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イベントレポート

熊本地震の被災事例に学ぶ「介護×防災」。その備えは本当に十分ですか?(防災ワークショップ開催レポート)

もしも、あなたが介護施設で勤務している時に、建物の一部が壊れるほどの大きな地震に見舞われたら、どうしますか?

2016年4月、熊本県益城町を中心に震度7級の2回の地震と50回を超える余震が発生し、死者273人、死傷者2,809人という大きな被害がでました。この地震で高齢者施設の半数以上が建物に被害を受けました。

2023年2月17日に行われた防災ワークショップは、慶應ヘルスサービス研究会とのコラボレーションで実施。熊本地震で被災した小規模多機能ホームをモデルとしたケースを読み、当事者の立場で意見交換し、介護従事者が被災時に直面する課題について学びました。

このレポートでは、震災の経験も交えた議論の様子をお届けし、明日からの防災につなげます。

イベントの司会は、慶應義塾大学環境情報学部教授の秋山 美紀さん。
秋山さんはヘルスコミュニケーションの専門家として、2018年7月に開催されたKAIGO LEADERSのイベント「PRESENT_16」にもご登壇いただきました。

もし自分が当事者だったら?

プログラムの第1部は、慶應義塾大学大学院政策・ メディア研究科特任講師の伴 英美子さんの進行で、「リアル防災ワークショップ」を行いました。

第1部では、ケースメソッドという手法を用い、熊本地震で被災した小規模多機能ホームの実例をもとに参加者全員で、「自身が当事者だったらこの場面でどうするのか?」を考え意見を出し合っていきました※。正しい答えが1つではない中で、たくさんの意見を出し合うことで、それぞれが判断し意思決定する上での引き出しを増やし、将来起こり得る出来事に対して実践で応用できる力を養っていきます。
ワークショップで使用されたケース教材「小規模多機能ホーム鮎の園」は、ヘルスサービス研究会のホームページから取り寄せることができます。

人手も福祉的物資も食料もなく、ライフラインも断絶され、物理的な道路も遮断される状況。
ホームには、普段からサポートする高齢者以外にも地域の方も避難してくる状態で、想定外のことだらけ。しかし、想定外の中で、全部をやろうとするとできない。
助けやサポートなどの資源を増やすか、やることを減らすか、ケアする人を自分たちの利用者に限定するのか。どうやるかを判断しなくてはいけない。

このように、熊本地震の様子を細かくイメージしながら、「もし当事者だったら、どうすればいい?」さらに「地震の1週間前や1ヶ月前に戻れたとしたらどういう体制を準備する?」と参加者それぞれが自分自身に問いかけていきました。

想定外の事態に直面したその時に、相談していては間に合わない。だからこそ、平時の”今”から考えて、仲間と共有する必要性を改めて考えさせられました。
参加者からは事前の備えについて様々な意見が飛び交いました。

“事前にハザードマップの確認をして、震災や災害があったときに、どの道だったら通れるか、河川の氾濫や土砂災害の可能性があるのはどの道か、ということを確認しておくといいのでは?”

“平時から本当に最悪な状況を想定して、区長、役所や施設長など、それぞれの立場の人が集まって話せる機会が必要。最悪の時はこういう行動を取ろう、こういうリスクへの備えが必要だよね、という共有を行っておくべき。”

“「誰かが助けに来てくれるだろう」ではなくて、最悪を想定して事前に話し合って準備することを訓練でもやっていかないとダメだな。”

介護保険施設等には介護保険法等により非常災害対策計画の策定と避難訓練の実施が義務化されています。また、平成29年には土砂災害防止法が改定され、水害時の浸水想定区域や土砂災害警戒区域などの要配慮者利用施設には避難確保計画の作成と避難訓練の実施が義務付けられました。これは介護施設や福祉施設も対象になっています。さらに令和3年度の介護報酬改定で、BCP※の策定、研修、訓練等が義務化されており、災害への備えが一層求められるようになっています。(令和6年3月31日までの経過措置期間が設けられています)
※BCPとは、Business Continuity Planの略で、日本語に訳すと「事業継続計画」を意味します。非常時の事業中断・復旧の遅れを防ぎ、事業を継続するための計画です。

これに対して、伴さんは危機感を示していました。

皆さん勤務先のBCPについて知っていますか?準備はどれぐらいできていますか?

