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イベントレポート

ウィズコロナ時代のコミュニティづくり。ますます重要になる「社会的処方」とは? (PRESENT_23 西 智弘)

いま世界は新型コロナウイルス感染症の蔓延で、つながりが分断されています。
施設の家族の面会禁止、訪問サービスの中止、地域の会合の中止・・・。
その影響は、わたしたちの介護現場にも出てきています。

これから先、コロナウイルスと共に過ごしていかなければいけないとすれば、介護の現場は地域や社会との分断をどのように乗り越えていけばよいのでしょうか?

そんな今だからこそ注目したいのが、「社会的処方」という考え方。
医師が処方する薬ではなく、地域のつながりが人を健康にしていく仕組みです。
地域で暮らす誰もが社会的処方を実践できる可能性を秘めています。

2020年6月14日に開催されたPRESENT_23のゲストにお迎えしたのは、川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター 腫瘍内科/ 緩和ケア内科医長であり、一般社団法人プラスケア代表理事でもある西智弘さん。「社会的処方」を研究し、実践しています。

コロナ時代につながりを。社会的処方に学ぶ、これからの支援の在り方とは?

このタイトルで初めてオンラインで開催されたPRESNT_23は、改めて「つながり」の重要性を認識し、「つながり」を増やしていくアプローチについて深く考える機会となりました。その西さんのお話をレポートしていきます。

介護予防にとってより重要なのは、「運動」か?「つながり」か?

まず一緒に考えてみましょう。
①運動サークルに参加して、積極的に運動する人
②運動サークルに参加するけど、あまり運動しない人
③運動サークルに参加しないけど、積極的に運動する人
④運動サークルに参加しないし、あまり運動しない人

「どの人たちが、要介護状態になりにくいでしょうか?」

一番要介護状態になりにくいのは、①運動サークルに参加して、積極的に運動する人

一番要介護状態になりやすいのは、④運動サークルに参加しないし、あまり運動しない人

であることはわかりやすいですね。

では、
②運動サークルに参加するけど、あまり運動しない人(例:運動サークルに参加するけど、後ろでおしゃべりしているおばちゃん)
③運動サークルに参加しないけど、積極的に運動する人(例:ジムで黙々と運動しているおじちゃん)

どちらが、要介護状態になりにくいのでしょうか。

正解は、②運動サークルに参加するけど、あまり運動しない人 です。
この結果からわかるのは、介護予防にとって運動も大事ですが、それよりも「仲間がいること」、「つながりがあること」が重要ということです。

実際、社会的孤立や精神的孤立の状態にあると、死亡率、認知症、転倒(からの骨折や寝たきり)や自殺の発生率も高まるというデータがあります。

病気は、病院や診察室だけで解決できる課題ではない。

医療者である西さんが、「孤立」という課題に直面したきっかけについてはこのように語られました。

僕はガンの専門家です。癌と診断された方を見ていると、これまで孤立してなくても一気に孤立してしまうのです。「癌なら仕事に来なくていいよ」と言われて役割を奪われてしまうことはよくあります。友人との関係性も変わり、家族もどう付き合っていけばいいかわからなくなる。その一方で、医者との関係だけが強くなっていくのですが、抗ガン剤治療が終われば、「治療」という心の拠り所まで無くし、死に向かっていくのです。これは良くないと思いました。

西さんは、この状況を変えていくために何が必要だと考えたのでしょうか。

「病気を持って生きていくとはどういうことか?」という誰とも話し合えなかったことについて病院の外で話し合える場が必要だと思いました。これは、病院や診察室だけで解決できる課題じゃないと考え、2017年一般社団法人プラスケアを立ち上げ、川崎市中原区で「暮らしの保健室」をオープンしました。

学校の中の保健室のように、悩みが無くてもふらっとコーヒーを飲みながら話せる場所があるといいと思ったんです。

コミュニティナースが中心になって相談支援をおこなってきたそうです。しかし、西さんは「くらしの保健室」だけではリーチできない方がいることにだんだん気付き始め、色んな機関との有機的なつながりをつくる必要性を感じたそうです。
そこで出会ったのが、「社会的処方」という考え方でした。

孤立への処方箋「社会的処方」

社会的処方とは、薬で人を元気にするのではなく、人と人のつながりや地域とのつながりをつかって人を元気にする仕組みのことです。

西さんは、1つの例を紹介してくださいました。

元花屋さんの80代男性が不眠で受診したそうです。「そこですぐに薬を出して終了する診療は良くない診療」とのこと。

まず、「なんで眠れないの?」「どんな生活しているの?」と質問しました。その男性は、「ご飯を食べるか、テレビを観ているかの生活である」と答えてくれました。それに対し、「運動した方が良い」とか「外出した方が良い」とアドバイスする医療者もいるが、それだけでは運動も外出もしないですよ。

では、どうしたら良いのでしょうか。

「なんで今日わざわざうちのクリニックに来たの?」と、考えてみるわけです。そこでよくよく話を聞くと、半年前、奥さんが亡くなって引きこもってしまい、そこから眠れなくなっていった・・・というところにいきつく。

