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イベントレポート

「指名制ヘルパー」で生活支援から旅行まで -自費×制度で豊かな介護の実践へ-

「えっ、利用者さん家の大掃除って、介護職員はできないんですね…!」

介護職員としてほとんど知識や経験がないまま働きはじめた1年前。
私にとってそれは、介護保険制度の中では「できないこと」の多さに驚愕する毎日でした。

介護士として働く方なら、私と同じ気持ちを抱いた方は、もしかしたら少ないくないかもしれません。

「もっと、利用者さんが本当に望んでいることができたらいいのに。」

私が感じたような介護職員側の葛藤、さらに利用者側の葛藤も解決する仕組み、「指名制ヘルパー」

そのポイントは、「自費と制度の掛け合わせ」でした。

業界でも珍しいこの仕組みを導入する、グレースケアの「豊かな介護の実践」について、お話しを伺いました。

NPO法人グレースケア機構が目指す「生活を豊かにする介護」

11月26日に開催されたかいスぺミート。今回はKAIGO LEADERSのオフィシャルパートナーでもあるNPO法人グレースケア機構(以下:グレースケア)の代表、柳本文貴(やぎもと・ふみたか)さんをゲストにお招きし、「生活を豊かにする介護」をテーマに、グレースケアでの取り組みや運営についてお話していただきました。

プログラムは

 導入・チェックイン
 講演
 グループダイアログ
 感想の共有や質疑応答
 お知らせ・クロージング

の5つの流れですすめられました。

PRESENT、KAIGO MY PROJECTは参加申し込みをすれば誰でも参加できるイベントですが、SPACEは会員限定のクローズドのコミュニティ。

「SPACEに参加してみたいけど、何をしているのかあまりわからない。」
「参加することでどんな学びを得られるんだろう。」

SPACEに関心はあるものの、疑問や不安がある。今回はそんな一般の方も参加して頂き、SPACEについて知ることができるイベントという意味合いも兼ねて、かいスぺミートを開催しました。

 

NPO法人グレースケア機構とは

NPO法人グレースケア機構は、東京都三鷹市を中心に運営するNPO法人

1.お困りごとからお愉しみごとまでトータルに
2.住み慣れたところでその人らしく最期まで
3.介護の担い手もやりがいを持って働きやすく

上記3つを理念に掲げて、乳幼児から高齢者に対して多岐にわたるサービスや、地域と連携したまちづくり事業を実施しています。

グレースケアが提供するサービス形態には、一つの大きな特徴があります。
それは、「自費と制度を組み合わせたサービス提供」です。

グレースケアでは、自費で受けられるサービスと、介護保険や障がい福祉サービス内で受けられるサービスを組み合わせて利用者に提供し、「生活を豊かにする介護」を目指しています。利用者の生活だけではなく、介護職・ヘルパーの生活も豊かにすることを目指しているところがユニークです。

 

なぜ、「自費と介護保険の掛け合わせ」なのか

介護保険制度には、さまざまな「やってはいけないこと」があります。

例えば訪問介護では、利用者さん本人へのケアはできても、ご家族に対してのケアはできません。また、日常生活の最低限のことに限られるので、遊びに出かけたり、ペットの世話などは不可です。行政によってお酒の買物は認めない!とか言われる。「利用者さん本人の日常生活以外のこと」は、サービスとして提供できないのが原則です

確かに、保険料と税金で実施するものなので「広く薄く、公平に」サービスを提供する必要があります。制度によって救われている部分は大きい。

でも、利用者さんの暮らしは本当にさまざまです。日常生活で大事にしていることも違う。そこを制度だけでまかなうのは無理があります。高齢の要介護の方を訪問したら、実は引きこもりの息子さんがいらっしゃるとか、ご家族の方の支援が必要なときもあります。

つまり、支え合いの仕組みが制度の枠だけでは不十分なんですよね。

介護サービスを受ける利用者にも、提供するヘルパーにも不満が残ります。

利用者には、介護保険でできないサービスがあることで「生活の制限」が生じてしまうこと。また、ヘルパーは、個人としては手を貸したいのに「できません」と線を引いて断らなければいけない。

