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イベントレポート

介護のない世界へ。人口約420人の限界集落で実践する「街ぐるみの介護」(一般社団法人まめな)

全国介護・福祉事業所オンラインツアー」では、これまで福祉の実践から地域を盛り上げる全国の介護・福祉事業所や高齢者活躍の場などの創出事業を手掛ける15の事業所に登壇いただき、地域での暮らしを豊かにする実践の可能性に触れてきました。

2022年12月10日に広島県の会場とオンライン中継のハイブリッドにて開催された「全国介護・福祉事業所オンラインツアーVol.5」では、「介護を超える。人と人との関わりを生む、新たな地域づくり」をテーマに、2つの事業所にお話を伺いました。

相互扶助コミュニティによる「街ぐるみの介護」について教えてくださったのは、一般社団法人まめな 代表理事の更科 安春(さらしな やすはる)さん。

介護のない世界」を目指し、広島の久比という人口約420人の限界集落で「くらしを、自分たちの手に取り戻す」をミッションに多角的な取り組みに挑戦しています。

今回は更科さんから、ご自身が目指す世界観や具体的な久比での取り組みについてお話いただきました。

「介護のない世界」をつくる

これまで介護とは関わりのない業界で仕事をしてこられた更科さんですが、今から約7年前にご自身の母親の介護を経験したことが、現在の活動を始めるきっかけとなりました。

自分が介護を経験したときに、介護業界のいろんな方とお話しする機会がありました。話を聞くと「もう大変で大変で」という話ばかり。「こんな大事な仕事をしている人たちがどうしてこんな想いで働いているのかな」と、私の中に疑問として残っていました。

母が93歳で旅立った時に、残りの人生は介護業界を少しでも良くするために活動していこうと決めて、今から約5年前に活動を始めました。

今後、介護を受ける人は増加していく一方で、介護者は減少していくことが想定されます。この状況下で活動を進める中で、更科さんにある疑問が浮かんできたと言います。それは「現状の課題を解決しただけで本当に介護が良くなっていくのか」ということでした。

日本の介護保険制度は世界に誇る素晴らしいものではあるものの、今の状況ではもう限界だと感じるようになりました。これからは、現状の課題解決にとどまらず、もう少し先を見て介護を受ける人の数を減らすことができないかと考えるようになり、「介護のない世界」をつくることをテーマに活動することにしました。

更科さんが目指す「介護のない世界」とは、どういうものでしょうか?

介護のない世界」というと、介護が全くなくなることを想像されるかもしれません。しかし、私が目指す「介護のない世界」は、本当に介護を受ける必要のある人は、良質な介護が受けられるように、そうじゃない人は元気に生きていけばいいじゃないか、ということです。

「病気に苦しむことなく、元気に長生きし、最後は寝込まずにコロリと死ぬこと、または、そのように死のう」という標語である「ピンピンコロリ」を引用して、理想の世界観をわかりやすく表現してくださいました。

私は「ピンピンコロリ」ではなく、「ピンシャンコロリ」と言っています。体が健康で頭がしゃんとしていて、それでコロリと。旅立つ直前まで、自分の頭と体を使って生き抜いていける。そういう人生をどうやったら送れるか、そういう社会をどうやったらつくれるかということを考えていました。

「暮らしを自分たちの手に取り戻す」ための地域づくり

介護のない世界」をつくることをテーマに活動を行う更科さんの、現在の活動拠点は、瀬戸内海の大崎下島という島の久比という地域です。

久比の人口は約420人、高齢化率は約70%。300件ほどある建物のうち約4割が空き家という限界集落のような場所だと言います。

なぜ、この地域で活動することに決めたのでしょうか?

私の仲間が起業して久比でお酒作りをしていたので、それを見に行こうと思って行ったのがきっかけですが、行ってみると素晴らしい環境でした。おじいちゃんおばあちゃんたちが朝早くから起きて軽トラックを運転して、斜面が広がる柑橘畑へ入って元気に働いていました。生涯現役で頑張っている、こういう生き方が、本当は人が必要としている生き方じゃないかとつくづく思ったんです。

更科さんが運営する一般社団法人まめなのミッションは「暮らしを自分たちの手に取り戻す」です。活動の重要なテーマとして、「介護」だけでなく「地域」も重要な要素であると更科さんは言います。

“人が生きていく上では、地域が良い環境にならないと、楽しく安心して生きていけないわけですね。だからこそ、久比に相互扶助コミュニティを作りました。さらに、これからのライフスタイルも重要です。どう働いてどう学んでどう生きていくかということに対して、色々とトライできるような環境を作ろうと考えました。”

 多世代が共存する地域へ

では、より良い地域づくりのためには、何が必要なのでしょうか?

