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良いケアって何だろう?ナイチンゲールの看護論から学ぶケアの本質(PRESENT_24 金井一薫)

PRESENT REPORT 東京 Archive

「わたしは、ちゃんと良いケアが出来ているのかな」 
「そもそも、良いケアって、何だろう?」
日々の仕事の中で、ふとそんな葛藤を抱えることはありませんか?

その答えは「ナイチンゲールの思想」にあるかもしれません。

「良いケア」の基準はとても曖昧で、正解はないかもしれません。
それでも、日々状態が変化する目の前の人に対して、 様々な職種が協働して、
その人にとっての「良いケア」を考え続けていくことが大切ではないでしょうか。

新型コロナウイルス流行の影響で様々な研修が中止になっている今だからこそ、「ケアの本質」とは何か、改めて参加者の皆さんと考えてみました。

2020年8月8日に開催されたPRESENT_24のゲストにお迎えしたのは、ナイチンゲール看護研究所・所長 / 徳島文理大学大学院看護学研究科・教授 / 東京有明医療大学看護学部・名誉教授である金井一薫さん。

『良いケアって何だろう?ナイチンゲールの看護論から学ぶ「ケアの本質」』

このタイトルでオンライン開催されたPRESNT_24は、ケアをしていく上で何を大切にしたら良いのかの道標を得られる機会となりました。その金井さんのお話をレポートしていきます。

金井さんは、「看護とは何か?」というテーマを追究されてきました。

そんな金井さんと介護との出会いは、社会福祉士及び介護福祉士法が交付された1987年の翌年(1988年)です。日本社会事業大学の中に日本で初めて「介護福祉コース」が作られることになり、教員として「介護概論」の科目を担当したタイミングでした。教科書はありましたが、「介護福祉学」というのが全く無いまま始まったそうです。

その時から、金井さんは、看護に加え、「介護とは何か?」というテーマも同時に抱え、数十年間追いかけてきました。今回は、その一端をお話いただきました。

 

介護と看護は別物なのか?

介護福祉士が日本で誕生した当時(法律的には、1987年)から、「介護と看護は違う」というスタンスで、介護教育と看護教育はパラレルに始まったそうです。その点に、金井さんは強い違和感を抱きました。

「看護」と「介護」。本来は手を取り合って同じ方向を向くはずの2職種が、どうしてパラレルな関係で、喧嘩までしなくてはならないのでしょうか。

金井さんは、看護と介護の関係について追究されました。
看護と介護の中心概念は、「ケア」という単語です。
看護の世界では、「ケア」はイコール「看護」で、看護ケアと言ったりします。
福祉の世界では、「ケア」という単語は色々な訳し方をします。例えば、「介護」「処遇」「療育」「保育」「養護」「家事援助」等です。
社会一般でも、「ハウスケア」、「ネイルケア」、「ヘアケア」…等、至るところに「ケア」という言葉を目にします。

「ケア」という単語に特別な専門的な内容が含まれているのではなく、様々な領域で使われています。

今回の講義では、「ケア」という単語を、看護と福祉の両領域を包括した専門的単語として捉えたらどうかと考え、両者に共通する「本質」をお伝えしていきたいと思います。

 

「ケアの原形」を探る

「看護とは何か?」ということについて、学生時代からモヤモヤしていました。その答えを見つけないことには、看護師として働き続けることに納得できないタイプだったので、ずっと追いかけてきたんです。その歩みのなかで、「原形」という言葉を見つけました。

原形論とは、色々な領域で使われる考え方です。

「原形」とは、物事の本質や元の姿、また事の始まりにおいて志向した内容や、方向性を明らかにしていくときに有効となる視点です。つまり、「なりたち」や「かたち」を見ることです。

「原形」の対置した言葉は、「変形」です。ある物事が、時代や国や文化によって、さまざまに元のかたちを変えて現象する様を指します。

今の福祉や介護のあり方は、時代、国、文化によって変わっています。
しかし、時代が変わっても、国や文化が異なっても変わらない「原形」があるはずです。
それこそが「ケアの本質」です。

