「また来たい」と思える場所へ。音楽の力を活用した介護とは(株式会社OPEN UP)
2022年3月12日に開催された「全国介護・福祉事業所オンラインツアーVol.4」では、“介護×音楽”、“介護×スポーツ”、“地域共生型ケア”など、特色あるテーマで運営している3つの事業所にお話を伺いました。
タイトルにもある“音楽の力を活用した介護”について教えてくださったのは、株式会社OPEN UPの代表である上野拓さん。元警察官のキャリアを持つ上野さんは、好きな音楽に夢中になりながら「楽しく幸せな人生を送る」をコンセプトに、デイサービス音楽介護予防施設KEIONを運営されています。
今回、前半は講演、後半は対談形式にて、音楽の視点からこれからの介護福祉のあり方や施設運営のこだわりについてお話いただきました。このレポートではその内容をお届けします。
音楽から見る時代の移り変わり
上野さんは、音楽の視点から各世代の高齢者の特徴を捉え、世代に合わせた施設運営を提案しています。
上野さんから見て、各世代が経験した音楽は、どのように移り変わってきたのでしょうか。
昭和初期に生まれた現在の高齢者は、昭和歌謡を聴く受動的な音楽が主体でした。しかし、団塊の世代の高齢者は、ビートルズやグループサウンズの影響を受けて、自らが楽器を演奏する能動的音楽へと移行しました。
高齢者の特徴を捉えたうえで、KEIONでは団塊の世代の高齢者に合わせた、利用者さん自身による“能動的音楽活動”が行われています。
団塊の世代の高齢者は、バブル期を経験し、価値観や権利意識がこれまでの高齢者とは全く違う世代だと考えられます。だから、介護や福祉の考え方も世代に合わせて変えていかないとダメなんじゃないかなと私は思っています。
時代とともに変わる介護・福祉の必要性
時代とともに変化する必要性について、福祉の観点からも提案をしています。
福祉とは「幸せ」「豊かさ」を意味する言葉であり、日本国憲法には、すべての国民に健康で文化的な最低限度の生活を営むことを保障すると記されています。
この“最低限度の生活”に対して、上野さんは問いを投げかけます。
例えば、原始時代の人間にとって最低限度の生活は、食べ物があって、寒さをしのげる動物の毛皮がある、もしくは穴倉かなにかに住んでいることかもしれません。しかし、今の時代を生きている人はこれでいいのかと言うと、全然ダメなわけです。
このように最低限度の生活は、時代とともに変わっていることは明らかです。これは介護や福祉の業界にも通ずることなのかもしれません。上野さんはこうも話します。
福祉業界も時代とともに改革の必要がある。変わっていかなければいけないと思っています。
イベントの中では「参加者自身は既存の福祉施設を利用したいと思うか?」という質問を投げかけながら、既存のサービスについて考える時間を持ちました。
これからの高齢者が楽しいと思うことは、今日参加している皆さんが楽しいと思うこととさほど変わらないと思います。どうせ仕事をするなら楽しいことを仕事にしたい。それも、これからの介護業界を変える考え方じゃないかなと思っています。
音楽介護予防施設KEION
時代に合わせた柔軟な考え方で施設運営をおこなう上野さんが代表を務める株式会社OPEN UPは、“開拓”という意味を持っています。これは、ご自身のお名前の“拓”をかけるとともに、「新しいことを開拓する会社を目指している」と上野さんは話します。
株式会社OPEN UPが運営するのは、デイサービスの音楽介護予防施設KEIONです。KEIONという名前は、介護のKと音楽のONをかけ合わせてつけられたそうです。
「え、ここデイサービス!?」とKEIONの素敵な外観を見て驚いた人も多いかもしれません。イベント当日には、写真や動画を使って、こだわりの詰まった事業所を紹介いただきました。
その一部をご紹介します。
・デイサービスにおしゃれなドリンクバーが併設されている!
・電灯にはシンバルを活用!
・施設内にはピアノやドラム、ギターがたくさん!
・施設内でレコーディングもできる!
