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インタビュー

利用者である前に、彼らは1人の地域住民だ。小林さんが考える「その人が主役の介護」(宅老所はいこんちょ-栃木県鹿沼市)|事前インタビュー

「介護の仕事をしているけれど、もっとできることがあるんじゃないかな。」
「もっとひとりひとりの声を拾いたいけど、時間がなくて…。どうしたらいいんだろう。」

仕事をしている中で
こんなもやもやに遭遇した経験はありませんか?

11月27日に開催される「全国介護・福祉事業所オンラインツアー」。
このイベントから、そんなもやもやを解決するヒントが得られるかもしれません。

昨年12月に第1回が開催された当イベント。
各回でテーマを定め、それに沿った「ココロオドル福祉の実践」について、全国各地の事業所からお話を伺っています。

シリーズ第3回となる今回は「ひとりひとりの声をたいせつにした関係・生活づくりの実践」がテーマです。

イベントをより楽しんでいただくために、KAIGO LEADERSではゲストの方々に事前インタビューを実施。
当日がより楽しみになる記事を作成しました。

今回ご紹介するのは、宅老所はいこんちょの代表である小林敏志さん。
はいこんちょでは「その人が主役の介護」をキーワードに、日々、ひとりひとりの利用者さんたちと向き合っています。

「その人が主役の介護」を牽引する小林さんの考え方や取り組みを知る人は、その人柄を「介護界の新庄剛志」・「介護界の田中みな実」と例えます。

そんな小林さんが考える「その人が主役の介護」とは、一体どんな介護なのか?
お話を伺いました。

きっかけは自分への不甲斐なさ。
-「キムタクになりたかった」介護士が三好春樹を目指すまで

小林さんが運営する宅老所「はいこんちょ」は、栃木県鹿沼市にあります。
「はいこんちょ」とは小林さんの地元・長野県の方言で、「ごめんください」という意味。
小林さんは、幼少期に自宅へ「はいこんちょ」と遊びにきていた祖母の友人達のように、「誰もが楽しく集える場所」を目指しています。

屈託ない笑顔で普段の仕事について終始お話ししてくださった小林さん。その口から発せられる言葉には、「大変なことにも楽しさを見出す」強さや余裕を感じました。

そんな小林さんですが、はいこんちょを運営するきっかけとなった「ある出来事」が忘れられないと言います。

栃木の短大を卒業してから、規模の大きな老健(老人保健施設)で介護の仕事を始めました。そこで僕は、おばあちゃんのことを転ばせてしまったんです。しかも骨折させてしまった。

その時、「介護職員がいるのに、逆にその人の邪魔になって転ばせるってなんなんだろう」って不甲斐なくて。それがずっと忘れられないですね。

そこからしばらくは仕事へは行くものの、休日は家から出られず、塞ぎ込んでいました。

そんな時に出会ったのが、「月刊介護福祉士」。その中にあった三好春樹さんの「介護には主観も客観も大事である」と書かれた1文に目を奪われたと言います。

そこに載っていたのは、三好さんが学生に投げた問い、「食欲のないおばあさんへ何を食べさせますか?」へのさまざまな回答でした。

大体の学生は刻んで、とか、嚥下障害が起きないように、といった医療的なことまで想定した回答をしているんですけど、一人だけ「俺が好きだから、うな重の出前」って回答したんですね。この学生僕と似てるなあって思いました。馬鹿だなあって(笑)。

でも、その回答に三好さんは満点をつけてるんですよ。「介護には客観的な視点も、主観的な視点も大事だ」って。この時、すごく勇気をもらいましたね。「主観的な介護なら俺にもできるかもしれないなあ」って。

「介護業界の田中みな実」とか、「介護業界の新庄剛志」って言われるんですけど、僕は「beutiful life」のキムタクに憧れて介護士になったんですよ!でも、この時から僕の憧れは三好春樹さんになりましたね。

三好春樹さんとの出会いをきっかけに、「自分がされて嫌なことはしない」をモットーに介護の仕事と向き合う小林さん。当時勤めていた施設で「排泄委員長」に就き、「オムツ外し」を牽引。さらに入浴委員長だった友人と一緒に集団入浴から個浴への切り替えを進めるなど、目の前の利用者さんの生活を改善することに努めたと言います。

当時働いていた施設ではスタッフで構成された委員会があったんです。でも、委員長ってみんな嫌がるんですよね(笑)。だから、自分がやりたい介護を、委員長になることで進めようと思ったんです。それに対する反対意見はもちろんありました。個浴にすることで時間内で終わらなくなるんじゃないか、とか。「やってやるぞ」と思えるのでそれがまたいいんですけどね(笑)。