短い訪問時間のなかで、ケアプランに決められたことだけを、決まった手順で、どのヘルパーも同じようにやらなければいけない。作業のようにこなすことに追われ、仕事のやりがいを感じにくくなってしまう。

双方ができるだけ不満なく関わることができるやり方として、「自費を中心に、必要に応じて使える制度を組み合わせる」という形に行きついたそうです。

 

「自費と介護保険の組み合わせ」―実践と得られたメリット

支え合いの仕組みを補うために、グレースケアが提供しているサービスは大きく分けて5つ。

・お愉しみケア(買い物、観劇、旅行など)
・家族ケア(ペットの世話、大掃除、庭の手入れ、家族関係の調節など)
・認知症ケア(外出の付き添い、安否確認など、個別の希望に対応したケア)
・医療的ケア/リハビリ(痰吸引、マッサージ、看取りなど)
・障がい/難病/こどものケア(移動支援、介護者家族に対するシッター事業など)

これらは使い方の例で、利用者それぞれの希望されることは基本断らずに、幅広く対応しているそうです。
また、スタッフもそれぞれ自分の得意なことを活かしたサービスを提供します。
このサービス提供のかたちには、大きく分けて2つのメリットがあると、柳本さんは言います。

その1‐自由で柔軟なケア内容により、利用者の生活の可能性が広がる

 

例えば、難病の利用者の方が、長崎の五島列島に教会を見に行きたいと言われたとき、自費と一部ガイドヘルプの制度を組み合わせて実現しました。車いすでの飛行機乗降や、普通のトイレ利用など工夫しながらの旅でした。その後まもなく亡くなられたので願いを叶えられて本当によかったです。

また、地域包括支援センターからゴミ屋敷の利用者を紹介されて、あふれかえるモノををただ処分するのではなく、ご本人と関係を作りながら一緒に片づけたり、身体機能をみながらモノや家具の置き方を変えたりしました。自費でいったん片づけたあとは、介護保険で入り、週1回の掃除を行っています。

介護保険や障がい福祉サービスの枠だけではできない「旅行」や「大掃除」など、利用者のニーズに応じて自費のサービスと制度を柔軟に組み合わせて提供。

利用者や家族の生活を制度に合わせようとするのではなく、ケアや制度の方を生活に合わせることで、ご本人たちの願いを実現することができます。

その2‐ヘルパーの個別性を活かせるケアと働き方の展開により「働く意義」を持ちやすい

グレースケアで働いているヘルパーは、現在150名ほど。

身体介護や家事援助はもちろん、認知症の方、知的障がいや難病の方のケア、子どもや引きこもりの方のケアなどなど、ヘルパー自身の希望や適性になるべく応えたい。ヘルパーが多様であることで、多様な利用者のニーズにも応えられるようにしています。

ヘルパーの個性を活かせる仕掛けとして、ホームページでは、ヘルパーの経験や特技などが顔写真入りで紹介されており、そのなかから選べる「指名制ヘルパー」。

指名が多かった整理収納アドバイザー+介護福祉士のメンバーによる「片づけ事業部」や、料理好きヘルパーと栄養士でつくる「おいしい事業部」、その他「おでかけ事業部」「ロボット事業部」などなど、得意な分野に特化した部門が生まれています。

単に、介護をするーされるといった関係ではなく、利用者もヘルパーも楽しみや暮らしの彩りの部分で、人と人として関わることができそうです。

さらに、ケアの内容とともに働き方も多様。1日に訪問するのは1~2軒という方が多く、日数も週に2~3日など、1人に対して長く向き合う働き方をしている方が多いようでした。仕事の合間に学校にいったり、音楽や舞台などの活動をしていたり、地域の中で暮らしと両立した様々な働き方をしやすいということも、働く意義につながっているといえます。

 