更科さんの言う、地域が元気であるポイントは、ジェネレーションの多様化です。赤ちゃんからお年寄りまで、多様な世代が共存する地域であることが重要だと言います。

地方創生というテーマだと、どうやって人口を増やすかを考えがちですが、同じジェネレーションの人たちがいくら増えても、地域は元気にならない。少ない人数でも、赤ちゃんからお年寄りまでいる社会を作ることが非常に大事じゃないかなと考えています。

久比でも、多世代の人や地域の外の人たちに来てもらい、一緒に体験できるまちづくりをするべく、4つの柱を掲げて、開発が進められています。

4つの柱①未来農業の探求と実践

柱の1つは未来農業の探求と実践です。サスティナブルな農業とはどういう農業のあり方なのか、ということを探求されています。

なぜこれを柱の1つとしているのでしょうか?

現行の農業は、JA指導型の綺麗で均一なものを大量に作るという農業の方法ですが、これによって大量な農薬や化学肥料を使うことが大きな問題になっているからです。

具体的な問題として、更科さんは生物の多様性が失われることを挙げています。単一の作物を作っている場所に共存できる生命体は、何も手をつけてない自然に比べると、100分の1や1000分の1ほどになってしまうと言います。

実は、こういった農業は日本だけでなく世界中で行われています。従来は10年で数十ほどの生物減少率だったものが、この60〜70年の間では年間で数千という単位で生物が減っている実態があります。これを改善するためにも、今の農業のあり方を見直すべきだろうと考えています。

4つの柱②テクノロジー開発

2つ目の柱として、未来農業や久比のコミュニティ活性の取り組みをサポートするテクノロジーの開発を行っています。

高齢者の生活支援のための技術(=エルダーテック)、遠隔治療が行えるような技術(=メディカルテック)、そして農業が安全で楽しくできるような技術(=アグリテック)を開発することを目標に、いろいろな活動を行っています。

4つの柱③教育

3つ目の柱は教育です。義務教育1本の現行教育を課題として捉え、 これからの学びはどのような形がいいのか、久比をそれについて実際に研究できる場所にしたいと考えています。

更科さんは、これからはもっと自分自身で学んでいくことが必要と言います。

教育は平等であるべきだという観点から、均一なカリキュラムが推し進められている。そのため多様性や個性が認められていない実態があると思います。これを変えていかないと世界に通用する人材は出ないし、自分が何者で何がしたいのかとはっきり言える人が出てこないのではないでしょうか。

新しい学びの形の研究場所として、まめなでは「まめな大学」というカリキュラムや学年のない架空の大学を立ち上げ、自己発生性を活かした取り組みを行っています。

「まめな大学」では、「石油文明からの脱却」をテーマに、いかに石油に頼らずに、生活が維持できるかという新しい生活のスタイルを考えようと、様々な学部でプロジェクトが立ち上がっています。

まめな大学では、組織の形も従来のような上意下達の形ではない点が特徴的です。

自分のやりたいものに対して手を挙げてもらって、やりたいんだったら責任持ってやってねという形にしています。私が相談には乗るけれども、何も指示しない形で、全部自分で考えてやってもらっています。

なぜこのようなスタイルを取っているのでしょうか?

自分事にして働くことが、働く上ではモチベーションが上がり楽しい。その分、責任もちゃんと持ってもらうことが重要になると考えています。今は若い人が10人弱来て、色々な活動をしてくれています。私も最近はほとんど口を出さずに、彼らに任せっぱなしにしています。どういう形に伸びていくか、楽しみです。

 相互扶助コミュニティづくりの工夫

久比のまちづくりの4つの柱の4つ目は、相互扶助コミュニティです。

コミュニティの取り組みの1つとして、久比での活動を見て、体験して、理解してもらうために、昔の入院病棟(梶原医院)をリメイクした交流の場が提供されています。

この交流の場には、多世代の人や地域の外の人たちに来てもらい、一緒に体験できるまちづくりをするための工夫が凝らされています。

・都市と地方の関係性を取り直すための拠点

旧梶原医院の病棟は、4畳半一間の入院部屋が5つ並んだ長屋のような形です。ここを綺麗にリノベーションして、プライベートなコワーキングスペースとして、宿泊もできる施設にしています。

・介護のない世界への入口

梶原医院の受付、事務室、診察室やレントゲン室があった場所の3分の1は、「介護のない世界の入り口」として、地域の方たちの食を支えることをテーマに食堂を運営しています。

3分の2は、ここへ来てくださる皆さんが顔を合わせるコミュニティスペースです。学生と社会人が出会うなど、思いがけない、新しい刺激的な出会いを提供できる場所にしています。

