どこまでが介護?!正しさを固定化しないぐるんとびーの哲学(PRESENT_20 菅原健介)
「これは、正しい介護なのか?」
「これは、介護職がやるべき仕事ではないんじゃないか」
介護職は、ふと、このような疑問を抱き、立ち止まりたくなる時があります。
しかし、日々の業務に追われ、じっくり考えられないまま時が流れていってしまいます。
また、「他の職員もやっているから正解だ」、「医師に指示されたことだから正解だ」といった風に、自分で深く考えずに行動してしまうことも多いです。
2019年7月7日に開催されたPRESENT_20のゲストにお迎えしたのは、株式会社ぐるんとびー代表取締役の菅原健介さん。
菅原さんは、“当たり前”に対して、違和感を抱き、自分が正しいと考えることに素直に向き合い行動に移しています。
地域の暮らしはみんなでつくる。「ぐるんとびー」に学ぶ全員参加のまちづくり。
このタイトルで催されたPRESENT20は、介護業界でこれから働くにあたって大事なことを考えるきっかけとなりました。
地域で生き残るための装備
株式会社ぐるんとびーは、神奈川県藤沢市にて、2015年7月に小規模多機能型居宅介護、2017年11月には訪問看護ステーション、2019年には居宅介護支援事業所を開設し、運営しています。そして、2020年4月には新たに看護小規模多機能型居宅介護事業等をスタートさせる予定です。
団地の一室を拠点に小規模多機能型居宅介護事業等を展開する成功事例として数多くのメディアで取り上げられてきました。
その様子を見ていると、どこか“キラキラした”印象を持っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実情について菅原さんはこう語ります。
全員参加のまちづくりは、無理ですね!「一緒にまちづくりをしよう」と言っても、なぜか地域に敵が増えてしまう。
うちのケアマネは、「空から槍(やり)が降ってきて毎日血だらけなんですけど」って言っています(笑)
何とも意外な発言に、会場は笑いの渦に包まれました。
地域の暮らしをみんなでつくる社会を実現するために、常に悩み続け、葛藤し続け、闘い続けてきたのです。
そんななかで、地域で生き残るために培ってきた、“ぐるんとびーの装備”を伝授してくれました。
♦︎心構え ①常識を疑う/正しさを固定化させない②パーソナリティと役割を分ける
♦︎装備 ③地域道徳を共有する
ぐるんとびーの目指す社会は、「地域ごとのビジョンを住民が共有し、連帯と地域道徳の中で共生に向けて対話し続ける社会」です。
いかにして、そのような社会を実現させようとしているのでしょうか。
ところで、ぐるんとびーの名前の由来はなんだと思いますか?
デンマーク民主主義社会をつくる基礎となる理念をつくった「デンマーク国民の父」と呼ばれるグルンドヴィ氏の名前が由来とのこと。
菅原さんは、中学、高校時代をデンマークで過ごしていて、その経験から得たことが、これから紹介されるぐるんとびーの哲学の原点となっています。
ぐるんとびーでは、毎年、デンマークへ研修に行き、ノーフュンス・ホイスコーレ のmomoyoさんという方から、デンマークの「考え方」を学んでいます。
『ALWAYS WHY』で考える。
ぐるんとびーの1つめの武器である、【①常識を疑う/正しさを固定化させない】とは、どのようなものなのでしょうか。
常識的には…とか、先生に指示されたから…とか、会社のルールだから…とかじゃなく、『ALWAYS WHY』で考える。常に「なぜ必要なのか」考えるということです。
例えば、本人が嫌がるケアを、医者の指示で介護職員がしてしまうということは、実際起こっています。それは、その人を精神的な死に追い込んでいるかもしれません。そうならないためにも、常に考えることが必要なんです。
正しさや常識について、さらに菅原さんは語っています。
そもそも、“正しさ”や“常識”なんて、場所でいくらでも変わるんです。世界には牛のうんちで手を洗う国があるんですよ!(斗鬼正一著『開幕!世界あたりまえ会議』より)また、時代によっても変わるので、これからもどんどんアップデートされていきます。
そんな状況にもかかわらず、正しさを固定化してしまうと、他者に対する否定や差別を生み出してしまうのです。
例えば、「人に迷惑を掛けないこと」が日本の文化とされていたりしますが、本当に迷惑を掛けないで生きていけるのでしょうか?
