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インタビュー

松山ケンイチさん×前田哲監督×秋本可愛 対談 -介護殺人を描く映画『ロストケア』に込められたメッセージとは-

心優しく、献身的な介護職員が42人を殺めた。

なぜ、そのような事件が起こったのかを紐解く社会派エンターテイメント 映画『ロストケア』が、2023年3月24日に公開されました。原作は、作家 葉真中顕さんの小説『ロストケア』。『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』、『そして、バトンは渡された』の前田哲監督が映画化しました。

連続殺人犯として逮捕された介護職員・斯波宗典を演じたのは、松山ケンイチさん。
その彼と対峙し、裁こうとするも心揺れる検事・大友秀美役は、長澤まさみさんが演じました。

作品では、もともと父親想いで一生懸命介護をしていた斯波が父親を殺めます。その後、勉強熱心で利用者想いの訪問介護員になりましたが、利用者41人を殺めるのです。それについて斯波は、自分がしたことは『殺人』ではなく、『救い』だと主張するのです。こういった内容の作品を、介護の現場をより良くしようと活動するKAIGO LEADERSが取り上げることに正直迷いはありました。一方で、映画を観るとワンシーンごとに込められたメッセージ性を強く感じ、自分、家族や周りの人の将来、介護への向き合い方や社会課題について問い直すきっかけになると考え、取材させていただくことにしました。 

たくさんの人が介護のことを知って、備えるために

秋本:松山さんは今回の役のオファーが来た時にどのように感じましたか?

松山さん:10年前くらいに、映画の原作に出会いました。読んでみると、知らない世界だったんですよね。介護の現実や介護とは何かを知るきっかけになりました。ちょうど、「どんな死に方をしたいのかによって今の生き方が変わる」等、“人生の終わり方”ということについて色々考えていた時期だったので、作品で描かれている内容はたくさんの人が知らなきゃいけないことだと思いました。多くの方に認知してもらうためにも、原作を映像化したかったんです。
まだ介護に触れていない何不自由なく安全地帯にいる人たちにも家族がいて、いずれは介護の問題が出てきます。無知だと対応しきれません。それは一番悲しいです。知って備えて暮らしていくことが1つの幸せだと僕は考えます。

秋本:知ってもらうことに役割を感じられたのですね。松山さん演じる斯波はご家族やスタッフから良い評判を受ける介護職でした。今回、介護職を演じられて、この仕事の価値や魅力についてどのように感じられましたか。

松山さん:すごくやりがいのある仕事だと思います。利用者を見ていても学べることがたくさんあります。利用者に対してどういう風に接していくかということは、子ども、他の障害者や家族に対するかかわり方へも応用できるんじゃないかと考えました。僕自身調べていて、勉強になることが多かったです。
その反面、自分の考え方をきちんと整えていかないとしんどくなる仕事ですよね。その人にとってどういうケアが適切なのかといった点において、介護職それぞれ“正しさ”が違っていて、それをみんなで共有するのは難しい。だからこそ、人間関係の摩擦で疲れきってしまう人もいるので大変な仕事だなと思いました。

介護殺人は普通の日常の延長線上に起こり得る

秋本:ありがとうございます。今回、斯波を演じるにあたって心掛けたことを教えてください。

松山さん:斯波はサイコパスではないし、狂った人間でもないのです。介護を経験するなかで、父親とやりとりして、色んな想いがあって、結果として行動を起こした。このような事件って珍しくなく、当たり前のように起こっていて、誰にでも起こり得る状況になってしまっているということを伝えたかったんです。だからこそ、斯波は狂った人間ではないということをきちんと表現しないと共感してもらえないんじゃないかと考えました。

前田監督:「斯波が普通の人間であること」を強調したのは原作と大きく変えた点です。人のためと言っても、人を殺めることに労力と罪悪感が伴う苦行がある。その苦しさをどう表現するかを一番重要視していました。松山さんは見事に、普通の人の延長線上にあることを表現してくれました。