「ケアの本質は何か」という思考をしていくと、戻っていく場所が見えてくるので、仕事をしていても楽になるんです。

「ケア」という介護や看護の営みは人類が、特に身内の間では当たり前のように行われていた営みなので、「誰にでもできる行為」、「しなければいけない行為」でした。

しかし、ナイチンゲールによる「看護の社会化」をきっかけとして、看護は専門職業化されていきました。

専門職業化されることで、誰でも簡単に行えるものでは無くなり、身内の「ケア」とは一線を画さなければいけなくなりました。

行為を裏付ける論理を求め、その論理に従って技術を磨き、その技術が誰に対しても有効な援助となるよう体系化されたものが必要になります。そうでなければ、教育できません。

 

「福祉」と「看護」は同根である

介護も看護もともに「ケア」という単語で繋がっています。
(主にイギリスにおける)福祉と看護の発展過程を見ていきましょう。

19世紀半ばまでは、上流階級が下層階級の人たちに対して物やお金を恵む慈善事業が一般的でした。19世紀半ばになると、ナイチンゲールの提唱をふまえ、対象が2つに分かれます。1つは、福祉的な対象(健康な貧困者)、2つめは、看護的な対象(病人・老人・障害者・子ども)です。この2つのグループは、別々に分かれるまでは、一緒に収容され、1つのグループとしてケアされていました。

20世紀後半になると、3つに分かれていきます。日本も同様でした。

「貧困者へのケア」、「病人へのケア」、そしてこれまではっきりしてこなかった「自立できない老人・子ども・障害者へのケア」です。そして、そのケアを担う社会的集団が必要になったという経緯です。

金井さんは、「自立できない老人・子ども・障害者へのケア」に携わっていくのがまさに「介護」であると述べました。

福祉も看護も同根の歴史なんですよ。どちらも、社会的要請と社会の構造の変化によってケアの社会化が行われていくなかで生まれた職業なのです。だからこそ、「福祉と看護は目的を同じにして、協働していかなくてはならない」、というふうに考えています。

 

ナイチンゲールの夢とその歩み

ナイチンゲールの活動実績を見ると、看護師として活躍したのはクリミア戦争のときも含めてわずか2年半です。後半の50年間はベッド上での生活だったと言います。起き上がっては、ものを書くという生活で、多くの印刷物を残しました。

女王様に謁見したりと、ナイチンゲールの意見がかなり上層部まで届いていました。それが、看護改革、福祉改革や公衆衛生改革に繋がりました。

ナイチンゲールが病院という建築物を見直すまでは、病院は最下層の人を収容するための不潔な場所でした。そこで働くナースは、下層階級の女性が担っていて、おぞましい職業の1つと言われていたのです。そのような時代で、ナイチンゲールはヨーロッパ中の病院を訪れて、「どういう病院が良いのか」、「感染を予防するにはどうしたらいいのか」を徹底的に調査しました。
また、貧困者の実態調査にも力を入れていて、誰よりも貧困層の暮らしを知っていました。
極めつけは、2年近くに及ぶクリミア戦争の体験です。
帰ってきてからは、看護学校を作ったり、様々な活動をしていくわけです。ベッド上から人を動かし社会を変えていきます。

「これまで国民が味わったことのない第一級の看護を提供すること」。これがナイチンゲールの希望だったのです。

 

看護であることと看護でないこと

ここからは、金井さんお薦めの本、ナイチンゲール著『看護覚え書-看護であることと看護でないこと-』についてお話いただきました。

生活や環境が病気をつくる」というのが、ナイチンゲールのベースの考え方です。病気にならないためには、「生活を健康にしなければならない」、「環境を清潔にしなければならない」ということです。当時、イギリスは、感染症が蔓延し、死者が多く出ていました。この状況を打破するために、ナイチンゲールは、女性が中心となって看護を学ぶよう訴えました。

この本には、「良い看護、良いケアとは何か」、「看護の本質」等について書かれています。また『看護覚え書』には「看護であるのか?、看護でないのか?」についての問いかけと、その答えが書かれています。専門職としてその判断基準が明確に記されているのです。

