つながりが高齢者の社会的孤立を救う!ケア職がつなぐ人と地域の輪(KAIGO LEADERS FORUM 2022レポート)
「100年に1度の危機」とも言われる新型コロナウイルス感染症は私たちの仕事・生活などさまざまなところに影響を及ぼし続け、早いもので2年が経とうとしています。
変異株の登場など未だ収束の兆しが見えない新型コロナウイルスは、どのように推移し、社会へ影響を及ぼしていくのでしょうか。
2022年2月18日と19日に2日間連続で開催したKAIGO LEADERS FORUM2022では、コロナウイルスと向き合うケアの現場の最前線に立つゲストと共に、これからの介護について考えていく時間をお届けしました。
本フォーラムの「孤立解消のキーは社会的処方!今、ケア職に求められる支援とは?」というテーマでのセッションには、西智弘さんと濱野将行さんがゲストとして登場。 このレポートでは、川崎市立井田病院で腫瘍内科と緩和ケアの医師を務める傍ら、社会的処方研究所を運営されている西智弘さんのお話をお届けします。
孤立・孤独は死亡・要介護のリスクを高める?
医者である私が、なぜ孤立や孤独という、一見繋がりがない問題に取り組むようになったかというと、孤立・孤独があると死亡率が上がるという研究結果が出たことが一番大きな理由です。
たばこや飲酒、メタボリックシンドロームなどは、「たばこは控えましょう」「飲酒はほどほどに」「太りすぎは気を付けましょう」と医者が指導しそうなことです。しかし、これらと同じくらい、もしくはそれ以上に孤立・孤独は寿命を縮めると西先生は言います。
上の資料は、どの人たちが要介護状態になりにくいのか?ということを示した研究結果です。◎と×の結果は、皆さんが想像しやすいところでしょう。
注目すべきは“運動サークルに参加しているが運動しない人”が、“運動サークルに参加しなくとも積極的に運動する人”よりも、将来要介護状態になりにくいという結果です。
例えば、誰とも交流をせずにジムで黙々とトレーニングをしているおじいちゃんと、運動サークルに参加はしているものの、友達と喋ってばかりで活動には全然参加していないおばあちゃんがいるとします。研究結果に基づくと、後者のおばあちゃんの方が寝たきりになりにくいとのこと。
この結果だけ見ると驚く方も多いのではないでしょうか。
この結果からも、「友達を作りましょう」と医者が指導するような必要性が出てきているということがわかります。
死亡率や要介護リスク以外にも、認知症の悪化や転倒率の悪化も考えられます。実際に、転倒して骨折したことによって寝たきりになったというケースもあります。さらには自殺率の上昇の傾向も見えています。これは新型コロナウイルスの影響による自粛で、孤立が引き起こされたことの影響もあるかもしれません。
誰ともつながっていない、それが社会的孤立
ここからは「孤立」について詳しくお話しいただきました。
“社会的孤立”と“物理的孤立”は何が違うのでしょうか。
例えば生涯未婚で誰ともパートナーを持たずに一人で暮らしている方や、隣の家まで何百メートルといった村に住んでいる方などは物理的に孤立していると言えるかもしれません。しかしこのような方が社会的に孤立しているとは限りません。毎日のように友達や仲間と交流している、地域の活動に参加していて知り合いも多いということであれば、社会的には孤立していないと言えます。
逆に社会的孤立というのは、すごく人口密度が高い場所でも存在します。
周りにはたくさん人がいるにもかかわらず、誰ともつながっていない。仕事に行っても仕事上の会話はするけれども、それ以上のプライベートの会話はしない、社会参加のようなこともしない、ということになると、誰ともつながっていない状態。それが社会的孤立なのです。
社会的孤立が深まっていくと、「私は独りぼっちだ、生きている価値がないのではないか」と精神的にも孤立をしていく。この社会的孤立と精神的な孤立が死亡率の悪化にもつながっているとも考えられます。
孤立への処方箋としての社会的処方
孤立への処方箋として、今回のテーマである“社会的処方”があります。社会的処方とは端的に言うと、薬で人を健康にするのではなく、人と人とのつながりや地域とのつながりを利用して人を元気にする仕組みのことと西先生は言います。元花屋の80代男性Aさんの例で詳しく説明していただきました。
Aさんは「眠れない」という主訴でクリニックを受診されました。このとき医者はどのように対応すべきなのでしょうか。
1「眠れないんですか。じゃあ睡眠薬を出しておきます」と睡眠薬を処方する
2「なんで眠れないんですかね?どんな生活をしているか教えてください」と聞く