秋本:今回、映画を観させていただいて、人間の生々しい感情をすごくリアルに描き、狂った人間ではなく、同じ人間として共感できたからこその危うさを感じてしまいました。
前田監督にお伺いしたいのですが、今回の作品を通して、何を伝えたいと考えたのでしょうか。 

前田監督:ずっと前から、介護の問題を家族だけで抱えることは非常に困難な状況です。両親は施設にいて年金で暮らしているので、今は大丈夫でも、病気やリハビリなどで負担が増してくるとどうなるかわかりません。自分が働けているからサポートできるけれど、自分自身が稼げない状況になったらと考えると、決して他人事ではありません。原作者の葉真中顕さんは、この状況についての国や行政に対する憤りや想いを作品に込めていると思います。クレームを言っているだけでは物事は変わりません社会を変えるためには、まず意識を持つことが必要です。介護の記事が出た時に、見出しだけ読んで内容はスルーしていた人が、その内容を読むようになる。そういった小さな一歩を踏み出すきっかけとなる映画になれば良いと思っています。

秋本:私が映画を観て、印象に残ってホッとしたシーンがあります。それは、裁判のシーンで被害者の家族の方が斯波に向かって「人殺し!」と叫ぶシーンです。あの時の斯波はどのような感情だったのでしょうか。

松山さん:斯波自体が意識していたか、していなかったかはわかりませんが、一番言われたかった言葉だったんじゃないかなと思います。自分に対して、「人殺し」とたくさん言って責めてきたんですよね。その一方で、殺したことで救われている人もいるし、バレないから続ける。だけど、「42人も誰が殺したいの?」って、斯波はきっと思っていた。殺したくて殺しているわけではない。早く誰かに見つけてもらって、「人殺し」って言われたかったし、早く死刑になって死んで終わらせたいといった想いを抱えながら殺人事件を起こしていた。
「人殺し!」という台詞は、原作には無かったんですよね。

前田監督:原作には無かったです。「救われた」と感じている家族の反対側の家族も必ずいると思ったので追加することにしました。

松山さん:監督が脚本家の方たちと一緒に作った台詞ですが、すごく良い台詞ですよね。

秋本:「人殺し!」という言葉で救われた というのを伺ってハッとしました。死が救い」になることを信じきってやっていたわけではなく、“普通の人”だからこそ、斯波が一番苦しんでいたんだなと思いました。

松山ケンイチさんと前田監督が考える理想の介護

秋本:『ロストケア』では、家族の絆の呪縛が描かれていました。家族だから介護を頑張らなくてはならないと苦しんでいる方が多いと思うんですけど、松山さんは演じていくなかで、ご自身の家族の介護への向き合い方についてどのように考えられましたか。 

松山さん:「自分たちで何とかする」ってみんな結構言うじゃないですか。それを言うんだったら、いざっていう時の備えってその人たちは本当にしているのかな?と思うんですよね。後からやっぱりダメでしたってなって、それで子どもたちが背負うことになったら、僕らは備えることもさせてもらってないから、とんでもないことになるわけじゃないですか。だからこそ、現実的にコミュニケーションをとっていかないといけない
介護をすることになったら、僕は何とかして、介護が必要になった家族を働かせたいし、動かしたいんです。止まると何でも朽ちてしまうので、活動できる居場所をつくってあげたい。僕はそういう介護を今考えています。

秋本:良いですね。実際に、認知症になっても活躍し続けられる環境や、働けるデイサービス等少しずつ増えてきています。そういったポジティブな側面も介護にはあることを私たちKAIGO LEADERSは伝えていきたいです。
『ロストケア』では、介護保険サービスが救いになっていなかったことがリアルだなと思いました。介護の家族依存を脱するために2000年に介護保険制度ができて、介護保険サービスの供給が一気に増えたにもかかわらず、まだ足りていないのが現状です。そのような状況で、どういう選択肢があったら良いと考えますか?

