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イベントレポート

いざという時、「何もできなかった」と思いたくはない。今こそ「介護×防災」を考えよう。(「リアル防災ワークショップ」開催レポート)

「難しいよね」で、思考停止はしたくない。

「災害が起きたら、どうしようもないよね。難しいね」で思考停止はしたくない。
いざという時に「何もできなかった」ということにもなりたくないんです。

正解のない難しい問題だけれども、考え続けていきたい。

今日参加してくれた皆さんも、それぞれの現場で出来ることを考えていってほしいと思います。

イベントの最後に、そう投げかけた僕の言葉に、その場にいた40名近い参加者の皆さんが、何かを感じ取ってくれた。
そんな気がしました。

「防災介護士」として初めて企画した「防災×介護」のイベント。
イベントをしても、「結局、難しいよね…」と思われて終わってしまうのでは…。
正直、準備段階やイベント当日も、そんな不安や緊張でいっぱいでした。

でも、最後に参加者の皆さんの表情を見て、僕も含めた一人ひとりが「防災」について、深く考え新たな気づきを得る。
そんな時間になったのかな、と思えました。

もしも災害が起きたら、あなたは命を守れるか?

慶應ヘルスサービス研究会、ケースメソッド・ラボ、ケースメソッド学会ケース作成研究部会との共催で行った「リアル防災ワークショップ〜もしも災害が起きたら、あなたは命を守れるか?〜」

いざという時に自分や利用者・大切な人の命を守れるようになってほしい。
そんな想いで、介護現場の防災力を高めるためのプログラムを展開しました。

イベントの司会は、慶應義塾大学環境情報学部 教授の秋山 美紀さん。
秋山さんはヘルスコミュニケーションの専門家として、7月に開催されたKAIGO LEADERSのイベントPRESENTにもご登壇いただきました。(PRESENTご登壇時のレポート)

このプログラムを通して、災害時に介護現場が直面しうる課題を知り、一人ひとりが未来の災害に備える一歩を踏み出す。そんな日になってほしいと思います。

秋山さんのそんなお話から、イベントはスタートしました。

“いざという時”のための思考訓練・ケースメソッド

プログラムの第一部は、慶應義塾大学  SFC 研究所上席所員 伴 英美子さんの進行で、「リアル災害ワークショップ」を行いました。

僕と伴さんは、KAIGO MY PROJECTへの参加をきっかけに出会い、このイベントを一緒に企画し、準備してきました。

第一部では、ケースメソッドという手法を用い、東日本大震災の実例をもとに参加者全員で討議し、「災害現場で私たちはどんな判断・行動をすべきか」という実践力を高めていきます。

“確かな情報がない震災直後、現場の介護スタッフたちはどんな問題に対処すべき?”

“建物が崩壊した施設から「利用者を受け入れてほしい」と申し出があった。受けるべき?”

 “中心として頑張ってくれていた職員が「行方不明の家族を探すため、家に帰りたい」と申し出があった。その職員を帰らせる?”

このように、正解のない難しい問いを、実際に被災地の介護職員たちは突きつけられました。

“情報が足りないから、判断ができない…。”

“闇雲に他施設の利用者を受け入れてしまうと、共倒れになってしまうのでは?”

“生命の危険がある人は、受け入れるべき。”

“中心だった職員が帰ったら、メンバーにも動揺が走る。だから帰さない。”

“帰宅をさせた場合、その職員が二次災害に合うリスクもあるから、今は帰さない。”

“無理やりその場にとどめても、状況は悪くなってしまうから、ひとまず帰す。”

参加者からは、様々な観点からの意見が述べられました。自分の中にはなかった視点での意見に「なるほど!」と思ったり、自分とは異なる意見の人の理由を聞き、その意見にも納得が出来たり…。

どれだけ考えを深めても、明確な正解がある訳ではありません。でも、ケースメソッドを通して、色々な意見や判断の基準に触れることで、自分自身のいざという時の判断も、より精度が磨かれるのでは、と感じることが出来ました。

