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コラム

「入居者に料理は危ない!」と言われた介護現場で働く大学生の葛藤と挑戦

「介護業界に貢献したい!」「利用者さんのためになるケアをしたい!」そんな希望を抱いて介護職を選んだ方も多いのではないでしょうか。しかし、いざ施設で働き始めると「自分のやりたかったことと違う……」と、理想と現実のギャップに苦しむ場面も多々。

KAIGO LEADERSのオンラインコミュニティ「SPACE」(※)にも壁にぶつかる仲間がいました。今回は、グループホームに勤める大学生が自分の想いを叶えるまでのストーリーを紹介します。

※KAIGO LEADERS オンラインコミュニティ「SPACE」とは?
介護への関心・想い・問題意識を持つ仲間が集うコミュニティ。現役の介護・福祉職以外にも、さまざまな業種の方が参加しています。
https://heisei-kaigo-leaders.com/projects/space/

1.「自立支援に力を入れたい!」理想と現実

昨年の春よりグループホームでのアルバイトを始めた大学生・Oさん。介護領域への関心が高く「自立支援の重視」という理念に惹かれて勤務先を選びました。優しいお年寄りに囲まれて楽しく働いていました。しかし、Oさんはホームのやり方に違和感を覚えます。

自立支援に積極的なはずなのに、入居者さんと一緒に何かするってことが少ない気がする。全部、僕たちが面倒みてる感じだ…

入居者さんからの一言

食後の洗い物の最中、一人の入居者さんがOさんに声をかけました。

入居者「ねぇ、私も手伝いましょうか?」

少し腰は曲がっているけれど、運動が大好きな元気な80代の女性。せっかく声をかけてくれたし、とOさんは一緒に食器を洗いました。


入居者さんもやりたいと仰ってくれるなら、自立支援のためにもいろんなことを一緒にやった方が良いかも。洗い物だけじゃなくて、料理全般お願いしてみようかな。

 
と考え、以降入居者さんと一緒にできることを増やしました。主には、野菜のカットや米研ぎなど、料理の準備。最初に声をかけてくれたおばあちゃん以外の入居者さんも喜んで手伝ってくれました。

「危ないから、やめて」

いつものように入居者さんに洗い物を手伝ってもらっていた時のこと。現場を目撃した先輩スタッフに、Oさんは呼び出されました。

先輩:何で入居者に洗い物させてるの?危ないから、やめてほしいんだけど。


Oさんが条件反射的に「すみません…」と謝ると、「次から気をつけて」とだけ言って先輩は去りました。Oさんもすぐ業務に戻りましたが、気分は晴れないままです。

確かに、Oさんのリスク管理は少し甘かったかもしれません。指摘したスタッフは先輩だし、これまで「危ない」場面に多く遭遇したのでしょう。

でも、とOさんは考えます。

このままでいいのだろうか?これからの介護には、自立支援が必要だし、このホームはそれを大事にしているって言ってるのに。入居者さんだって、楽しそうに手伝ってくれた。「自ら進んでやる気持ち」まで取り上げることにならないかな?

 

「危ない」だけを理由に、自分の介護への想いを捨てたくないと考えたOさんは「SPACE」の仲間に相談しようと決めます。

2.「SPACE」メンバーへの相談

コミュニティ内で経緯を伝え、「どうしたら反対意見を持つスタッフにもわかってもらえるか?」を相談したOさん。たちまち、多くの仲間からの回答が!

実際に寄せられたアドバイスを紹介します。

アドバイス①「『危険がない事実』が他のスタッフに伝われば良いかも」

Iさん/介護職:問題ないと思います。何十年も家事してきた方なら、手続き記憶として感覚が残っているはずだから。作業している場面を映像に残すなど、「入居者さんは楽しんでいるし、危険もない」ってことが他のスタッフにも伝われば良いですね。

 

アドバイス②「他のスタッフとの目線合わせが必要」


Hさん/介護職:「洗い物をしてもらおう」という考えを事前に他のスタッフに伝えていましたか?