松山さん:健常者、子ども、介護が必要な高齢者や色んな人たちが集まって、知恵や技術を継承していけるような教育も含めたつながりをコミュニティとして作っていければ、孤立も避けられるだろうし、理解も進むと思うんですよね。

秋本:前田監督はいかがでしょうか。

前田監督:僕は、年配の方が1人で暮らしているお家に学生さんが安い家賃で一緒に同居するといった事例を最近見ました。学生さんは家賃が安くなって助かるし、お年寄りは人がいるというだけで安心感を得られます。さらに、お互い刺激になりますよね。こういうのが拡がれば良いなと考えました。

松山ケンイチさんから若手福祉職へのメッセージ「まずは自分のケアを!」

秋本:ありがとうございます。最後の質問です。KAIGO LEADERSのWebメディアは若手福祉職がよくアクセスしてくれているので、そういった方たちに向けてぜひメッセージをいただきたいです。

松山さん:福祉の仕事をされている方だけでなく、全ての若い方に伝えたいのは、自分のケアをしてほしいということです。若いから体力や勢いもあって、言われたことをできちゃったりするかもしれませんが、そこで自分の心の休息をとれなくなってしまうと、どんどん自分が怪我している状態になる。これを見失ってしまうと鬱や燃え尽き症候群といった不具合が起きてしまいます。そうならないために、まずは自分を守るということを一番大事にしてほしいです。

秋本:特に福祉職は、「誰かのために」という想いがすごく強いので、とても大事なメッセージだと思いました。ありがとうございます。前田監督はいかがでしょうか。

前田監督から若手福祉職へのメッセージ「声を上げてほしい」

前田監督:僕は、「声を上げてほしい」と伝えたいです。福祉職の方は現場に入っていて、人が足りない状況での労働環境を改善していくためには当事者の人たちが恐れずに、「もっとこうした方がいい」と、一人ひとりの小さな声でも集まると大きな声になると信じています

秋本:KAIGO LEADERSは、介護に関心を持った人がアクションを起こす初めの一歩を応援したり、介護にかかわる人の声を発信しています。松山さん、前田監督との対談を通して、もっと頑張っていきたいと強く思いました。本日はありがとうございました。

KAIGO LEADERS発起人 秋本可愛が対談を終えて感じたこと

『ロストケア』は、介護や人生について考え直すきっかけとなる映画です。

「死が救い」になる社会ではなく、本人や家族にとっても「ケアが救い」になっている現実がたくさんあります。そして、老いや介護のプロセスは悲観することばかりでは決してなく、豊かな世界があるのです。この映画をきっかけに自分や家族の介護について考え始めた人たちに課題や大変さだけでなくプラスの側面もあることを届けていきたいです。

それと共に、『ロストケア』のような未来にならないために、「今何ができるのか?」を考えなくてはなりません。
一人ひとりが未来の介護の備えをいかにしていくか、映画で描かれている社会課題をいかに解決していくかをKAIGO LEADERSとともに考えていきましょう。

Photo:菊村夏水

ロストケア作品情報

3月24日(金)全国ロードショー

出演
松山ケンイチ 長澤まさみ
鈴鹿央士 坂井真紀 戸田菜穂 峯村リエ 加藤菜津 やす(ずん) 岩谷健司 井上肇
綾戸智恵 梶原善 藤田弓子/柄本 明

原作
「ロスト・ケア」葉真中顕 著/光文社文庫刊

監督
前田哲

脚本
龍居由佳里 前田哲

主題歌
森山直太朗「さもありなん」(ユニバーサル ミュージック)

音楽
原摩利彦

制作プロダクション
日活 ドラゴンフライ

配給
東京テアトル 日活

公式サイト:lost-care.com

この記事を書いた人

森近 恵梨子

森近 恵梨子Eriko Morichika

株式会社Blanketライター/プロジェクトマネージャー/社会福祉士/介護福祉士/介護支援専門員

介護深堀り工事現場監督(自称)。正真正銘の介護オタク。温泉が湧き出るまで、介護を深く掘り続けます。
フリーランス 介護職員&ライター&講師。

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