序章の冒頭には「病気とは回復過程という性質をもつ。」と書かれています。

人間の体には生まれつき、常時恒常性を保つ働きがあります。多少無理しても、大体元に戻っていきます。一方で、身体のなかの維持システムが壊れていったり、外側の環境が悪かったりすると、回復のシステムが発動しても間に合わないことが起こります。そういう時に症状が出ます。

病気とは回復過程という性質をもつ。」 
その先に、看護ケアが見えてくるのです。

 

看護とは

ナイチンゲールは『看護覚え書』のなかで、看護について以下のように述べています。

「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさなどを適切に整え、これらを活かして用いること、また食事内容を適切に選択し適切にあたえること

こういったすべてを、患者の生命力の消耗を最小にするように整えること、を意味すべきである。」

生命力の消耗を最小にするように整える」という一行がなければ、ただの生活のケアで終わってしまうんですよ。ただ、「食事やお風呂のケアをしなければいけない」、「散歩に行って光を浴びせましょう」などの具体的行為をイメージして完結してしまうんです。ナイチンゲールは、ある行為が、患者さんの「生命力の消耗をきたすような行為」であってはならない、それは介護や看護にならないと説いたのです。その時の患者さん、利用者さんの状況、状態を判断できる能力が専門家の頭のなかに養われてないといけないんです。

ここはちょっと抽象的ですが、抽象度が高いから本質論になります。

 

介護の本質とは?

介護の本質を考えたとき、介護の本質は看護の本質となんら変わることはないと思っています。

医師は、生命の危機状態、細胞の乱れに対しては薬や手術などでコントロールします。看護師や介護職員には、それは出来ません。ではどうするのでしょうか。

医師にはできない、生活を整えることで体内の治癒力を高めるようにするんです。自分で生活を整えることが難しくなった人に対して、眠れなかったら眠れる環境を作り、食べられなかったら食べられる環境を作るのです。これは、「暮らしを支える」という看護・介護にしかできないテーマです。

看護師や介護職員は、生命が最期まで自然であるように、生活のあり方を工夫して創り出していく専門家なのです。

 

介護と看護の関係

介護と看護は、どのような関係性だと考えますか?
金井先生は、最初は、「介護は看護に含まれる」という考え方だったそうです。

しかし、介護概論の最初の授業で、その考え方について、福祉を学ぶ学生から「間違っている」と指摘されたそうです。その学生の意見は、以下の通りです。

「看護師は病人が対象です。一方で、福祉は子どもも、障害者もかかわるので、対象が広い。
だから、看護が介護に含まれるのだと思います。」

その意見をふまえ、金井さんは新しい関係図を考えました。

介護の独自性があり、看護の独自性もある。その共通する部分として、「生活の処方箋を描き、生活過程をととのえる実践」がある という関係図です。

今、金井さんが考えられている理想の関係図は以下の通りです。

法律が改正されたら、是非このようになってほしいです。介護福祉士も医療的ケアが少しずつ出来るようになっていますよね。段々と同一円状に近づいてきているように思います。はみ出してくるのは、看護の場合、「超急性期ケア」、介護は「ソーシャルケアワーク」ですね。

実は、驚くことに、ドイツでは、介護福祉士が看護師(老人看護師)になっています。日本もそうなって欲しいと考えていますが、なかなか制度を動かすのは難しいです。だからこそ、介護と看護が、せめて理念だけでも共有しませんか?若い人たちが力を合わせて、看護と介護を近づけるようにしてほしいと思います。

 

ケアの5つのものさし

金井さんは、ナイチンゲール思想を21世紀に引き継いで、KOMIケア理論として、体系化しています。KOMIケア理論は、看護と介護のどこの現場でも活用できます。

金井さんが作成されたケアの5つのものさしは、以下の通りです。

1.生命の維持過程(回復過程)を促進する援助

2.生命体に害となる条件・状況を作らない援助

3.生命力の消耗を最小にする援助

4.生命力の幅を広げる援助

5.持てる力・健康な力を活用し、高める援助

利用者さんや患者さんのマイナス面(課題)を探っていくときに3番のものさし(生命力の消耗を最小にする援助)を用います。「今、この方の生命力を消耗させているものは何だろうか」という視点です。消耗させている原因を見つけ、それを最小にする方法を考えて欲しいと思います。