結果、個浴でも一気にみんなで入浴しても時間は変わらなかったんですよね。「やらせてください!」って、試験的にやってみる大切さを感じました。やってみないとわかんないことでしたし、面白かったですね。

さらに、自分のやりたい介護を深めるためにセミナーへ参加したり、本を読んだりした小林さん。これらから得た知識や出会いは今、小林さんの「一見ネガティブなことにも面白さを見出す」強さや余裕に繋がっています。

そしてそれは、現在はいこんちょで大切にされている「その人が主役の人間関係づくり」の基盤となっていました。

本を呼んだり、職場以外の人と出会う機会って本当にばかにできないなあと思います。僕の場合は本から知識や人との出会いを通して「あ、ここでもやもやしてたのは自分だけじゃなかったんだ」って自分を肯定できました。それがなかったら、いろいろ試してやってみる、なんてこともできていなかったかもしれないですね。

「利用者である前に“地域に住む人”なんです。」
-小規模の強みを生かした関係性作り

はいこんちょは、通ってくる利用者さんが最大10名の小さな規模感が特徴。その特性を生かし、利用者さんや地域住民の方との人間関係を築いています。

これは僕らだからできることかなって思っているのは、「利用前からその人との関係性を作っていくこと」。これはケアマネージャーさんから「小林案件」って呼ばれているんです(笑)。

例えば、デイサービスの通所に前向きではないおじいちゃんがいたとします。その方の家へ、僕たちは何回でも通っていきます

その時には「はいこんちょに介護を受けにきてください」というスタンスではなく、「〇〇さん、大工仕事されていましたよね?うちでお手伝い願いたいんですが…」と、あくまでお願いしにいく

そうすることで、利用につながる前から関係性が生まれていきます。「小林くんのところなら仕方ない。行ってやるか。」とはいこんちょへ来てくれるんです。

たとえ利用に繋がらなくても、その人との関係性が生まれていくのが楽しくて楽しくて!関係性が生まれたら最悪利用に繋がらなくても、僕はいいと思っています。利用者である前に、彼らは1人の地域住民なので。地域に住む1人と関係性ができたら嬉しいですからね。

小規模で、ひとりひとりと向き合う時間が長いからこそできることだと思いますし、こういった取り組みが、地域の人と関係性を築くことにも繋がっていますね。

コロナウイルス発生から2年。はいこんちょではどんなことが起きていたのか。

関係性構築を進めていく上で大切にしているのは、「おじいちゃんおばあちゃんが主役であること」

コロナ禍となり、地域での交流が途切れてしまったこの2年間。
「1人の主役」を通じて、さまざまな人との交流が再開する瞬間もあったそうです。

はいこんちょを立ち上げてからは地域の勉強会やお祭りへの参加を通じて住民の皆さんとの交流をしてきました。さらに、はいこんちょが主催となって地域サロンを開催して関係性を作ってきていました。それが、新型コロナウイルスの流行で中止を余儀なくされてしまった。それによって地域の交流も止まっていたんですよね。

その止まってしまった流れを再び動かしてくれたのも、おじいちゃんおばあちゃんたちなんですよ。

1番はじめの緊急事態宣言が出た時に、たまたま家から出て行ってしまった認知症のおじいちゃんがいて、警察から僕に連絡が入ったんです。

この警察の方とも僕は知り合いで、しばらく会えていなかったのですがおじいちゃんのおかげで久しぶりに会うことができました。

「緊急事態宣言には、緊急事態宣言で立ち向かえ!」

コロナ禍となり、イベントの中止や自粛が続く中、はいこんちょでは地域の人との交流が途切れないユニークな工夫をこらしたそうです。

コロナ禍になった当初は、それまで当たり前のようにできていた流しそうめんや外食などのイベントは、残念ながら中止や自粛せざるを得ないことが多々ありました。

ただ、それまでできていた暮らしの一部を制限することによって、利用者さんたちの健康状態に影響が出てきました。いわゆるフレイルです。

それって、緊急事態ですよね。コロナにかからないことも大切ですが、それを意識しすぎてフレイルになってしまっては意味がありません。

そこからは、「緊急事態宣言には、緊急事態宣言で立ち向かえ!」って感じで、それまで制限していたことを少しずつ再開していきました。

例えば、日々の外出。最初の緊急事態宣言発令後はかなり自粛をしていました。ただ、次第にその状況に対して「こんな生活がいつまでも続くようなら死にたい」を連呼するようになったおばあちゃんがいて。じゃあどうしたらいいか聞くと「外で服を買ってご飯を食べたい」って言うんです。これを聞いて、はいこんちょ独自で緊急事態宣言を出しました(笑)。つまり、国の緊急事態宣言(コロナ感染を防ぐための外出自粛)を守って死なれてしまうなら、はいこんちょ独自の緊急事態宣言(外出自粛のストレスによって死んでしまうことを防ぐ)を発令して外出しちゃおうと。