法制度の改正によりBCPを策定している介護事業所は多くなってきていますが、実は従業員がその内容をあまり知らないケースが少なくありません。 そのため、地震が起きた際に、計画通りにうまくいくかはまだ未知数です。BCPを策定することと、計画を実行できるように準備をすることの2つの課題がある状況です。

防災に対して、私たちができることはまだまだあるということを考えさせられる第1部となりました。

みんなでまずは「生き延びる」

第2部は、有限会社せせらぎ 代表取締役の高橋 恵子さんを講師に迎え、「震災経験から学ぶ介護現場の防災」についてご講演をいただきました。

高橋さんは熊本県のグループホームを運営されており、熊本地震の際もグループホームで被災しました。

熊本地震の状況は皆さんが思っている以上にハードなものでした。

第1部の様子を見ていた高橋さんは、冒頭このように切り出されました。「まずは目の前のことに必死に対処するしかない」そんな震災を経験したからこそ語れるリアルを伝えてくださいました。

地震発生から3日間はどうしても生き延びないといけない。まずは、布団で寝るとか水分を摂るとか、おにぎり食べるとか基本的に生きることが先です。被災者みんなで力強く3日間必死に生きる。この3日間は冷静に考えられるような時期では全然ないです。しかも、まだ揺れていて地震は続いているんです。

震災時に期待した行政のサポートも十分に得られる状況ではなかったそうです。行政の人もみんな被災者であるという実態を改めて考えさせられました。行政のサポートを待つのではなく、有事の際は立場を超えて自分たちで助け合う重要性を感じます。

行政の人たちも被災しているんです。そこに地域住民もいるんですよね。例えば自衛隊の息子さんがいらっしゃるところのおばあちゃんは、息子は自衛隊で出ているので、おばあちゃんのサポートを私たちがするわけですね。みんなで助け合わないといけない状況で50人分ほどの食事を一緒に作ったり、地域のお年寄りの面倒を見るといったことが当たり前に起こる状況でした。

 災害時の介護現場の対応

いつどこでどんな災害に遭うかは誰にも分かりません。介護の現場において、平時からの備えはやはり必要だと高橋さんは言います。

介護事業は、日常で煩雑な業務を遂行していて災害に強い人もいますけれども、まだ災害のイメージがついていない人もいます。LINEによる支援や指導が絶対必要で、通常からイメージトレーニングをしておくということが大事かなと思います。

被災時の介護現場の対応についても、これまでの経験からさまざまな課題提起をいただきました。災害時のトリアージ(多くの傷病者が居る状況において、傷病の緊急度や重要度に応じて治療優先度を決めること)については、このようにお話しされました。

介護現場でトリアージは合わないんです。
「あなたはここ、あなたはこっち」ということはなかなかできない。大規模災害になると病院が被災しているから高齢者を連れて行っても追い返されます。実際に東日本大震災の時は「若い人から救いましょう」ということで高齢者はそもそも病院に連れて行けなかった。そういったことを考えると、やっぱり介護現場で守るしかないということを思い知らされました。

さらに介護現場には、認知症や障害を持つ高齢者もいます。このような方とともに被災したとき、私たちは本当にどのようなケアができるのでしょうか?その時その場に合わせて柔軟に、可能な限り最高のケアを考えられるようになるためには、もっと深くイメージする必要性を感じさせられました。

地域のお年寄りも利用者さんたちも全部守る。ケアの質を落とさないためには、スタッフの身体・精神・社会的な健康を考える必要がもちろんある。それでも一番最初はもう考えている余裕はないですね。

災害時のリアルを知ることで、さらに、「もし当事者だったら、どうすればいい?」という問いが深まる第2部となりました。

どうやって備えるのか

第3部は成蹊大学 文学部現代社会科学教授である渡邉大輔さんをコーディネーターに、登壇者とKAIGO LEADERS発起人の秋本、そして参加者を交えてのクロストークが行われました。