私も、短い距離なら大丈夫かな、と足の不自由な方を手引き歩行していたところ「全員がやらなきゃいけなくなるからやめてよ!」と他のスタッフから言われました。自分の意向をしっかり伝えていなかったから、やっかみが飛んできたんだと思います。

もちろんグループホームは共同作業する場であり、入居者さんの気持ちを優先したいという気持ちはわかります。でも、その生活を支えるスタッフたちの目線合わせ・「ここまではOK」のボーダーラインを決める作業を丁寧にやらないと、同じことが繰り返されるかもしれません。

 

アドバイス③「自分の想いを捨てないで!」

Jさん/グループホーム職員:やろうとしていることは100%真っ当なことです。しかし、その気持ちが職場環境によっては「あれ、私がおかしいのかな?」と思ってしまうのが介護業界の怖いところ。是非、今の事業所で考え方を分かち合える仲間を見つけ、近隣の他の事業所とも交流し、自分を見失わないでください。

絶対の安全のために、その人のアイデンティティーを捨てるなんてナンセンスです。でも、それが通じないのが高齢者の生活環境。高齢者から感じましょう。そして学びをお返ししましょう。頑張ってください!

 

アドバイス④「『危ない』はマジックワード」

Fさん/介護職・グループホーム勤務経験あり:「危ないからだめ!」はマジックワードですよね。 危ないという理由で反対してくる人に、「何が危ないのか」を聞いて、例えば「包丁は切れるから危ない」と返されたとき、「どうしてあなたは包丁を使っても危なくないと言えるのか」など、想像力をかきたてる問いができると、深い話ができるんじゃないかと思います。

 

アドバイス⑤「管理者層に相談してみよう!」

Wさん/サービス付き高齢者住宅所長:管理者層と話してみると、案外簡単に話が進むケースもあります!

「利用者さんに調理をしてもらう」というのはケアの1シーンでしかありません。1シーン「だけ」良くするのって、難しかったりします。料理はなんのためなのか、自立支援はなんのためなのか、そういう根本的なところが共有されていないと、そのうち廃れてしまいます。逆に、全体をより良くしていきたいよね、という思いが上から現場まで共有できるのであれば、料理のことも課題解決の一環として「みんなで協力して」より良くできるかもしれません。

まずは、現場スタッフ同士で戦う前に、施設長に「うちはそもそも何を目的にしてるの?」「現実はこうだけど、目的に沿ってるの?」「上層部はどう思ってるの?」という確認をしたほうがいいと思います!

 

一歩踏み出す決意


多くのアドバイスをもらったOさんは「自分と同じ考えかどうかは関係なく、他のスタッフとコミュニケーションをとる必要がある」と気がつきます。

「料理は危ない」に対して何が危ないのかを聞かなければ、その上で「危ない」を解決する案を提示しなければ。自分だけで頑張ろうとしていたけど、SPACEでこんなに応援してくれる人がいるなら、僕の職場にも同じ意見の人がいるかもしれない。


「Oさんは何も間違っていないよ」の言葉に背中を押され、一歩踏み出す決意を固めます。

3.「一緒に料理」ができるまで

出勤時、Oさんが早速同僚に相談すると、「良いと思う!」と賛同してくれました。2人で話し合う中で「皆で会議する前に、Oくんの考えを施設長に伝えた方がいいかも」と同僚が一言。少し緊張しながらもOさんは施設長の元へ向かいました。

「こうした方が良い」ではなく「僕はこう考えている」と、自分の想いを伝えたOさんに、施設長が言いました


施設長:その通りだと私も思うわ。事故は起きない方が良いから「危ない」って止めた側の気持ちもよくわかるけどね。Oくんの話を聞いて、私もハッとした部分がいくつもあったし、次のフロア会議で話し合いましょう。先輩スタッフを納得させるのは難しいだろうし、私もそれとなくOくんたちをサポートするわ。

 

ニッコリ笑う施設長の顔を見て、Oさんは道が一気に開けたように感じました。

フロア会議にて

フロア会議当日。Oさんは「入居者さんとの料理」について、事の発端、自分の想いや悩みを伝え、

Oさん:問題があるのはわかるんですが、どうにか解決したいと思っています。皆さんのご意見を聞かせてくれませんか?

 

とスタッフたちに問いかけました。少しの沈黙が流れた後、話を始めたのは「危ないから、やめて」とOさんを制した先輩スタッフ。

先輩:……例えば、お米研ぎとか、素手で触るから菌が怖いでしょう。万が一食中毒でも起きたら大変だし。あと、いくら自分で立てると言っても、ふらつきが心配です。転んじゃったら怪我するかもれない。

 

Oさん:確かにそうですね。菌の付着は盲点でした。でも、手指をしっかり消毒したらどうでしょうか?ふらつきについても怖いですが、後ろに椅子を置けばそこまで危険ではないと思います。

 

Oさんは、先輩の意見を汲み取りつつ解決案を伝えました。しかし、先輩は納得する様子もなく、「包丁で指なんか切ったら大変」「火の扱いだって間違えれば事故になる」など、「できない理由」を語るばかり。都度Oさんや同僚が解決案を提示しましたが、先輩の顔から渋い表情は消えません。話し合いが行き詰まってきた時、施設長が口を開きました。

施設長:Oくんは「どうにか解決したい」と言ってるのに、どうして、できない理由ばかり並べるの?

