
いくつになっても、ありのままで。誰かの”変わらない日常”を支える、ケアの現場を知る(ケアするしごとツアー)

皆さんは介護・福祉の仕事について、どんなイメージをお持ちでしょうか。すでに現場で働かれている人、これから実際の現場に触れてみたい・より詳しく知りたいという思いをお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この度、介護に関心を持った仲間たちが集うオンラインコミュニティ「KAIGO LEADERS」と、福祉に関わる専門家やクリエイターと協働し、さまざまな課題に向き合う「こここラボ」の共同による「注目が集まるすてきな介護・福祉の現場を見に行こう!ケアするしごとツアー」を開催しました。

KAIGO LEADERSの発起人・秋本可愛とコミュニティマネージャー・佐々木将人が案内人を務めた本ツアーでは、独自の取り組みで注目を集める介護・福祉事業所全4カ所を訪問
リアルな現場を見ながら、ケアのプロフェッショナルとツアー参加者が交流を楽しみました。
本レポートでは、2024年12月から2025年1月にかけて行われたツアーの様子と参加者の声をお届けします。
地域とつながり、ありのままの自分でいられる場所へ(52間の縁側のいしいさんの家)

第1回目で訪れたのは、千葉県八千代市にある「52間の縁側のいしいさんの家(以下、52間の縁側)」。ここは、千葉県習志野市で20年近く宅幼老所を提供してきた、有限会社オールフォアワンが運営する福祉事業所の一つです。
代表を務めるのは、石井英寿さん。石井さんと介護・福祉との接点は幼いころまでさかのぼります。おばあちゃん子として育った石井さんは、大学の社会福祉学科を卒業後、介護老人福祉施設に8年間勤務していました。
そこで感じたのは、効率優先の流れ作業のようなケアに対する違和感だったそうです。残りの人生を施設で過ごす高齢者に最後まで笑って楽しく過ごしてほしい。その思いを叶えるために独立の道を選んだ石井さんは、2005年に有限会社オールフォアワンを設立。その翌年には「宅老所・デイサービス/いしいさん家」をオープンしました。
単なる介護・福祉の場ではない。ここには、いつもの暮らしがある

今回、私たちが案内された「52間の縁側」は、2022年にオープンしたデイサービス。横が長く、窓も大きいこの建物からはどこか昔懐かしい雰囲気を感じられます。
この場所には石井さんの「単なる介護・福祉の場でなく、地域とつながり、地域の人たちの居場所になってほしい」という思いが込められています。
その思いの通り、建物内は、テラスや半露天の檜風呂、カフェとしても利用できるスペース、デイサービス・宅老所のほか、引きこもりの人たちの就労支援や子どもの遊び場など多面的な機能を持っています。
この建物を建築設計したのは、山﨑健太郎さん。保育園やホスピス、障害者支援施設など、社会福祉に関する施設も数多く手がけられている建築家です。
「誰もがありのまま、その人らしい生活を送ってほしい」という石井さんの思いを受けて、障害があっても、これまでの日常と変わらず過ごしていけるような環境の実現を目指して設計したと語る山﨑さん。
「52間の縁側」は、建物そのものからも、介護・福祉の場を超えて、地域に開かれた場所であることが伝わってきます。
利用者とスタッフは、一緒に生活をする仲間でありたい

「52間の縁側」の特徴としてあげられるのは、一人ひとりの価値観やこれまでの経験、個性を尊重したケアをされていること。
例えば、料理好きの利用者。以前はデイサービスへの抵抗が強かったとのことですが、料理の手伝いという形でお声がけをしたところ、デイサービスに参加するようになったそうです。その結果、以前よりも生き生きとした表情に変わっていったと語る石井さん。
このように常日頃、利用者に寄り添ったケアが行われています。
また、地域に開かれた施設であることから、利用者とスタッフだけでなく、地域の子どもたちやヤギとも共存しています。効率性よりも多様な人間関係の中で生まれる豊かな交流を重視する「52間の縁側」。あえて不便さを残すことで、自然なコミュニケーションが生まれ、便利さや効率性では決して得られることのない温かみを感じられるそうです。

また、利用者とスタッフは、”ケアする側・される側”と思われがちですが、「52間の縁側」では、”一緒に生活する仲間”と捉えています。
介護・福祉の現場では、やむを得ず身体拘束などの手段がとられ、その状況の中で人生の最後を迎えている方もいます。しかし、非効率的であっても、とことん一緒に歩いたり、同じ方向を見たりすることで「これは解決しなくてもよいことなんだ」という1つの答えに気付けることができます。この非効率さが実は深いコミュニケーションと相互理解を生み出すのだそう。