→Aさん「朝起きて、朝ごはん食べて、テレビを見て、昼ごはん食べて、テレビを見て、夜ごはん食べて、それで眠れないんです」
→「その生活では眠れませんよ、もうちょっと運動しましょう」と提案する
私はいずれも不十分だと考えています。医者が「運動しなさい」と言って解決するようなことであれば、わざわざクリニックには来ないはずです。Aさんが、なぜかかりつけでもないクリニックに受診したのかを聞かなければいけません。
よくよく聞くと、実はAさんは半年前に奥さんを亡くしていたそうです。以前は奥さんが自分の友達やサークル活動などに連れ出してくれていましたが、奥さんが亡くなってからは家に引きこもるようになってしまい、半年ほど経って「眠れない」という主訴でクリニックに来たということがわかっていったとのこと。
Aさんが引きこもり状態になっているということは、社会的に誰もこの方の姿が見えなくなっている、社会から行方不明になっている状態です。このままの状態が続くと、ある日家の中で、熱中症で倒れた状態で見つかったり、孤独死で見つかったりということになる。この“社会的遭難”が起きるリスクがある状態の中、Aさんが不眠をきっかけに受診したということは、リスクに気づくチャンスでもあります。それを「はい、睡眠薬」「運動しなさい」という医者的な文脈で返してしまうのはすごくもったいないことだと思います。
社会的な役割を担うことで孤立を解消
社会的処方があればどういう世界になるのでしょうか?
Aさんにもう少し話を聞いていくと、「以前に小さな花屋さんをやっていて、今でも花は大好き」ということがわかりました。このときに医者からは「眠れるためにも日中の活動を増やした方がいいと思う。実は知り合いのNPO法人が花壇の整備をしているが人手不足で困っているので、力を活かしてもらえないか」というお願いができます。
初めは戸惑っていたAさんも「花はこう扱うものなんだよ」などと教えるうちに、毎日のように通うことに。これにより、Aさんは頭も身体も使うようになり、さらに仲間ができて笑顔になる。結果として睡眠薬を使わずとも眠れるようになったというストーリーになります。
Aさんは薬に頼るのではなく、人や地域とのつながりを利用することで元気になっていきました。これが社会的処方の効果です。
社会的処方は国の政策でもあり、いわゆる骨太の方針2021という国の経済政策を決める最も大きな方針の中で明記されています。
ここで注目してほしい点は、「特に、孤独・孤立対策に取り組むNPO等の活動へのきめ細やかな支援や政策立案に当たってのNPO等との対話を推進する」と書かれている点です。国や自治体、行政だけで決めることが多かった国の政策に対して、社会的処方に関してはそのやり方ではうまくいかないことを進言して、この文言にしていただきました。NPOと対話しながら、行政や政府と実践している方々とが一緒になって進めていくという意味合いが込められている点については、画期的なことではないかと考えています。
社会的処方の3つの基本理念
ここからは、社会的処方の実践についてお話いただきました。
社会的処方の基本理念は、①人間中心性②エンパワメント③共創の3つです。
人間中心性とはどういうことでしょうか。
例えば先ほどの80代の花屋の男性Aさんと同じように、「家に引きこもってばかりで眠れない」というBさんがクリニックに受診したとします。同じ主訴だからといってBさんにも花のNPOの紹介をしてもうまくいくはずがありません。「その方がこれまでどんな人生を歩んできて、何に興味があって、これからどんなことをしていきたいと思っているのかをきちんと聞いたうえでないと“社会的処方”はできない」ということが人間中心性の考え方です。
2つ目のエンパワメントは、その方が持っている力を引き出す・伸ばすということです。
例えば、「ずっと主婦をやってきたから何も技術はない」と話す団地で1人暮らしをするおばあちゃん。しかし実はお子さんの服を自分で作っていたことが話を聞くとわかりました。そこで、「自分の子供に服を作ってあげたいと言う同じ団地の若いお母さんたちのミシン教室の先生をやってもらえないか?」というお話ができました。
エンパワメントで重要なことは、どんな方でも必ず地域の中で自分の生き方を表現できる、役割を果たせると信じたうえで、その方が持つ力を引き出すことだと思います。
論文の中では自らの社会的処方は自らで創っていくということが書いてありますが、3つ目の共創は支援者と一緒に創っていくということです。
私が講演をやっていると「うちの地域は市民活動が盛んでなく、社会資源があまり豊富ではないので、社会的処方は実現できません」と言われることがあります。しかし人の生き方や興味関心は千差万別で、それぞれに全て当てはまる社会資源が無限にある地域はどこにもありません。先ほどの例のミシン教室のように、その人に合った社会資源を一緒に創っていこうという発想が必要です。これが共創ということになっていきます。