初めに、渡邉さんのこのようなお話から始まりました。

第1部で行ったワークショップは、高橋さんの関連施設が経験した実例をもとに考える内容でした。その上で第2部で高橋さんからたくさんの経験をお話いただきました。

ここまでを通して「経験していない人はなかなかわからない」ということを感じている方もいると思います。それは悪いことじゃなくて、前提としてそうであることを知ってから考えることがとても大事なので、第3部ではお互いが話し合いながら情報共有していく時間にできればと思います。

ここからはクロストークの内容の一部を紹介していきます。

参加者:今日の話の中で、自身に刺さる言葉が3つありました。1つは「行政からのサポートを待つだけではダメだ」ということをはっきりと断言されていた。2つ目が「災害の勉強会をやっていても滞在型の訓練だったので、役に立たなかった」ということ。それから、3つ目が「高齢者を自分たちで守る」ということもはっきりと仰っていました。
第2部の話から、私たちが頭の中でイメージして「きっとこうなんだろう」と考えていることが役に立たないことを感じています。そのうえで私たちが何をすべきなのかアドバイスがあればいただきたいです。

高橋さん:例えば私は「今ここで直下型地震が起こったらどうなるんだろう」といつも行った先で考えています。

四国に行った時は高いビルがなく、東日本大震災のように20メートルの津波が来たら、耐えられるところはほとんどない恐怖を感じました。逆に東京の高いビルがいっぱいあるところでどうやって生き残るのでしょうか?その地域に合わせて考える必要があるのかなと思います。

もし震災が起こったとき、「どうやって」「誰が」支えるのかを考えます。 行政が支えてくれますか?探しにきてくれますか?経験上は自分たちで地域の人たちを探して回ったり、ごはんを一緒に食べたりしていました。災害で生き延びるうえで決して他力本願になってはいけないということは断言できます。

やはり災害に備えることは、すごく大事なことで、災害を想定した取り組みをみんなで進めていくべきだと思います。今回のワークショップも大事なことだし、こうやって一緒に考えてくださるだけでも全然違うんじゃないかなと思います。

災害現場でのケアのリアル 

伴さん:今回のケースでも議論として出てきたように、自分たちのケアの範囲を利用者だけに限定するなど、現実的に決めることはできるのでしょうか?

高橋さん:自分たちで分けるということは無理だと思います。介護職で熱心な人であれば特に、当事者になったら自分が倒れるまでやると思います。 だから外部から早く支援が入ってくれないともたないことは確かです。

熊本地震でも大きな揺れが収まった1か月後には他県から保健師さんが来ました。ただ支援のやり方も考えないといけないと思います。巡回型で「お変わりありませんか」とただ聞いていく方法でしたが、それよりは定着して地域住民と一緒にサポートすることもできると思います。ただ巡回するのではなく、一緒に料理を作ったり、掃除したり、衛生環境を整えたり、体操したり。そこに一緒に生活してみるといいと思います。 

渡邉さん:医療のトリアージと違って、福祉はやれる範囲がまだあるが故に逆に簡単に線を引くことができないことがリアリティなのかもしれません。端から見れば、線引きした方が良い、もしかしたら線引きしなくてはならない場面があるかもしれない。それでも線引きできないリアリティがあるということも今日の学びの1つになったのではないでしょうか。

防災意識をいかに広めるか

秋本可愛

秋本:今日のお話で「いかに備えているか」そしてそれを「いかにリアルにイメージできているか」がすごく重要だと思いました。BCPも広がってきて計画はそれぞれの現場が作ってきている傾向はある中で、いざというときの意識醸成がまだできていないところもあると思います。どのように防災の意識を高め広めていくことができると考えられていますか?

高橋さん:今日の参加者の方たちからアドバイザーのような方たちが生まれたらいいと思います。たくさんの人が亡くなっている事業所は滞在型の避難が多いんですよね。「我慢して待っていたら誰かが手伝いに来てくれるだろう」と待っていたらだめだったケースが多い。だからこそ急いで逃げる。最初の3日間はまず命を救うことがすごく大事なんです。 

3日間生き延びれば生存確率は高まるし、1週間生き延びれば他県からも支援がいっぱい入ってくる。そんな風に助けてくれる人はいるんですよ。だから、最初の3日間とその後の1週間を生き延びることがまず重要だということも今日は知って帰ってほしいと思います。