上野さんならではの利用者さんに楽しんでもらえるアイデアが盛りだくさんのデイサービスをご紹介いただきました。お近くの方は是非一度訪問してみてはいかがでしょうか。
何歳からでも夢は追える
上野さんはKEOINを運営する目的について、このように話します。
KEIONでは、介護生活を送らないための予防という目的に加えて、介護生活を送る中でも音楽が好きな方がステージに立つことをあきらめないで夢を追える場所であることも目的の1つとしています。
上野さん自身も約40年のキャリアを持つ元警察官です。なぜ公務員を退職してデイサービスを始められたのでしょうか。著名人の言葉を用いて、その理由を教えていただきました。
日本で初めて地図を作成した伊能忠敬の言葉に「夢を追うのに早いも遅いもない、追うか追わないかだ」という言葉があります。
また、矢沢永吉さんも「人は2種類しかいない、やる奴かやらない奴かだ」と言っています。僕もその通りだと思います。
また、多くの評論家から批判を受ける中、「私の人生だから」と果敢にメジャーリーグに挑戦した野茂英雄氏の言葉を紹介しながら、参加者にもこのようなアドバイスが送られました。
とにかく、悩んでないでやってみてください。失敗したっていいじゃないですか、自分の人生なのだから
音楽の機能を活用して笑顔をつくる
ここからは、後半の対談の内容をお届けします。イベントのモデレーターを務めたKAIGO LEADERS運営メンバーの北村から質問させていただきました。
上野さん:例えば、津軽三味線の名取を持っている看護師が三味線を弾けば、利用者の方が民謡を歌うんですよ。「じゃあ盆踊りも歌えるんじゃないの?」ということで、盆踊りの曲を歌ってもらうと、やっぱり上手なんですよね。どこかの民謡大会で優勝した人や、元学校の歌の先生、さらに自治会で太鼓を叩いている人もいるので、そういう方に演奏してもらって、お囃子をいれたり、太鼓を叩いてもらったりチャンチキやってもらったりしています。今年の夏はコロナが収束していれば、生演奏の盆踊りをしたいなと思っています。そういうことを考えるとどんどん広がっていきますよね。
北村:生演奏で盆踊りを踊って、そこに地域の人たちが遊びに来てくれたら盛り上がりますね。
上野さん:実は去年も一度やったんですけど、「またやってくれ」というリクエストも入っています。また地域の自治会でやっている盆踊り大会から声を掛けてもらえれば、機材を持って行ってそこでやることも考えています。そうすると利用者さんもやりがいがあるし、目標にもなる。利用者さんも楽しければ従業員も楽しくなりますしね。
北村:利用者さんが楽しいことはもちろん、普通の生活では受けない刺激や楽しいことを経験できるところだったら、「デイサービスに行きたくない」という気持ちになっている暇がないですね。
上野さん:先日見学に来てくれた女性の1人暮らしの方は「もう家の写真を片づけちゃったので、あとは死ぬことだけ考えていたんです」と言っていて、それを聞いた時はショックでした。でも見学後に「こんなに楽しいところがあるんですね。もうちょっと長生きしてみようと思いました」と言ってくれたことは印象的でした。
北村:そういう言葉が聞けると嬉しいですよね。
上野さん:本当にそうですね。そのような声が、まだ開所から1年足らずで聞こえて来ているという点では、赤字経営ですけどやった甲斐はあったかなと思っています。
利用者だけでなくスタッフも“楽しく”
北村:先ほどの動画の中で、スタッフミーティングという言葉が気になったのですが、スタッフとの関わりについて意識されていることはありますか?
上野さん:私が素人な分、スタッフの方がプロなんですよ。看護師は某大学の看護学科の教員をやっていた人で、生活相談員の方も20数年経験があって、ご家族の転勤でこちらに来てたまたま音楽が好きで働いてくれているというメンバーです。私以外はもうガチガチのプロなので、私がどうこう言うこともないのですが、「みんなで楽しくやろうね」ということは心掛けています。介護の仕事では、人間関係がギスギスすることが一番嫌なことなんじゃないかと考えているからです。そのあたりは元刑事だからわかるんですよね。
北村:施設を沢山の方に利用して頂くために、また想いを持ったスタッフを集めるために工夫されたことはありますか?
上野さん:私自身はもちろん、音楽好きな人は「音楽に携わって、もしくは音楽を生業として生きていきたい」と思っても、ミュージシャンとして食べていける人はほんの一握りだと思います。日本では音楽大学や音楽療法の学校を卒業しても、そういった雇用先がないのが現状ではないでしょうか。
だからこそ、私たちの施設がそういった人たちの雇用先にもなるだろうから、さほど職員の募集について苦労することはないかなと思っていました。介護業界で「働きたい」という問い合わせが来ることは珍しいかもしれませんが、案の定、問い合わせが来ています。
実際に来てもらうと、より空間の広さや音響の良さが伝わるので、「働きたい」「利用したい」となってくれています。もっとたくさんの人に一度来てもらえたらいいなと思います。
「また来たい」と思える場所に
北村:最後に事業所を運営するうえで大事にしていることを教えてください。
上野さん:まずは利用者さんに楽しんでいただくこと。「また来たい」と思っていただくことが大事だと思っています。
そこから始めなければ、いわゆる機能訓練も介護も、何も始まっていかないと思うんです。来ていただいて、生演奏のラジオ体操などをやっていただくことが機能訓練につながっていきます。まずは利用者さんが「楽しい」と思う、「また来たい」と思うということを大切にしています。
北村:デイサービスに来て、入り口として「楽しそうだな」、「またここに来てみたい」と思ってもらえるような場づくりや仲間づくりをされている素敵な事業所だと思いました。
上野さん、ありがとうございました!
ゲストプロフィール
株式会社OPEN UP 代表 上野拓
約40年間警察官として勤務し、1,000件以上の検視にあたる。その中で高齢者の孤独死を目の当たりにし、自身の老後や幸せについて考えるようになる。自身の音楽好きを活かし、老後に夢中になれることを実践する場として、音楽介護予防施設「KEION」を設立。全国的に類をみない全く新しい型のデイサービスとして、様々なメディアから注目を集める。https://kawagoe-openup.jp/
イベント概要
日時:2022年3月12日(土) 19:00~21:30
場所:オンライン(Zoom配信)