社会的処方の事例:Dance Well
社会的処方の事例として、ダンスを取り入れた活動「Dance Well」を紹介していただきました。パーキンソン病の患者さんのリハビリであれば、教える人と教えられる人という関係ができてしまいます。しかしこの「Dance Well」では、全ての参加者をダンサーと呼ぶ芸術活動であるとしています。
日本のこれまでのアート活動では、どこか「認知症の人たちだからこれくらいのことしかできないだろう」「パーキンソン病を持っているからきれいな美しい表現はできないだろう」という先入観から発想されているところがあるように感じます。これに対してDance Wellは、「障がいがあろうがなかろうが、全ての表現が素晴らしい表現である」ということを打ち出し実践しているところがいいところだと思います。
私たち市民が社会的処方を文化に
80代の花屋の男性の例のように、医者が直接社会資源につなげることもありますが、医者が社会資源をすべて知っているわけではありません。そのため、社会資源と医療者をつなぐ「リンクワーカー」という専門職がイギリスなどには存在します。
リンクワーカーとは専門の研修を受けた非医療職の方々です。医療者から相談を受けて、その方がどんな人間で何に興味があるのかということを聞き、「じゃあ、あなたには歌のサークルがいいね」や「ガーデニングがいいね」といった形でコーディネートし、伴走していく専門職です。
日本においてはリンクワーカーを0から養成していくべきなのかというと、私はそれよりも、まずは私たち市民が社会的処方を文化にしていく運動を広めていくべきだと考えています。「専門職に任せればいい」ではなく、社会的処方は市民活動がベースにないとうまく回らない側面があるからです。
では、地域課題に対して私たちは何ができるのでしょうか。
例えばバスケットボールプレーヤーであれば「コミュニティバスケットボールワーカー」、食堂のおばちゃんであれば「コミュニティ食堂ワーカー」、学校の先生であれば「コミュニティアカデミーワーカー」という形で、それぞれがリンクワーカー的にできることを少しずつ持ち寄ってやっていく。それが横につながってネットワークを作っていくことが重要です。
実際にイギリスでも、先ほどのリンクワーカーをヘルスコネクターとコミュニティコネクターの2つに分けているところもあります。
ヘルスコネクターは専門職で地域の中でも十数人ほど。それに対してコミュニティコネクターは、地域住民のボランティア、いわゆるお節介おじちゃんやお節介おばちゃんたちで、千人単位の人がいます。この両輪がうまく回ることによって社会的処方を実現している街の例もあります。
社会的処方は医療の枠組みに近いと考える傾向があるものの、実際は医療的な枠組みはあくまで一部分でしかないのです。
コミュニティコネクター、住民の方々、市民の方々が中心となってネットワークをつくり、孤立している人たちを助けていく。私たちは「医療を民主化していくプロセス」と呼んでいますが、このネットワークをうまく構築して、社会的処方を地域全体に広めていくことが重要だということを最後にお伝えさせていただきます。
ゲストプロフィール
西智弘
川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター 腫瘍内科/ 緩和ケア内科医長
一般社団法人プラスケア代表理事
2005年北海道大学卒。室蘭日鋼記念病院で家庭医療を中心に初期研修後、2007年から川崎市立井田病院で総合内科/緩和ケアを研修。その後2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科を研修。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。また一方で、一般社団法人プラスケアを2017年に立ち上げ代表理事に就任。「暮らしの保健室」「社会的処方研究所」の運営を中心に、地域での活動に取り組む。
日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。
著書に『がんを抱えて、自分らしく生きたい〜がんと共に生きた人が緩和ケア医に伝えた10の言葉(PHP研究所)』『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法(学芸出版2020年)』などがある。
開催概要
日時:2022年2月19日(日) 19:30~21:30
場所:オンライン(Zoom配信)