今回は、東日本大震災の事例をもとに考えてもらいましたが、熊本地震でも、西日本豪雨でも介護現場では同じような事態が起きました。

災害の直後には、集まって会議することも困難ですし、普段意志決定をしている人は不在かもしれない。その場にいる人で、その場にある情報で判断していかなければいけません。このような思考訓練をしたり、組織の中で対話を重ねることで、災害への対応力を高めることが重要です。

伴さんのこの言葉で、第一部は締めくくられました。

東日本大震災時、「緊急医療」はあっても、「緊急介護」はなかった。

第二部は、「災害時の外部支援を考える」。

東日本大震災で実際に被災された岩手県大船渡市の社会福祉法人 典人会 専務理事の内出 幸美さんから、お話を伺います。内出さんは、NPO法人災害福祉広域支援ネットワーク・サンダーバードで、災害時の福祉現場の支援活動も行っています。

民俗学や社会学で「災間(さいま)に生きる」という考え方があります。

災いが起きた後、いずれまた違う災いが必ず起きる。
その合間に私たちは前の災いから学び、備える必要があります。

東日本大震災の被災の経験から、内出さんたちは災害時の外部からの介護現場への支援が重要と考え、DCAT(災害派遣介護チーム)を組織し、熊本地震などの災害現場にチームを派遣していきました。

内出さんたちが、災害時の外部派遣の重要性を感じた東日本大震災時の状況はどのようなものだったのでしょうか。

大船渡市は、震災後大津波に襲われ、介護施設も大きな被害を受けました。
内出さんの施設も震災直後から、余震の恐怖・ライフラインや通信・移動手段の断絶という状況の中で、他施設の利用者の受入れや、福祉施設として支援を求めてきた住民の支援などに追われました。

「緊急医療」はあっても、「緊急介護」はなかったんです。

見通しの見えない状況で、究極の判断をし続ける中、職員たちも疲労が蓄積していきます。
そんな中、DMAT(災害派遣医療チーム)として医療機関に医師・看護師が全国から集まってくる様子を見て、福祉領域でも同様の外部派遣チームを組織することの重要性を内出さんたちは痛感したそうです。

DCATでは、災害直後の短期的な支援はもちろん、長期的な継続支援も行いながら、被災地の介護現場を支援していきます。
こういった災害時の介護現場の支援はまだまだ世界的にも例が少ないそうですが、法人間や自治体・職能団体など様々なレイヤーで広がりを見せているようです。

僕自身は介護福祉士、介護予防運動指導員でもあります。災害時に生じる様々な困難に対して、それぞれの持つ力や専門性を発揮することで、困難を乗り越えていけるのではないか。そのためには、普段からの連携や、協力体制を構築していくことを、DCATのように広域・身近な地域それぞれで、行うことがとても大切なのではないかと思いました。

“M7以上までの地震なら、日本のどこでも起こりうる。”
備えとしての地震学。

第三部は、地震学者の慶応義塾大学環境情報学部 准教授・大木 聖子さんによる「よい判断のための地震学」。
地震学の観点から、災害時の判断に役立つ知識を学びました。

大木さんは、目安として知っておくべきポイントを五つ紹介してくれました。

①マグニチュード(以下、M)7以上の地震は日本のどこでも起こりうる

②内陸でM7・海域でM8以上の地震の場合は、現地で災害が起きている可能性が高い

③Mが大きいほど強く、長く、揺れる

 ⇒立っていられないような強い揺れが…
・0~15秒続くならM7以上 ⇒ 直下型地震が発生したと想定する
・1分以上続くならM8以上 ⇒ 沿岸部では津波を警戒する
・3分以上続くならM9以上 ⇒ 沿岸部では巨大津波を警戒する

④「本震のMよりマイナス1」より大きい余震があった場合、群発地震を警戒

⑤遠くで起きる、震源が浅い、M8クラスの地震の時、高層ビルは揺れ続ける

⇒高層住宅やオフィスでは、揺れ続けることでの被害に注意

このように分かりやすく、意識すべきポイントを紹介してくださいました。

マグニチュード7くらいの地震は日本のどこでも起こりえます。

そして、大地震が発生した時のリスクは土地・地域によっても変わります。
東京であれば津波のリスクが少ないが、火災や帰宅困難者の無理な帰宅での二次災害が考えられます。