ぐるんとびーは、「人には迷惑をかけるもの、だからこそ助け合っていく」という考え方です。
ぐるんとびーの原点となった1つの事例を紹介してくれました。
ずっとプールに通っていた男性がいました。その方が、癌になり、治療のために入院すると、プールに行くことを止められてしまいました。病院側の“正しさ”は、「今は免疫力が低下しているので、プールに行ってはいけない」ということだったのです。
その時、男性はこう言いました。
「俺はプールに行きてぇって言ってて、行ったら死んでもいいって言ってるのに、それを止めるのが医療や介護か!そんな医療や介護ならお前ら全員辞めてしまえ!」
結局、その男性は、吐血する可能性もあり、すぐに亡くなってもおかしくないような身体の状態にもかかわらず、プールに行くことができました。そこで、友人たちに会えて、他愛もない話もできました。帰り道に、「もう、いつ死んでも良いよ」と言い、その1ヶ月後に亡くなったそうです。
本人が「楽しく生きたい」という時に周りがアドバイスすることがあるんですけど、
それが行きすぎると、
「○○した方がいいよ」から、「○○させる」になっちゃうのです。
僕たちの仕事は、「○○させる」ことじゃないです、本人がやりたいことがなるべくできるように手伝っていくのです。
どこまでが介護か?
ぐるんとびーの哲学は、“そこそこ幸せに生きるに向かって『正しさ』を固定化させずALWAYS WHYでその瞬間の最適解を更新し続けること”です。
人生そんなハッピーなことばかりじゃないんですよ。「そこそこ幸せで、そこそこ大変で、そこそこ辛い」で良いと思ってます。
生活ってひとりひとり違うので、ぐるんとびーは毎日外食です。生活水準も違いますし、みんな好きなもの食べればいいんですよ。
もともと好きなことや、やりたいことを手伝って繋ぎ戻していくとみんな元気になるんですよ。
あと、「困った」を放置せず、すぐに対応することで、安心して生活できる可能性を上げています。
「どこまでが、介護でやるのかが本当に分からない」
決められた基準どおりにいかないからこそ、よく考える必要があるそうです。
常に、職員みんなでトライ&エラーをして、今の最適解を探しています。
どこまでが介護保険のケアとして必要か?それを皆で考えるために、このような図を用いているとのこと。
「本人がやりたいこと」と、「家族がやってほしいこと」と、「地域でやってほしいこと」と、「スタッフ(専門職)が必要と感じること」に分類し、どこが介護保険のケアとして必要なのかというのを話し合うときにこの図を使っています。
『最近なんだか笑顔が少ない』方を、小規模多機能で『お祭り』に連れて行くのは介護保険でやるべきことか?
こちらのテーマについて、会場の皆さんと、この図を用いて考えてみました。
これは、実際にぐるんとびーであった事例とのことです。
会場からは、
「本人がお祭りに行きたいと思っているのか、また、笑顔が少なくなっている原因がはっきりしていないなかで、介護保険のサービスでお祭りに行くのはどうなのかなと思います」
「地域とのつながりをつくることで、自然と笑顔になれるような働きかけになる可能性もあるので、介護保険のサービスで行ってもいいのではないか」
「笑顔が少ないという理由だけでは、介護保険の利用はできないと思います」
「お祭りに行くことで、本人の今後の生活に対する自信につながったりするのであれば、使っても良いのではないか」
といった多角的な意見が出ていました。
ぐるんとびーでは、その方が「最近、長距離を歩くのが億劫になっている」という状況だったので、
「長距離歩く」を目的として、
「車をあえて遠くに停め、本人が行きたいと思っているお祭りまで歩いてもらうなら、介護保険で1回限り行ってもらって良い」という判断にみんなが納得されたとのことです。
しかし、これも状況によって異なるため、毎回よく考えないといけません。曖昧なことをやり続けるのって本当に大変なんです。
パーソナリティと役割を分ける
2つめの装備、【②パーソナリティと役割を分ける】についてもお話がありました。
人とかかわる時に大事なのは、「パーソナリティは誰も侵害することはできない」ということです。パーソナリティとは、性格や価値観、もしくは、その人が「どんな時に楽しいと感じるのか」等です。
そして、パーソナリティの上に役割が出来るのです。
例えば、すごくのんびり屋さんでマイペースな看護師と、すごくテキパキとした看護師がいるとします。
そんな時、テキパキとした看護師から、のんびり屋でマイペースな看護師は、その「のんびり屋でマイペース」という、パーソナリティの部分が攻撃されてしまうことがよくあります。しかし、そこはパーソナリティな部分なので、侵害してはいけないのです。
本来、指摘して良いのは役割の部分だけであると菅原さんは言います。
具体的に伝えるべきことは、
「患者のために適切な処置を適切な速度でやらないと死んじゃうので、適切な手段とスピードで処置をしてくれることを望んでいる」
という役割の部分に対しての内容だけです。
パーソナリティーは普遍的なものなので、苦手なことがあるのなら、得意な人がそれを補えば良いし、本人がチャレンジしたいと言うなら、チャレンジさせてあげれば良いのです。
この考え方は、みんなが仲良くなり、傷つけ合わないための装備となります。
また、どちらもある意味正しいことを言っている場合、話し合いに決着がつかないことがあります。
その時の判断基準をつくるために、ぐるんとびーは、「組織として目指す姿」をしっかりと確立させようと試みているそうです。
「どこを目指していくのか?」「何を大切にしていくのか?」を共有できていないと人と人はぶつかり合います。
そして、組織だけでなく、地域として何が最適なのかをみんなで考えられるようにしていきたいのです。
最後に、こんな言葉で締めてくれました。
正しい方法論なんて、わからない。
それを探すのはやめませんか?