・Well-beingの探求と実現

梶原医院の別棟だった場所には、Nurse&Craftという訪問看護の会社の本社があります。2階には看護師さんが泊まれる部屋がありますが、看護学校の学生さんが研修に来てくださったときの宿泊施設として使っています。

 ・“学育”の場

私たちは教育のことを「学育」と言っています。学育の場として皆さんが好きなことを学べる場所もつくっています。自助具を作るための3Dプリンタを使った、Fablab(ファブラボ)を設置したり、カフェバーと図書館を併設したりと、ここへ来るといろいろな学びが得られる場所にしています。

久比町には様々な施設が地域の中に点在しています。イタリア発の「アルベルゴ・ディフーゾ(Albergo Diffuso)」という、町の空き家をホテルの一室として活用し、町を丸ごと活性化するという考え方を取り入れたものです。

寝る時はここ、食べる時はここ、お風呂はここ、という形で村の中にホテルの機能を分散させています。人の回遊性が高まることで、地域の見守りやコミュニティの強化に繋がっていくと考えています。

「街ぐるみの介護」の実践

介護の重要なポイントとして、自分が最後の最後まで自活していくことが重要だと言います。これを実現するために「街ぐるみの介護」を久比で実践しています。

自分が最後の最後まで自活していくためには、それをサポートする人が必要です。地域の住民や家族のサポートだけでなく、看護師や介護職員が「一般の生活者として一緒に暮らしている」ことが重要なんですね。サポートする人が一緒に生活していれば、多少アルツハイマーになろうが、足腰が悪くなろうが、自活することはできるんです。

自活できる時間を伸ばすことがWell-beingを維持しながら元気に旅立つことに繋がると思います。 

都市では、医師、看護師や介護職員との接点が少なく、その関わり方も個別になりがちです。久比という小さな街だけでなく、都市でも「街ぐるみの介護」は必要なのでしょうか?

大都会であろうと、私は医師、看護師や介護職員が繋がって地域の人たちをサポートしていく体制が必要だろうと思っています。分断されている壁を取り払っていくことが重要だと思っています。なかなか壁を取るのは難しいんですが、これを取り払っていかない限りは、絶対変わっていかないと思っています。

既成概念にとらわれず、未来をつくる

様々な活動に取り組む更科さんですが、ベースとなる活動への考え方として「世の中をもっとよくしていかなければいけない」という想いをお話しいただきました。

若い皆さんの将来を考えると、 もっと世の中を良くしていかなきゃいけないと思います。しかし、人間の既成概念は恐ろしいもので、既成概念にとらわれた上の世代は「変える」ことがなかなかできない。変えることができるのは、若い人たちだと思っているので、若い人たちを応援することが、今私がやるべきことだと考えて活動しています。

現状を変えるために、私たちはどのような姿勢を持つべきでしょうか?

現状の課題は今までのやり方が生んできた結果なので、それを既成の概念で変えようとしても絶対に良くならないんですね。だから違う考え方でどんどん挑戦していく。ダメだったらやり直せばいいんです。

最後に介護に携わる私たちに向けてメッセージをいただきました。

介護職として働いている皆さんも、従来の価値観や考え方に縛られないでいい。もっと自由に、「どうしてあげたら利用者さんが楽しめるのか」、そして「自分自身も楽しくやれるのか」ということを考えていただければいいと思います。みんなが自由な発想で働ける、こういう世界観ができればいいかなと思います。

Photo:じょう しんたろう

ゲストプロフィール

更科 安春(さらしなやすはる)
一般社団法人まめな 代表理事

1955年東京生まれ。
大学卒業後海運業、印刷業を経験したのち、1998年より株式会社イッセイミヤケにて総務人事、広報、知的財産部、ブランドマネジメントを経験する。
2000年よりインディゴ株式会社にてインターネット業務に携わり、2002年に独立、株式会社 i-support を設立しインターネットコンサルティング、ホームページの制作、Eコマース運営、システム開発ディレクションなどを行う。
2017年よりMISTLTOE JAPAN合同会社にメンバーとして参画。
「介護のない世界」を目指し、瀬戸内の大崎下島 久比(広島県呉市)にて一般社団法人まめな設立。現在この地に相互扶助のコミュニティを創り、未来のライフスタイルを追究する拠点を創ることを目指し推進中。
https://mamena.or.jp/

開催概要

日時:2022年12月10日(土)15:00〜17:00
場所:東広島イノベーションラボ ミライノ
※広島会場とオンラインの同時開催
開催協力:東広島市

この記事を書いた人

中島ふみか

中島ふみかNAKAJIMA FUMIKA

教育・人材会社で働く会社員KAIGO LEADERS PR team

誰かの魅力や想いを代弁し届けます/KAIGOの面白さを知りたい、伝えたい

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