さらに、社会的処方のアプローチでは、「若い頃花屋さんだった」という話を聞き出した場合、「花壇を整備しているNPO法人を手伝ってくれませんか」と提案したりします。そうすると、「しょうがないな」と言って手伝ってくれるようになります。結果として、その男性は、日中、外に出るようになり、睡眠薬を使わなくなり、病院に来なくなるのです。

この「社会的処方」で有名なのはイギリスです。

社会的処方の理念も紹介していただきました。

 

1つめは、「人間中心性」です。人を上から押さえつけないということです。「何が好きなんですか?」といった話から聞いていくのが大切です。
2つめは、「エンパワメント」。その人が自分で「やってみようかな」「行ってみようかな」「面白いな」と思えるアプローチをすることです。
3つめは、「共創」。もし、その人に合った社会資源が無かったら、一緒につくっていくということです。

社会的処方の効果は以下の通りです。

・孤独や社会的孤立の改善
・不安や抑うつの軽減
・自己効力感の向上
・救急の利用や病院への紹介の減少
・医療コスト削減

この仕組みを日本にも取り入れたいと考えた西さんは、「社会的処方研究所」を立ち上げました。

社会的処方の要 リンクワーカー

社会的処方を実践していくにあたって、実際には、医者が多くの社会的資源を知っている訳ではありません。医療者とコミュニティグループの間をつなぐ職種が必要です。イギリスでは、「リンクワーカー」という職種で確立されています。

孤立の問題を抱えている人を発見した場合、医療者がリンクワーカーに連絡します。そして、リンクワーカーが話を聞き、その人にあったコミュニティグループにマッチングする仕組みです。

社会的処方を文化に!

日本においても、イギリスのように「リンクワーカー」という新しい資格を作っていくべきなのでしょうか。
西さんは、そうではなく、今ある社会資源が担っていく方がうまくいくと考えています。また、どの社会資源が担っていくかは地域ごとに異なっても良いと、述べられていました。

リンクワーカーの役割を専門的に担うソーシャルワーカーも必要ですが、地域課題を真ん中に据えた時、そこで手を挙げてくれる人がいたら、みんなリンクワーカーになれると思います。

バスケットボールプレイヤーが手を挙げたらコミュニティバスケットボールワーカー、学校の先生だったらアカデミーワーカー、食堂のおばちゃんが手をあげたら、食堂ワーカー…等。地域課題を真ん中に据えてみんなでやっていきましょう!日本においては、このように「社会的処方」をみんなで実践して文化にしていくことが大事だと思っています。

西さんは、社会的処方を文化にするために、市民のリンクワーカーと一緒に動いて仕組みづくりをしています。

グループダイアログ「あなたの身近に地域とつながれる社会資源はありますか?」

西さんの前半の講義をふまえ、グループに分かれて、「あなたの身近に地域とつながれる社会資源はありますか?」というテーマで、参加者同士が話し合いました。

COVID-19と社会的処方

後半は、「新型コロナウイルス感染症と社会的処方」というテーマでお話いただきました。

社会的孤立、健康格差問題の発生はいずれ来る未来でしたが、COVID-19の影響で一気に浮き彫りになりました。緊急事態宣言が解除されて、元に戻っていくはずが、復興差が生じ、それが社会的格差につながっています。

もともと社会資源が豊富にあった人は簡単に元の生活に戻れますが、一方で、元々、貧困であったり、仕事が不安定な人は元の生活に戻るのに時間がかかっています。

西さんは現在、どのように活動しているのでしょうか。

いままでの活動を元に戻していく際に、「感染対策」は必要不可欠です。一方で、過剰になりすぎると参加しにくくなるので注意が必要です。
暮らしの保健室では、医学的効果と心理的効果の2つに照らし併せて考え、ガイドラインを作成しています。
また、「マスクだけでも良い」とか「アクリル板も無いと不安」等、心理的な部分は人によって様々なので、「不安な方はアクリル板も使えます」といった選択肢があることが大事です。

コミュニティを作るのではなく場を整える

「安全・安心な場を作る」ことの重要性も高まっていきます。

これから、イベント(非日常)はなくても生活(日常)は残ります。いかに日常の場を安全・安心な場にするのかが重要です。イベント等を開催して、いきなりコミュニティを作ろうとするのではなく、「安全・安心な場を作る」ことで人が集まり、自然とコミュニティがつくられるようになると思います。

アナログとデジタルの交点を探す

西さんは、加えて、「アナログとデジタルの交点を探す」ことの重要性を強調します。

アナログでしか生活していなかった人がデジタルでつながれる接点をつくることで、デジタル格差を解消するアプローチが必要だと思います。例えば、病院、商店街やコミュニティカフェ等で、デジタルでつながるための講座を開催している といった仕組みをつくることで、デジタルへの入り口を設定します。

ウィズコロナ時代のコミュニティづくりにおける様々なポイントを学ぶことができました。

Q&A

プログラムの最後は、質疑応答の時間。
会場から頂いた質問をまとめ、KAIGO LEADERS発起人の秋本から質問をさせていただきました。

秋本:今日のお話を聞いて、社会的処方を実践したいと思ったとき、何から始めたらいいのでしょうか?