双方の生活を豊かにする、グレースケアの立ち上げと運営

グレースケアは2007年、柳本さんをはじめとしたヘルパー仲間で起業。2008年にNPO法人として認証されました。

その際、柳本さんが抱いていた思いは「介護が必要な高齢者が増える一方で、介護の担い手が減少している現状をどうにかしたい」というものでした。

その実現のためには、利用者とヘルパー双方の「生活が豊かになること」が必要です。

グレースケアが実践する自費と制度を組み合わせたケアには「双方の生活が豊かになる」ポイントがありました。

私たちはお金をどう回すかというところも「社会的支え合い」になるという考え方で運営をしています。

グレースケアの自費サービスは1時間3,500円(定期利用で3,200円)。これは介護保険を使うと身体介護で1時間当たり450円くらい(1割負担)ですから、「高い」と思うかもしれません。でも実際、高齢者のなかには家計にゆとりがある人も一定の割合います。

その一方で、介護職では仕事に比べて賃金が低いために、生活が大変だったりする。

制度を使って利用者の負担を抑えることだけが社会的公平ではなくて、市民の中でお金を回していくことが本来の意味で社会的支え合いにつながるのではないか、と考えています。

支払う力のある方からは、自費サービスでしっかり料金をいただいて、ヘルパーはしっかり利用者のニーズに応えていく。質を高めることで、さらに介護職の評価や報酬も上がっていき、利用者・ヘルパー双方にとってよいという好循環が生まれます。

実際に、グレースケアでは、2008年の立ち上げから売り上げ・ヘルパー数ともに右肩上がりとのことです。

自費サービスについては、2016年に厚生労働省と経済産業省が出版する「保険外サービス活用ガイドブック」にも掲載されました。

双方の生活が豊かになるためには、公が補いきれない部分は民で補っていく。

お話を通して、これからの介護サービス運営にはここがポイントになってくるように感じました。

 

地域住民と一緒に「自分たちの生活を豊かにする」

グレースケアが拠点としている東京都三鷹市。ここで生活する住民と一緒に、グレースケアでは様々なまちづくり活動をしています。

①ケア付きシェアハウス-ナースさくまの家
 

1人の看護師・佐久間洋子さんの思いから始まった医療行為に対応するシェアハウス。

容態が思わしくないときに、病院で辛い治療を続けるべきか、といって家に戻るのも不安という方に、点滴や吸引などを行いながら、家のような環境で気楽に過ごせる場所を作っています。

今は末期がんや認知症、知的障がいの方など5名が住み、お酒を飲んだり、好きなものを食べたり、なるべく痛みなく、最期まで愉しい暮らしが送れるようサポートしています。

(写真下段は毎年恒例『いい死旅立ちコンサート』)

ケア付きシェアハウス -ナースさくまの家-
https://www.n-sakuma.jp/


②となりのでこちゃん

市内の民家を借りて運営するデイサービス。

送迎の時間や利用時間などは、なるべく本人と家族の生活の都合に沿って対応しています。ご飯を食べてから帰ったり、泊まることもできます。

近所の八百屋に買物に行き、みんなでご飯を作るなど、「普段の暮らし」を大切にして生活リハビリを行っています。

立ち上げ時には、地域から家具・家電の寄贈があったり、若者支援団体から引きこもりだった人をドライバーとして雇用するなど、介護サービスの枠だけではなく、地域との助け合いで成り立っているという特徴があります。

となりのでこちゃん https://g-care.org/service/deko/

③くまちゃんハウス
 

ナースさくまの家の隣にある民家を使った”子どもと大人の遊び場”。以前、さくまの家にお風呂やご飯に来ていた女性が亡くなり、後を借りています。

子どもたちが絵具で遊んだり、絵本のお菓子を作ったり、三鷹の野菜を屋台を出して売ったり、地元のお寺に修行体験に行ったり、おばあちゃんたちが裁縫で集まったり、大人が給料日ごとにお酒を飲んだり。

いまはコロナで控えているそうですが、まちの人といろいろなつながりを作っていることも、グレースケアが地域に溶け込んでいる理由の一つなのかもしれません。

そのほか市内のほかのNPOや市民団体と協働で、オンラインで孤立を防ぐモデル事業を行ったり、コミュニティカフェを運営するなど、多様な取り組みを行っています。

グレースケアがすべて単独で行うのではなく、地域に住む住民と一緒に事業を進めていくことでまちの中に潜在するニーズに気づき、愉しく活動しているのが特徴と言えます。

それによって「介護」という枠を超え、まちの暮らしそのものを豊かにすることにつながっています。

くまちゃんハウスFacebook
https://www.facebook.com/kumachanhouse5

質疑・応答

講演を伺い、参加者からは様々な質問が飛び交いました。

  • 相談はどうしたらいいの?