その時に自分の身の回りで何が起きそうか、どう対処すべきか、常日頃備えておくことが大切です。

大木さんのお話されたポイントは、「地震が起きた直後から、次のよりよい行動のために、どう判断すべきか」など、端的に情報が使える様になっていました。

これまでも地震や災害の話を聞く機会はありましたが、ただ情報をたくさん知るだけでは、「防災」にはならず、「防災として使える情報」にするために精査をする必要があるのだと思います。

今回、地震学の知識を通して知れたことを、各々が自分の日常に落とし込んでいくことが大切なのだと感じました。

その日”を迎える前に。私たち一人ひとりができること。

プログラムの最後となる第四部は「明日からの介護現場の防災対策」。

これまでの学びをもとに、一人ひとりがそれぞれの「現場」において、何らかの実践をしていくために、必要なことを考えるワークショップを行いました。

 

“災害時に急に助け合おうとしても難しい。
普段から、ちょっとしたものでも交流する機会があるとよいよね。”

“足が不自由な人は避難所まで移動できる?
避難経路を知るだけでなく、そこまでの移動手段も検討しておかないと。”

“今日知ったことを、職場で共有するだけでも、全然違うかも。”

「介護現場での防災は難しいよね」では終わらせたくない。
だからこそ、どこにその「難しさ」があるのかを考え、どのように備えや連携ができるのか、様々な視点からの議論が交わされました。

そして、明日への一歩に繋げるために、最後に「自分がこれからやろう」と決めたことを一人ひとり紙に記載してもらいました。

大木さんからは、「『やろう』と思った考えを、このような形で言語化しておくとよい」とのアドバイスがありました。

「締切」がないと、人ってなかなかやろうという気持ちにはなりません。
そして、防災には「締切」がないんです。

でも、直下型地震は日本中どこでいつ起きてもおかしくない。

「いつかやろう」と思っているだけでは、やらないまま“その日”を迎えてしまう。
だから、こうして紙に書いて宣言することで、自分で期限を決めて「やろう!」という気持ちを持ち帰ってください

参加者一人ひとりが、自身の“宣言”をつくり、明日への一歩を形にしていきました。

これからも僕たちは、「介護×防災」を問い続ける。

クロージングセッションでは、登壇者や企画に携わったメンバーから一言ずつ、お話をさせて頂きました。

「大震災の教訓を未来にいかしたい」「決して風化させてはいけない」
そんな熱い思いを持った仲間が準備をしてこの場をつくり、意識の高い参加者の皆さんがつながって、とても充実した学びになりました。
この9月1日の防災の日に、日ごろから人の命や生活を預かる介護や医療に関わる皆さんと災害時の備えを考える時間をつくれたこと、とても幸せに思います。

過去の数々の災害で亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りするとともに、今日の気づきや学びを、さっそく自分の家庭や現場での行動や実践につなげていきましょう。

慶應義塾大学環境情報学部教授・秋山 美紀

防災には地域コミュニティや、人と人とのつながりが重要であると改めて感じました。
そして、防災に限らず、今の私たちの社会の様々な課題は、日々のコミュニティやつながりの力が重要なのだと思います。
KAIGO LEADERSとしても、これからも「介護×防災」を考えていきたいです。

KAIGO LEADERS発起人・秋本 可愛

「災害時の究極の状況で、どう考え、判断したらよいか」というのは難しく、すぐに身につくものではありません。
どのような意見・判断が正しいかということではなく、「なぜそう考え、その意見にたどり着いたのか」という基準を持つことが大切なのだと思います。

ですから、このようなセミナーが全国で広がっていけば、防災意識と行動も発展するのではないかと思います。

社会福祉法人典人会 専務理事・内出 幸美

防災を「目的」とするのではなく、「手段」と考えるとよいと思います。

いつ起こるか分からない未来のネガティブなことに備えるというより、「防災のために、ちょっとご近所と交流しよう」とか、「防災のために、筋トレをして体力をつけよう」とか、防災をきっかけに今の生活でちょっとプラスになることをしてみる。そんな視点で防災を考えるとよいのではないでしょうか。