渡邉さん:最後に今日の感想を一言ずつお願いします。

秋本可愛

秋本:KAIGO LEADERSとしては今日学んだことを1人でも多くの人に届けていきたいです。前回も衝撃だったが、今回も考えさせられることが多かった。3回目も是非できればと思います。

伴:研究者としてできることは、経験したことを他の人に伝える機会をつくることだと思います。コロナ禍で今までやってきた避難訓練もできていない事業所も多く、意識の低下も懸念しています。今日のように皆さんと一緒にケースを読んでいくことでイメージを深めることはできると思うので、今後もさまざまな経験を聞いてケースにしていくことは続けてやっていきたいと思います。

高橋さん:皆さんのやり取りを聞いていて、体験したことが違うとこんなに食い違うんだなということを感じました。皆さんには生き延びてほしい。皆さんの身近な高齢者の方も無事であってほしい。今後10年の間にどんな災害が来るか分からないが、少しでも周りの皆さんが幸せに長く生きられることを心から願っています。

渡邉さん:私達ヘルスサービス研究会は東日本大震災の頃から細々とケースを作っています。経験を聞いても忘れてしまうこともある。もちろんケースは仮想的な訓練のため限界もありますが、実際の経験とケースを組み合わせながら、いつかどこかで震災が来た時に役立てるような機会をこれからも提供できればと思います。

※Photo:宮原恒輝

当日の様子はこちらから

タイムライン
0:00:05 開催趣旨説明
0:05:35 第1部 リアル防災ワークショップ ケースメソッドとは
0:10:52 ケースディスカッション
0:53:54 第2部 講演「震災経験から学ぶ介護現場の防災」
1:16:47 第3部 クロストーク

ゲストプロフィール

 ■高橋 恵子 たかはし けいこ
有限会社せせらぎ 代表取締役

看護師として病院勤務する中、入院する高齢者への対応に疑問を感じ平成12年8月有限会社せせらぎを設立。介護サービス事業を運営する傍ら、自らの経験を元に「介護従事者にも教育と研究が必要」と各地域での講演活動をはじめ幅広く活動。また熊本地震での災害の怖さ、支援の素晴らしさ、備えの必要性などを発信するために執筆活動など精力的に活動中。

看護師/介護支援専門員/介護福祉士/社会福祉主事/熊本県認知症介護指導者/認知症ケア専門士(上級)/etc…

■秋山 美紀 あきやま みき
所属:慶應義塾大学 環境情報学部教授
専門:健康情報とコミュニケーション、公衆衛生、疫学、健康政策


地域コミュニティにおける住民参加型の社会課題解決を目指した実践的研究に取り組む。山形県鶴岡市では公共図書館を拠点に住民がつながり学ぶ場「からだ館」を2007年より運営している。

■伴 英美子 ばん えみこ
所属:慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特任講師
一般社団法人ユガラボ理事
専門:産業組織心理学

介護療養型医療施設に勤務する傍ら、介護従事者向けの防災やメンタルヘルスの教材開発や教育、看護介護人材へのキャリアアドバイス、多世代コミュニティの研究、ソーシャルメディアを活用した自殺対策に関する研究等に取り組む。2016年ゆがわらっことつくる多世代の居場所の開設にかかわる。

■渡邉 大輔 わたなべ だいすけ
所属:成蹊大学文学部現代社会科学教授
専門:社会学、社会老年学

高齢期における社会参加や就労、介護予防、生活時間、ライフコースなどを専門とする。武蔵野市などで健康福祉や地域包括ケアシステムの政策策定や推進にもかかわっている。

開催概要

日時:2023年2月17日(金) 19:00〜21:30(開場18:30)
開場:social hive HONGO 4Fイベントスペース
東京都文京区本郷3-40-10 三翔ビル本郷4F
チケット料金:無料
定員:20名 

主催:慶應ヘルスサービス研究会(HSR)
科研費基盤研究(C)「介護事業所における大規模自然災害対応に関する研究と教育プログラムの開発」(19K02246)(研究代表者:慶應義塾大学・伴英美子)
共催:KAIGO LEADERS

この記事を書いた人

中島ふみか

中島ふみかNAKAJIMA FUMIKA

教育・人材会社で働く会社員KAIGO LEADERS PR team

誰かの魅力や想いを代弁し届けます/KAIGOの面白さを知りたい、伝えたい

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