たとえば、「歩けるのに歩かせてもらえない」というのは、すごく生命力を消耗するんですよ。「寝たきり」ほど生命力を消耗することはないのです。

4番(生命力の幅を広げる援助)と5番(持てる力・健康な力を活用し、高める援助)は、どのようなものさしでしょうか。

4番と5番は逆にプラス面を探していくときに使います。生命力の幅を広げるためには、持てる力、健康な力や残された力を活用し高める援助が必要です。「今、この方に残っている力、健康な力や持ってる力は何だろうか」と、プラス面を探っていくわけですね。私がこのものさしを作ってから、5番のものさしが最も多く現場で使われています。問題点を探すよりも残っている力を使うほうが、双方にとって幸せなんですよね。

患者や利用者の「今、持っている力は何だろうか」、「健康な力はなんだろうか」と探り、私たちがその力を活用して、看護展開や介護展開をしていくためには、何をどうすれば良いのかという目でみていくと、結果的に1番、「命の維持過程(回復過程)を促進する援助」の方向に合致していきます。生命力の消耗が最小になり、持てる力が発揮されると、生命の維持過程、回復過程を促進することに繋がっていくのです。

ぜひ、この5つのものさし、特に3番(生命力の消耗を最小にする援助)と5番(持てる力・健康な力を活用し、高める援助)をお使いになってみていただきたいなと思います。

 

“理念を形にする”実践形態

この図は、「三段重箱の発想」としてお伝えしています。

看護や介護の実践は、必ず、「ケアの理念 ケアのものさし」→「利用者の状況・ニーズ」→「実践のかたち」という順番で進んでいく実践形態をとっています。「看護とは何か」、「ケアとは何か」を頭の中で十分に学習した上で利用者さんたちを観察していきながら、必要なニーズを捉えていくことが大切です。利用者のニーズ・状況は一人ひとり異なるなかで、即時に判断することが求められるので、創意工夫が必要な仕事だと思います。「頭を柔軟にしながら、相手の残された力を見極めていく」、そういう訓練が必要だと思います。

一方で、三段重箱を反対の順番(「実践のかたち」→「利用者の状況・ニーズ」)で進めてしまうと、かたちを対象にあてはめることになり、ルーティンワークになってしまいます。

 

“快なる状態創り”とは?

身体の免疫力を高めるためには、生活の状態を快なる状態にしてく必要があります。
最後に、“快なる状態創り”の具体的な方法を教えていただきました。

1.環境を整える

  ①建物と部屋の清潔と換気を充分に!

  ②陽光をたっぷりと取り込む

2.五感からの刺激をふんだんに!

  ①花一輪、絵、笑顔、装い  

  ②声、音楽

  ③アロマの匂い       

  ④食べ物

  ⑤風、タッチング、皮膚の清潔

3.自分の居場所の中でゆったりとした気分で!

特養でも、病院の病室でも、「気持ちがいい」、「落ち着いているな」、「ここが私の居場所」と思えるような環境づくりを目指していくべきです。

 

Q &A

最後に、参加者の皆さんの質問にお答えいただきました。KAIGO LEADERS東京のざっきーが進行を務めました。

 

ざっきー:三段重箱の2段目 「利用者の状況・ニーズ」を捉える力を養うためにはどうすれば良いのでしょうか。専門職によって、「捉える力」にはムラがあるように感じています。

 

金井:ナイチンゲールも言っていますが、鍛えるのは、とにかく観察力なんですよ。その際、自分の人生観や思考の癖はなるべく取り外し、観察したものについて、看護的・介護的に解釈されなければなりません。「何を観れば良いのか」を少し踏みとどまって考える訓練をするだけで大分変わりますね。そして、もう1つは、良いケアをしていると思う人のマネをすることです。