西:まずは、“まちに出ること”からはじめたら良いと思います。いきなり、「社会的処方」を実践するのは難しいです。「社会的処方をやるから協力してください」という形で実践するのではなく、住民の1人としてかかわり、後から「実は医者なんです」と伝えていくといったアプローチ方法が大事。そして、まちのなかへの入り口となるコミュニティがどこにあるのかを探します。僕の場合は読書会でした。そういったコミュニティに参加し、まちの人たちと知り合いになったり、友達になっていくところからはじめるのが重要なんじゃないかなと。

秋本:読書会に入った後は、どのように活動を始めたのでしょうか?

西:「暮らしの保健室をつくりたい」という想いからスタートさせたのではありません。まずは、どういったまちが「病気になっても安心して暮らせるまち」なのかをアンケートで意見を集めました。結果、「病院以外で相談ができるところや気軽につながれる場所がほしい」といった意見が出てきて、その解決策が「暮らしの保健室」だったのです。そして実行するために仲間を募りました。

秋本:どういう風に情報収集したら地域資源と繋がれるのでしょうか?

西:地域ごとに方法は異なると思いますが、例えば、街の中のお祭りを手伝っていきます。入り口を見つけて、観察すれば、誰を中心にこの街はまわっているのかが見えてきます。そして、その人に会いに行って、「このまちはどんなまちか」を聞いてみる。さらに、その人が他の人を紹介してくれたり、場所を貸してくれたりして、だんだんつながりがひろがっていきます。

秋本:活動をはじめてからは、いかに認知されるようになり、継続できる仕組みをつくればいいのでしょうか?

西:企画について、「呼ぶ系」「行く系」「ある系」 で分類しています。まちづくりをしようと考える時、イベント、お祭りやセミナーを開催する といった「呼ぶ系」を考えやすい。
一方で、暮らしの保健室は「ある系」。あり続けることに意味があると思います。毎週開催していたら、「何やってるんですか?」って話しかけてくれる人がいて、そこから輪がひろがります。細く長く続ける仕組みを最初につくった方がいいですね。

秋本:つながりの場に対して積極的ではない人へのアプローチを教えてください。

西:「孤独を愛している人はどうしたら良いのでしょうか」と相談されることがあるのですが、その相談者には、「あなたがつながり続けてくれれば良い」と答えています。
引きこもっている人を、無理やり外へ連れ出すのは違うと思います。誰かがちゃんとゆるく見守り続けることが必要です。
その一方で、未来に起こる問題を予測してセーフティネットを用意しておくと良いですね。

秋本:最後に西先生の今後の展望について教えてください。

西:新型コロナウイルス感染症拡大の影響で社会の分断が急速に進むなかで、医療者がガイドラインを提示し、まちに出ていくことを承認していくことが重要になると考えます。
そして、社会的処方がますます重要になっていくと思います。その受け皿として、制度も国も市民もみんなで社会的処方を実践し、まちの文化を育てていきたいと思います。

誰でもリンクワーカーになれると西先生は仰っていました。介護職員も、もちろん社会的処方を実践することができます。利用者の生活に密着している介護職員が、どのような実践ができるのか、これからも考えていきたいですね。

ゲストプロフィール

西 智弘(Tomohiro Nishi)

川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター 腫瘍内科/ 緩和ケア内科医長
一般社団法人プラスケア代表理事
2005年北海道大学卒。室蘭日鋼記念病院で家庭医療を中心に初期研修後、2007年から川崎市立井田病院で総合内科/緩和ケアを研修。その後2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科を研修。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。また一方で、一般社団法人プラスケアを2017年に立ち上げ代表理事に就任。「暮らしの保健室」「社会的処方研究所」の運営を中心に、地域での活動に取り組む。
日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。
著書に『がんを抱えて、自分らしく生きたい〜がんと共に生きた人が緩和ケア医に伝えた10の言葉(PHP研究所)』『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法(学芸出版2020年)』などがある。

開催概要

日時:2020年6月14日(日) 19:00~21:00(Zoom開場18:45)
場所:オンライン(Zoom配信)

PRESENTについて

2025年に向け、私たちは何を学び、どんな力を身につけ、どんな姿で迎えたいか。そんな問いから生まれた“欲張りな学びの場”「PRESENT」。「live in the present(今を生きる)」という私たちの意志のもと、私たちが私たちなりに日本の未来を考え、学びたいテーマをもとに素敵な講師をお招きし、一緒に考え対話し繋がるご褒美(プレゼント)のような学びの場です。

この記事を書いた人

森近 恵梨子

森近 恵梨子Eriko Morichika

株式会社Blanketライター/プロジェクトマネージャー/社会福祉士/介護福祉士/介護支援専門員

介護深堀り工事現場監督(自称)。正真正銘の介護オタク。温泉が湧き出るまで、介護を深く掘り続けます。
フリーランス 介護職員&ライター&講師。