いま目の前、いまココで対話するその中から生み出されていくと思います。
Q &Aコーナー
プログラムの最後は、質疑応答の時間。
会場から頂いた質問をまとめ、ファシリテーターの秋本から質問をさせていただきました。
秋本:正解のないなかで1つ1つのケアに対して、いろんな価値観のある人が対話をすすめていき、最適解を見つけるにあたって、最終的にはどのようなタイミングで、どうやって決めているのでしょうか?
菅原:結構難しいんですよね。ずっと対話しています。月1回は全体で話し合う機会をつくっています。21時で議題は終了するんですが、その後、残っている人たちで対話していると、気がついたら深夜になっていたりもします(笑)
そういったなかで話しながら決めますが、決まらない時もあります。
あと、環境も変化し続けるので、最適解はエンドレスに考え続けられてしまうんですよ。
なので、時間で決めちゃったりはします。ストップウォッチを用意して、「5分で決める」とか。それで、一旦、最適と仮定したりします。まぁ、区切りきれてないですけどね(笑)
秋本:そういった対話の文化ってどういう風につくってきたのでしょうか?
菅原:「正しいを固定化させない」と決めれば、何が正しいかわからないから話し合うしかないんですよ。あとは、自分に自信が無かったりするので、職員に「どうかな?」と尋ねることは多いです。
秋本:対話が必要だと思い、ぐるんとびーのように対話の文化を浸透させたいと思っても、多くの職場でゼロからスタートするのはなかなか難しい現状があると思います。そんななか、まず何から始めたら良いと思いますか?
菅原:正しいが固定化されていると対話が生まれません。ですから、正しいを1回壊すんです。そうすると、わからなくなる。
秋本:正しいってどうやって壊すのでしょうか?
菅原:色んな世界の常識とかについて話をしたりしますね。
秋本:ケアの向き合い方もすごいですし、色々な地域課題に対してアプローチしてますが、経営的に大変だったりするのでしょうか?
菅原:考え続ければ黒字化はちゃんと出来ます。家族が必要なことと本人が必要なことを分けながら、地域でできることを分担していけば、小規模多機能はちゃんと利益が出ます。
秋本:最後に、参加者の皆さんにメッセージをお願いします。
菅原:みんな強みと弱みがあるので、出来るところは自分でがんばって、他の人ができるところはその人に頑張ってもらう。みんなで迷惑掛け合えば良いんです。一方で、「迷惑を掛けたくない」って思う人、思う瞬間があって“も”いいと考えます。そういった、“余白”があることも、迷惑かけ合うことと同じく、大切だと思うんです。地球上みんなでそれができたらいいなと思っています。ぜひ、やりましょう!
ゲストプロフィール
菅原 健介(Kensuke Sugawara)
株式会社ぐるんとびー 代表取締役
株式会社ぐるんとびー 代表取締役1979年神奈川県鎌倉市生まれ。
中学高校をデンマークで過ごし、学生時代は野宿をしながら各国を放浪。
東海大学卒業後、(株)セプテーニで広告業の営業職として勤務。
その後、理学療法士に転職。回復期リハビリテーション病院(鶴巻温泉病院)在籍中に東日本大震災が起こる。
全国訪問ボランティアナースの会キャンナスの現地コーディネーターとして石巻・気仙沼などで活動。2012年にマンションのひと部屋を使った小規模多機能型居宅介護『絆』開設。
要介護者の約6割の介護度が改善する事業所としてメディア等に取り上げられる。2015年に『株式会社ぐるんとびー』を起業し独立。
日本初のUR団地のひと部屋を使った小規模多機能型居宅介護『ぐるんとびー駒寄』開設。
2017年に『ぐるんとびー訪問看護ステーション』開設。
また、藤沢地域を中心とした多業種・多職種の交流会『湘南きずなの会』『湘南大庭会』などを仲間とともに主催している。
開催概要
日時:2019年7月7日(日)
会場:株式会社リジョブ 本社オフィス
PRESENTについて
2025年に向け、私たちは何を学び、どんな力を身につけ、どんな姿で迎えたいか。そんな問いから生まれた”欲張りな学びの場”「PRESENT」。
「live in the present(今を生きる)」という私たちの意志のもと、私たちが私たちなりに日本の未来を考え、学びたいテーマをもとに素敵な講師をお招きし、一緒に考え対話し繋がるご褒美(プレゼント)のような学びの場です。