一方的な支援ではなく、関わり合うことでお互いが成長していく関係性が大事なのです。
近年は、介護・福祉の現場にもICT化やAI技術の導入による効率化の波が訪れていますが、最終的には人の手に頼ることが必要不可欠だと語る石井さん。単なる管理ではなく、人とのコミュニケーションを通じた関係の構築が重要であり、そこにこそ、介護・福祉の本質的な価値があると考えられています。
最後に、これから先も、その人らしい生き方や介護・福祉のあり方を模索しながら、思いやりと尊厳を大切にした社会づくりを目指していきたいと語ってくれました。
「52間の縁側のいしいさんの家」ツアー参加者のコメント
- 「介護する側・される側」ではなく、利用者もスタッフも同じ目線に立って携わっており、介護・福祉に対する印象が大きく変化しました。
- 有料老人ホームでの画一的なサービスに対するもどかしさを感じた経験がある中で、私がやりたかったのはこういう関係性作りだったのだと気付かされました。
- 「その人らしくいられる場所」は作れるのだと、実感しました。
施設の詳細
・事業所名:52間の縁側のいしいさんの家
・住所:千葉県八千代市米本
・アクセス:京成線・東葉高速鉄道勝田台駅からバスもしくは徒歩
・HP:https://www.ishiisanchi.com/
一人ひとりが価値ある人間。いくつになっても、自立した生活を(あおいけあ)

第2回目で訪れたのは、神奈川県藤沢市にある「株式会社あおいけあ(以下、あおいけあ)」。「あおいけあ」では、小規模多機能居宅介護やグループホームなど複数の施設を運営しています。
「あおいけあ」が運営する小規模多機能居宅介護「おたがいさん」「おとなりさん」「いどばた」を案内してくれたのは、代表を務める加藤忠相さん。

大学を卒業後、特別養護老人ホームに2年間勤務していた加藤さんは、入居者の決まった時間での起床や食事、入浴などのケアに違和感を覚えたと言います。それと同時に、加藤さん自身や家族が将来的に快適に過ごせる環境を作りたいという思いも芽生えたのだそうです。
そんな中、介護保険制度が始まる前年に、北欧モデルを参考にした少人数制のグループホームについて書かれた一冊の本に出会った加藤さん。本には少人数での環境が、認知症の進行を抑えるといったことが書かれていました。
加藤さんは一年間、アルバイトをしながら準備を進め、2001年に「あおいけあ」を設立しました。最初は、6人程度の高齢者が共同生活を営む、本と同じグループホームとしてスタート。また、合わせてデイサービスも運営していましたが、限られた時間でしか利用者を支えられないジレンマも感じていたのだそうです。
そこで、全国各地のさまざまな福祉事業所を視察した加藤さん。その中で出会った地域密着型の柔軟なサービスを提供していた事業所に感銘を受け、2007年に「おたがいさん」という名の小規模多機能型居宅介護施設をオープンしました。
この施設の誕生は、在宅サービスやショートステイ、ホームヘルパー、ケアマネージャーの一体化による、利用者への柔軟な対応が可能となりました。
壁を壊し、地域全体で支え合う。持続可能な介護モデルの確立へ


このような一体化したサービスの提供は、介護職員の離職も防げると語る加藤さん。離職する理由の多くが、社内の人間関係や会社の理念と合わないこと、利用者に寄り添ったサービスが提供できないことなどほとんどで、実は業務の過酷さではないのだそう。
小規模多機能型居宅介護の導入により、柔軟なサービスの提供が可能となり、職員の不満が軽減され、利用者の家族に対しても「できない」と言わずに済む環境を提供できるようになったと言います。


また、定期的なカンファレンスで事例を共有しており、スタッフ全員が適切な対応を学び合う環境も整っているそうです。
その他にも「あおいけあ」では、利用者の大型施設への転院を避け、在宅訪問診療・看護を中心に、ご家族と共に最後まで看取る方針をとっています。在宅医療は、経済的な負担を軽減し、利用者が望む最期を迎えることが可能になるのです。
高齢化社会において、家族や施設だけに頼るのは限界であり、地域社会全体で、お互いの壁を壊しながら関わることが大事だと語る加藤さん。
「あおいけあ」では、高齢者や子ども、障害者などが支え合う仕組みづくりと持続可能な介護モデルの確立を目指しています
地域コミュニティとしての機能を果たす、”ごちゃまぜ”アパート「ノビシロハウス」

