深く届けていきたいです。

この記事のタグ