 

ざっきー:その時、その人によって異なる“快なる状態”を見つけることは難しい場合もあると思います。先生が利用者さん、患者さんの“快なる状態”を見つける時に気にされてきたポイントや視点があれば教えてください。

 

金井:食事や入浴の時間といった定められたルーティンワークがありますよね。そのなかで仕事をするわけですが、そこにどうしても合わない人がいますよね?その時が勝負なんですよ。その時に、「どうしたんだろう?」「何をしたいんだろう?」と考えるのです。

その後は、提案をしてみます。「音楽を聴いてみましょうか?」とか、「少し散歩に行きませんか?」等。すると意外と乗ってくださることが多いです。

快なる状態を創るというのは、頭の中にどれだけ引き出しがあるかが重要です。ナイチンゲールも言ってますが、変化はこちらが与えるものなんです。小さな変化を与え、それが合致した時に相手が変わるのです。本当に小さくて良いです。

ざっきー:良いケアの定義についてです。利用者(患者)の満足度と良いケアは必ずしも、イコールにならない場合もあると考えてよろしいのでしょうか。

 

金井:仰るように、良いケアが満足度には繋がらないのです。反対に、患者満足度が高いケアは必ず良いケアですよ。

私は、患者のプラスの変化が良いケアだと考えています。良いケアをした時は、必ず変化するんですよね。

 

「良いケアって何だろう?」そのヒントがきっと見つかったと思います。
「利用者を観察する視点をほんの少し意識する」
「利用者にほんの小さな変化を起こしてみる」
少しずつで実践に取り入れていきたいですね!

ゲストプロフィール

金井 一薫 (Kanai Hitoe)
ナイチンゲール看護研究所・所長
徳島文理大学大学院看護学研究科・教授 / 東京有明医療大学看護学部・名誉教授

1969年、東京大学医学部附属看護学校卒業。その後、東京大学医学部附属病院に看護師として勤務。
「ナイチンゲール書簡集」を読んだことがきっかけで、慶応義塾大学文学部に入学、臨床の傍らナイチンゲールの研究を始める。
1987年、ナイチンゲール看護研究所を設立。当時は社会福祉分野での教育や看護師向けセミナーを中心に活動。
2019年まで、特定非営利活動法人・ナイチンゲールKOMIケア学会理事長として、「KOMIケア理論」を確立し、多くの臨床現場で活かされている。現在は、看護師や介護福祉士の卒業後教育に力を入れ、全国各地において講師を務めるほか、ナイチンゲール看護研究所において研修・研究会を主宰している。
著書に、新版・ナイチンゲール看護論・入門―『看護覚え書』を現代の視点で読む―などがある。

開催概要 

日時:2020年8月8日(土) 19:00~21:30
場所:オンライン(Zoom配信)

PRESENTについて

2025年に向け、私たちは何を学び、どんな力を身につけ、どんな姿で迎えたいか。そんな問いから生まれた“欲張りな学びの場”「PRESENT」。「live in the present(今を生きる)」という私たちの意志のもと、私たちが私たちなりに日本の未来を考え、学びたいテーマをもとに素敵な講師をお招きし、一緒に考え対話し繋がるご褒美(プレゼント)のような学びの場です。
次回のPRESENTはこちら!
安斎勇樹 介護の当たり前を問い直す〜現場を変える、問いのデザイン〜

この記事を書いた人

森近 恵梨子 Eriko Morichika
twitter/note

株式会社Blanketライター/プロジェクトマネージャー
社会福祉士/介護福祉士/介護支援専門員

介護深堀り工事現場監督(自称)。正真正銘の介護オタク。温泉が湧き出るまで、介護を深く掘り続けます。

フリーランス 介護職員&ライター&講師。


パートナー一覧 PARTNERS

  • 社会福祉法人優心会
  • リジョブ介護
  • 株式会社L.S.I
  • 社会福祉法人慶生会
  • NPO法人 グレースケア
  • ウェルモ株式会社
  • カイゴトーク
  • 株式会社メグラス