「あおいけあ」の取り組みは実はこれだけにとどまりません。
最後に見学したのは、「あおいけあ」がオーナーを務める賃貸住宅「ノビシロハウス」。2021年にオープンした、多世代交流拠点です。
高齢者がアパートを借りづらいという声を受け、何歳であっても住む場所・暮らしたい環境を選択できる社会にしたいという思いのもと誕生しました。
「ノビシロハウス」の建物は、古いアパートを買い取りフルリノベーションしたもの。バリアフリー化も行い、快適な生活環境を整備しています。その他、居住スペースのみならず、コミュニティスペースや地域医療の拠点も。
地域交流を促進するため、高齢者への声掛けや月1回のお茶会への参加、若者専用部屋の家賃を半額に設定するなど、世代間交流を推進しています。
この取り組みによって、孤独を防ぎ、助け合いの精神が根付く住環境を実現しました。「ノビシロハウス」を起点に一つのコミュニティとしての機能が果たされています。
「あおいけあ」ツアー参加者のコメント
- 介護の仕事について、お手伝いをする印象が強かったのですが、むしろ家族のように利用者さんのことを考えて動くものだという気づきがありました。
- 介護の仕事はマニュアルや制度に合わせるものではなく、利用者のニーズに合わせて行うことが大切だと改めて感じました。
- 私自身の求める介護のあり方が間違っていなかったと感じることができました。
施設の詳細
・事業所名:株式会社あおいけあ
・住所:神奈川県藤沢市亀井野4-12−93
・アクセス:江ノ島線・六会日大前駅から徒歩16分
・HP:https://aoicare.co.jp/ns/index.html
業務分析で、課題を明確化!テクノロジーを有効活用(社会福祉法人善光会)

第3回目に訪れたのは、東京都大田区にある「社会福祉法人善光会(以下、善光会)」。地上10階建てのマンションのような建物・サンタカフェガーデンヒルズの中に、特別養護老人ホームや介護老人保健施設、障害者支援施設などが入っています。
善光会では、「オペレーションの模範となる業界の行く末を担う先導者になる。」をビジョンに、介護・福祉業界全体での成長を目指しています。
一番の目的は、直接的なケアの時間を増やすこと

2005年に設立した「善光会」の特徴はなんといっても、介護ロボットや介護ICTなどのテクノロジーを積極的に活用したケア。
今回はサンタフェ総合研究室の田部井達也さんに、テクノロジーを日々のケアにどのような形で取り入れているのかご説明いただきました。
導入のプロセスとしては、まずは問題点の洗い出しから始めたそうです。業務分析を実施し、多職種で構成された現場の声を反映。業務時間を1分単位で記録していき、問題点を数値化することで、改善策を検討していったそうです。
「善光会」が何よりも大切にしているのは、職員が直接ケアにかける時間を増やし、利用者の満足度を落とさないこと。現場の声を反映した業務の改善によって、ケアとは直接関係のない業務や施設管理部分のシステム化に成功し、職員の負担を軽減させることができたと言います。
業務改善とテクノロジー導入で、約4割の業務効率化が達成できたという結果が現れました。
テクノロジーと共存しながらも、頼り切らない体制を強化

田部井さんからの講話の後は、実際の現場に足を運び見学。特別養護老人ホームでフロアリーダーとして働くスタッフにお話を伺い、どのようにテクノロジーを利用しているのか見せていただきました。
現場では、職員全員がインカムを所持しています。ナースコールのみならず、利用者の動きがリアルタイムで通知され、即時に対応できる体制が整っています。マイク機能を使用すれば利用者と会話ができ、状況に応じた適切なケアを行うことが可能になります。
通信障害が発生する可能性がないとは言い切れないものの、その場合は、リスクの高い利用者を優先して巡回するといったマニュアルも整備。また、各ユニットの職員が時には他のユニットも担当できる体制を整えており、職員間での連携も強化しているのだそう。
テクノロジーの積極的な有効活用を推進しながらも、頼り切らない体制を強化する「善光会」。
見学を通して、スタッフ同士のきちんとした連携、チームワークの良さが伺えました。
「社会福祉法人善光会」ツアー参加者のコメント
- 何に時間が足りていないのか、きちんと「見える化」することで、介護の仕事に対する印象も変わるのだと思いました。
- テクノロジーの活用が、介護職員の負担軽減による利用者への対応が良い方向へ向かっていると感じました
- 利用者の選択を大事にしたいという思いが伺えて良かったです。
施設の詳細
・事業所名:社会福祉法人善光会
・住所:東京都大田区東糀谷6-4-17
・アクセス:京急本線・穴守稲荷駅から徒歩24分
・HP:https://www.zenkoukai.jp/
孤立することなく、お互いに支え合うことのできる場づくりを(一般社団法人えんがお)