介護保険であればケアマネジャーや包括支援センター経由になりますが、自費のところはさまざまなルートで、いろんな相談が持ち込まれます。

例えば、まだ具体的なサービスは必要ないけれど、「将来の介護不安」を解消するために話をしに来られる方や、普段みている介護者が急病で倒れてしまったので一時的に代わりに!と依頼されたりとか。

先日もホームページで見つけたとメールがあり、認知症のおばあちゃんが夫の葬儀に付き添うお手伝いをしました。役所やボランティアセンターなどからも、対応しにくいケースなどがまわってきます。

  • 多様な依頼をどのようにヘルパーへアサインしているの?

グレースケアには9人のコーディネーターがいます。依頼を受けて内容に見合ったヘルパーを調整する流れになっています。年に2回、ヘルパーにはオンライン・面談で振り返りを行い、現状の仕事の評価と希望の内容、働ける曜日・時間などを聞いていて、普段のケアの力や住所、学んでもらいたいスキルなどを考慮して決めます。

もちろん利用者とヘルパーとの相性もありますので、現場に入りながら双方の間を仲介したり、グループチャットなどでヘルパー間の情報共有を図って、安心して働けるようにしています。

  • シルバー人材などのほかにある自費サービス事業とはどう兼ね合いをしているの?

地域のほかの事業者さんにも私たちにも「得意・不得意」があるので、相互に強みを発揮できればいいと思っています。

民間企業の家事代行などはマニュアルができている反面、介護やケアに疎いとか、現場スタッフへの報酬が抑えられているとか。

シルバー人材センターや、有償ボランティアさんは費用は抑えられるけど、やはり車いすでの付添いができなかったり、認知症の人に対応が難しいとか。

お互いに得意な部分をやって協力して支え合えるといいですよね。

  • 事業部門が多いと、数字をみたり管理が大変では?

特に私が管理するというより、それぞれやりたい人が勝手に好きなことをやっているという感じです(笑)

数字で事業目標を立てて達成していくのも大事かもしれませんが、どんな依頼にも断らず、必要なニーズに応えていくことで自ずと数字の結果もついてきます。

他にも質疑応答は白熱し、終了予定時間を少し延長するほどの盛り上がりを見せました。

介護が必要な高齢者、そのほかにも引きこもりや重度障がいのある方など、地域の中には様々な人が住んでいます。

グレースケアの「生活を豊かにする」実践は、私たちがこれからをより自分らしく生きるためのヒントがつまっていました。

柳本さん、お話しいただき、ありがとうございました!

 

オンラインコミュニティ「SPACE」について

かいスぺミートでは、毎月テーマに沿った定例会を開いています。

KAIGO LEADERSのオンラインコミュニティ「SPACE」に参加(月額2,000円)すると、KAIGO LEADERS主催のオンラインイベントへ無料でご参加いただけます(一部イベントを除く)。

SPACEメンバー募集中です!
応募締め切りは毎月10日と25日。皆さまのご応募、お待ちしております。

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ゲストプロフィール

柳本文貴(やぎもと ふみたか)
1970年新潟市生まれ
介護福祉士/社会福祉士/ケアマネジャー

大阪大学在学中から障害者の自立生活運動に関わり、人材ベンチャー、老人保健施設、認知症グループホームなどを経て、2008年NPO法人グレースケア機構を立ち上げる。「できない理由より、するための工夫を探す!」をモットーに、自費を中心とした幅広いケアサービスを提供。ヘルパーの指名制やケア付きシェアハウスなども展開中。
著書
『認知症「ゆる介護」のすすめ』(メディカ出版)
『イラストでわかる介護記録の書き方』(成美堂出版)
・上野千鶴子さんとの対談『ケアのカリスマたち~看取りを支えるプロフェッショナル』(亜紀書房)

などがある。

この記事を書いた人

渡部 真由

渡部 真由MAYU WATANABE

株式会社あおいけあ ケアワーカーKAIGO LEADERS PR team

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