この時も、「このおばあちゃんがどうしても出かけたいって、出かけられなきゃ死んじゃうって言うから…。」といったニュアンスの企画書を作成して周囲の理解を得ました。もちろん、そのおばあちゃんの許可も得た上で、です(笑)。おばあちゃんを主語に企画を進めることで、「福祉事業所で外出を計画する」ことへの周囲の理解を得ることができました

利用者さん「が」叶えた、コロナ禍でも人と人とが集まる機会

「〇〇さんがやりたいから」。はいこんちょでは、この言葉がコロナ禍で人と人との交流の再開を後押しするキーワードになりました。

その中でも特にこのキーワードが生かされたエピソード2つ、小林さんはお話ししてくださいました。

1|流しそうめん大会の再開

“流しそうめん大会は今年度もどこの地域でも中止や延期になっていましたし、僕たちも正直悩みました。でも、利用者さんが2人ほど腸閉塞になってしまって。「これは緊急事態だ!」と。少しでも脱水予防策になればと思って今年度は流しそうめん大会も再開しました。脱水予防のための「はいこんちょ独自の緊急事態宣言」を出して、それに沿った取り組みという形にしたんです。

新聞の号外っぽい見た目の書面を利用者さんやご家族にお渡しして開催への理解をいただきました。

2|スタッフの結婚式をはいこんちょで開催

それから、あたりを見渡してみて気がついたんですが、いろんなイベントが中止になっている中で、結婚式はちらほらやっているんですよね。

ちょうど結婚をするスタッフがいたので、「じゃあ地域の人も呼んで、はいこんちょでやっちゃおうよ」という話になりました。実際に結婚式について前向きに話をしてくれた世話好きなおばあちゃんに、企画書を作る際に名前をお借りする許可をいただき、計画をすすめていきました。久しぶりに地域の皆さんと会えた結婚式になり、楽しかったですね。

おじいちゃんおばあちゃんたちのおかげで再びこうして地域の方と交流ができるようになりました。

「その人のすごさや楽しさの部分を、みんなで共有していきたい」

さまざまな工夫をこらし、地域の人を巻き込んでさまざまな取り組みを行うはいこんちょ。その裏には、大変なことからも逃げずに向き合う真摯さと、そこに面白さを見出す多面的な視点がありました。

最近利用が始まったおばあちゃんがいます。このおばあちゃん、家に帰りたいからってウッドデッキを乗り越えて行っちゃうような方なんです。一見大変なことかもしれないですし、実際に大変なこともありますが、僕はこれをただの「大変なこと」にしたくないんです。純粋に90歳のおばあちゃんがウッドデッキを飛び越えてしまうってすごいことだと思うんですよ。

そういったすごさを、はいこんちょの中だけではなく、地域の人みんなと共有していきたと思っています。こんなふうに地域の皆さんとの関わりを大切に、あと20年は続けられたら嬉しいですね!

登壇者情報

宅老所はいこんちょ 代表
小林敏志

38歳、長野県栄村出身、介護福祉士。宇都宮短期大学人間福祉学科卒業後、2箇所の福祉施設で介護職として生活リハビリを実践。オムツ外し、個浴入浴、口から食べ続ける食事ケアを在宅介護で実践する為、法人を設立し平成26年4月1日に栃木県鹿沼市で「宅老所はいこんちょ」を開設。
令和3年9月1日に「第2宅老所はいこんちょ」を開設予定。
ディズニーツアー、夜型地域サロンよなよな、ヤムヤムサロンなど保険外の活動にも力を入れている。
介護歴18年。家族は妻と息子3人。
自宅で好きな場所はキッチンとお風呂とトイレ
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イベント概要

■日時
11月27日(土) 13:30~16:30

この記事を書いた人

渡部 真由

渡部 真由MAYU WATANABE

株式会社あおいけあ ケアワーカーKAIGO LEADERS PR team