第4回目、最後に訪れたのは栃木県大田原市にある「一般社団法人えんがお(以下、えんがお)」。
「『こどく』と『こりつ』を地域の現場から変えていく」をテーマに、グループホームやおばあちゃん食堂、フリースクールなど9つの施設を運営しています。
代表を務める濱野将行さんからまず語られたのは、「えんがお」では介護が必要となる前に高齢者の支援をすることを大切にしているという点。

現状の制度だと、高齢者が孤立し、心身ともに衰えた後に介護サービスが提供されることがほとんどなのだそうです。ですが、そうなる前に予防的支援をすることで、孤立していた高齢者が地域での交流を通じて、再び社会に参加するケースも多く見られると言います。
「えんがお」も当初は高齢者の生活支援として、電球交換や家具の移動などの便利屋事業からスタート。その中で「日中に気軽に集まれる場所がほしい」との要望を受け、多世代交流サロンを開くなど、ニーズに応じてその活動を拡大しています。
枠組みにとらわれることなく、地域全体で自然と助け合う

今回、濱野さんと一緒に「えんがお」が運営する施設を案内してくれたのは、不登校でこの場所に通う小学校6年生のもっくん。

もっくんが地域に必要だと話すのは「おばあちゃん食堂」。この食堂では、高齢者の孤食や一人で食事をすることによる認知機能の低下を防ぎ、食を通じたコミュニケーションの場を提供しています。

普段の生活の中で自然に障害者や認知症の方と触れ合う機会を作ることが大切だと語る濱野さん。
ある少女は学校での集団生活は難しいものの、高齢者との関わりの中では、相手を喜ばせることが得意だと気付いたそうです。異なる環境に置かれることで、強みを発見することもあると言います。
濱野さん曰く、高齢者や障害者、子どもなどが、支援者と被支援者という枠組みにとらわれることなく、お互いに支え合いながら、関わる人すべてが何かしらの役割を持てる場を提供することが、長期的な支援につながるのだそうです。
運営する施設は全て徒歩圏内。居場所づくりに対するこだわりも

「えんがお」のこだわりは、各施設を無理に遠方に設けるのではなく、地域の徒歩圏内に絞って開設しているところ。
地域内の空き物件などを活用することで、地域住民と密接な関係も築きやすいそうです。その結果、制度の利用に固執する必要はなく、フリースクールや不登校の子ども支援、障害者・高齢者支援など多様なニーズに応じた取り組みを展開できます。
地域課題に柔軟に対応することが可能になり、多世代や異なる立場同士での新たなコミュニティも形成されていったと言います。
また、組織運営においても、チーム内での違和感や課題を早期に共有できる環境づくりが重要だと語る濱野さん。週1回のミーティングや3カ月に1回程度の合宿形式での振り返りを通じて、意見交換を実施しています。職員が幸せであることが、結果として良質なケア提供に直結すると話してくださいました。
現場での気付きや違和感を起点に、柔軟な発想で新しい取り組みを模索している「えんがお」。
最後に支援することとは、単に困った人を助けることではなく、支援される側が支援する側に回ることができる自然な場所を作ることが大切だと語ってくれました。
「一般社団法人えんがお」ツアー参加者のコメント
- 強みと弱みを補い合うことや多世代交流をされているところがとても素敵だと思いました。実際にその様子を見られて良かったです。
- 人生を前向きに変え、社会課題をより良くする素敵な仕事だと思いました。
- サービスとしての介護よりも、その周辺にある物事の面白さを考える良い機会になりました。
施設の詳細
・事業所名:一般社団法人えんがお
・住所:栃木県大田原市山の手2-14-3
・アクセス:宇都宮線・西那須野駅からバスで10分
・HP:https://www.engawa-smile.org/