 

「介護」とは何か


施設長:確かに、入居者さんにやってもらうのが怖い気持ちもわかるわ。でも、解決案はOくんたちが今伝えてくれたわよね。できる方法があるなら、試してみたらどう?

 

否定を続けていた先輩スタッフの顔を見つつ、話を続けました。

施設長:そもそも、入居者さんから「手伝いたい」って言ってくれたってことは、ここを生活の場だと思っているってことだし、私もグループホームはそういう場所であるべきだと思う。だったら、私たちも「業務」として入居者さんと接するのは違うんじゃない?

 

その問いかけに、Oさんと並んで座っていた同僚が、

同僚:…確かに、生活の場と考えると、一緒に料理するって自然なことだし、うちには調理員さんがいませんし、「皆で一緒に料理する」が前提なのかもって思いました。

 

と語りました。

施設長:その通りね。私たちは介護を「仕事」としているから、つい忘れてしまいがちだけど、入居者さんは全てが生活。一緒に暮らしてる人の料理を手伝うって何もおかしくないし、もし自分が「手伝いたい」って言ったのに「危ないから!」って家族に止められたらどう?

 

施設長の言葉に、Oさんが続きます。

Oさん:生活の場とするなら、やっぱり料理はやりたいです。先輩の仰るリスクは最もですが、100%不可能ではないと思います。先輩、いかがでしょうか?

 

恐る恐る先輩に聞きました。

先輩:…施設長の言う通りだし、私もちょっと意固地になってたかも。一旦やってみるのはいいと思う。ただ、ご家族に許可をいただいて、しっかりコミュニケーションとる必要があると思うよ。

 

初めて先輩の口から前向きな言葉が。室内には「もちろんです!ありがとうございます!」というOさんの明るい声が響きました。

会議後の取り組み


その後、数日間にわたってスタッフ間で協力して体制を整え、本格的に入居者さんとの料理が始まりました。

嫌がっていた先輩も入居者さんにお米研ぎをお願いし、新たな問題が生まれた場合には、スタッフ全員で解決策を考えています。

入居者さんも積極的に料理に取り組み、「こうするとね、大きいお皿も洗いやすいの」と自分なりに工夫する方も。調理場も食堂も、一気に雰囲気が明るくなりました。


皆で料理してると、家族みたい。これが生活の場なんだな


とOさんは考えつつ、今日も多くのおじいちゃん・おばあちゃんと食事の準備に励みます。

4.まとめ:Oさんの気づき

Oさんは、今回の件を通して以下の気づき・学びを得ました。

・声を上げることが大事。想いを達成できたのはもちろん、思い切って相談したことが大きい。多くのアドバイスをもらえて、賛同者(施設長、同僚)を見つけられた。1人では難しかったかもしれないが、たくさんの仲間が見つかったお陰で道が開けた。

・「危ないから」の言葉に負けず、料理を喜んで手伝ってくれた利用者さんの想いを大事にできてよかった。これからも良い介護とは何か?を考えて取り組んでいきたい。

Oさんのように、自分の理想・想いが叶えられずに悩んでいる介護職の方は多いと思います。周りに理解されるかもわからず、相談できないと抱え込んでる方もいるでしょう。

ただ、まず誰かに自分の意見を伝えてみてください。職場の方じゃなくても、家族・親戚・友達、とにかく話しやすい相手に考えを伝えることで、新たな発見があるかもしれません。

Oさんの場合、それが「SPACE」の仲間たちでした。気兼ねなく介護について話せるメンバーが多いため、Oさんも自分の想いを打ち明けられました。「介護・福祉について話したいけど、相手がいない……」とお悩みの方、ぜひ「SPACE」で一緒にお話ししませんか?あなたとお話できるのを、メンバー一同楽しみにしています!

今回は、仲間のアドバイスをもとに一歩を踏み出したメンバーの事例をご紹介しました。
日々のSPACEの様子はこちら!
>>介護のオンラインコミュニティ「SPACE」で楽しめるイベント3選!
>>部活というつながり方
>>SPACE1周年の軌跡
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