また、災害現場でよく耳にするのは、「もうちょっと情報が入るのを待ってから、ベストな判断をしよう」と待ってしまうこと。これはよくありません。
「ベストな判断」なんてないと思います。大切なのは、今ある情報でベターな判断をすること。
新しい情報が入ってきて、先ほどの判断はベターからワーストになるかもしれない。
でも、その時は新しい情報でまたベターな判断をすればよいんです。
災害時には、こんなマインドで考えるとよいと思います。

慶應義塾大学 環境情報学部准教授・大木 聖子

震災が起きた後、ヘルスサービス研究会のメンバーは、震災のケースを作成する過程で、たくさんのショッキングなお話を伺いました。
災害が起きたら、また同じようことが起きることは分かっていながら、それを伝えられていないことがずっと心の中にわだかまりとしてありました。
今回、こういった機会を設けたことで、多くの方が「災害時にこんなことが起きる」と知ってくださり、それぞれの環境で備えをしようと考えてくれたら、嬉しいなと思っています。

今回使用したケースを含め、被災施設の体験をもとにした2本のケース教材について出版準備中です。
多くの人に使って頂ければ幸いです。

もう一つ、内出さんが所属されているサンダーバードのような活動がすごく大切です。
常日頃ネットワークを作っておいて、いざという時に助けたり助けられたりという環境があることが重要なので、多くの人に知ってもらい、支援してもらえるとよいなと思っています。

慶應義塾大学SFC研究所 上席所員・伴  英美子

大学時代に防災訓練で出会った視覚障害を持った方に、「いざとなったら、私たちみたいな障害者や高齢者は見捨てて逃げなさい。君みたいな若者が巻き込まれることはない」と言われたことがありました。

その時は、深く考えていなかったのですが、半年後に東日本大震災が起き、避難誘導時に巻き込まれて命を落とした人も多くいたと知りました。
そして、介護という仕事を選んだこともあり、ずっと僕自身の中にあの言葉が残っていました。

いざという時、僕たちは高齢者を見捨てることはできるのか?
この難しい問いから、目を背けてはいけないという思いはずっとあったのですが、こうしてKAIGO LEADERSの活動に関わる中で、皆さんと一緒に考える機会を設けることが出来ました。
これからも考え続けていきたいと思います。

KAIGO LEADERS・清水 達人

もしあの時の方に、今同じ質問をされたら、「大丈夫です。見捨てませんし、何が起きても心配ないように準備してますから」と、胸を張って応えられる介護士になりたい。
そんな風に考えています。

今回のイベントを多くの人と一緒に企画・準備し、イベント当日も参加者の皆さんと一緒に考えられたことで、その一つの形が出来たのではないかと思います。

僕自身も災害時にこうすればよいという「正解」を持っている訳ではありません。
これからも「防災介護士」として考え続け、このコラムでも情報を発信しながら、こうして目を通して頂けている皆さんとも一緒に考え続けていきたいと思っています。

ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました!

※本イベントの収益と、参加者から頂いた募金は、全額サンダーバードに寄付させて頂きました。
寄付金は被災地での活動資金にあてられます。

北海道胆振東部地震を受けて

9月6日、北海道胆振地方を震源として発生した北海道胆振東部地震でも、大きな被害が発生してしまうこととなりました。

内出さんの所属するサンダーバードは、SOSのあった介護施設にチームを派遣する準備を進めているそうです。

サンダーバードでは、被災地の介護現場の支援活動を進めるための寄付・支援も募られていらっしゃいますので、ご協力いただけましたら幸いです。(詳細はサンダーバードのサイトをご覧ください。)

いつ、どこで、大きな災害が起きるか分からない。
その想いを改めて実感しています。
本レポートをお読みになった方が、防災について考え、行動を起こすきっかけになれば幸いです。

この記事を書いた人

清水 達人

清水 達人Tatsuhito Shimizu

介護職、介護予防運動指導員KAIGO LEADERS PRチーム

学生時代に防災関係の活動や海外ボランティアに従事。東日本大震災時にも、学生ボランティアとして東北でも救援活動を行う。
介護士の経験と防災への関心から、「介護×防災」を考える“防災介護士”としての活動をスタート。

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