
20代からリーダーになった中で重ねた失敗。「完璧ではない」からこそ、見えた景色(介護リーダーの仕事術♯06イベントレポート)

「リーダーやってみない?」と言われたとき、あなたはどう感じるでしょうか。
不安、緊張、ドキドキ……もしくは、「やってみたい!」と感じる人もいるかもしれません。
KAIGO LEADERS LAB.が実施したアンケート調査によると、「チームリーダー等の役職に就きたいと思いますか?」の質問に「就きたい」と答えた人は32%でした。しかし一方で、リーダー職の人に「リーダー職に就いて良かったですか?」との質問には、「就いてよかった」との回答が83%を占めました。
リーダー職は現場をより良くしたり、利用者・入居者の想いに寄り添えたり、キャリアアップの一歩ではあるものの、「大変そう」というイメージや「自分ができるのか自信がない」といった不安の声もあります。
そこで、KAIGO LEADERSでは介護現場で活躍するリーダーなどをお招きし、「介護リーダーの仕事術」と称してリーダーの仕事術・在り方をシェアするイベントを行っています。
「リーダーは、完璧じゃなくていい」
2024年12月4日(水)に開催された第6回のゲスト、社会福祉法人ジー・ケー社会貢献会 グルメ杵屋社会貢献の家の理事・施設長の田中 綾さんは、イベントでそう語りました。
田中さんは学生時代、レストランチェーンを展開する株式会社グルメ杵屋レストランの上場記念として設立されることになった社会福祉法人の設立準備室に誘われ、立ち上げから参画。特別養護老人ホーム「社会貢献の家」のオープンに携わります。田中さんも相談員として従事し、開設当初はスタッフのほとんどが業界未経験だったそう。組織体系も発展途上の中で、20代で部長職、30代で理事・施設長の経営職に就きます。
20代の頃は失敗も多かったという田中さんが、これまでの歩みの中で見出してきた仕事術を明かします。今まさにリーダーを務め、悩んでいる福祉・介護職員、リーダー職に就くことに不安がある方へ必見の学びをお届けします。
20代からリーダーに。「なんでも自分で」と気負っていた
秋本:第6回「介護リーダーの仕事術」のゲストは、社会福祉法人ジー・ケー社会貢献会 グルメ杵屋社会貢献の家の理事・施設長の田中 綾さんです。
法人立ち上げから携わり、その後は相談員として従事し、20代で部長職、30代で理事・施設長に就かれました。キャリアの早い段階からリーダーを任されていましたが、いかがでしたか?
田中さん:振り返ると、20代のときは「私がリーダーだ!」とすごく気負っていましたね。目指す方向への熱意が私とスタッフで異なり、衝突や葛藤も多かった。いろんな失敗を重ねてきて、今の私があります。
秋本:そもそもどのような経緯でリーダーを任されるようになったのでしょうか?
田中さん:私が部長職を打診された理由は2つあり、1つ目は法人立ち上げから携わっていたので法人全体の仕組みや組織を把握していたから。そして2つ目は、社内外スタッフとの関わりが多かったことが理由です。
というのも、施設開設当初は業界未経験スタッフも多く、法人内で何か疑問が生まれても解決することが難しかった時期がありました。なので私が外部の交流会や集まりに参加し、福祉・介護業界の先輩方から教えてもらったことを施設内で発信する役割を担っていたんですね。
秋本:すると、自然とリーダー的な立ち位置だったのですね。
田中さん:仰る通りです。そんな私を見ていた施設長から「田中さん、リーダーやってみない?」と言われ、「じゃあ」という形で部長職に就きました。最初は部長という役職に対して「何をするのだろう」と思っていました。なので「なんでも自分でできなければならない」という気持ちが強かったんですよね。
「任せる」の輪を広げる中での葛藤と、気づいたこと
秋本:気負ってしまう気持ち、とてもわかります。頑張りたいという熱量や責任もある一方で、とはいえ周りを頼らないと仕事も進まない……バランスが難しいですよね。
田中さん:今思えば、「なんでも自分一人でやろうとしていたこと」は失敗の1つです。自ら動かなければ目指すケアに辿り着けないと思い、「任せる」と言いつつ全部自分で仕切っていました。介護のことに限らず、経理の伝票、人事関連の手続き、あらゆる記録の最終チェックを自分がしないと気が済まなかったんです。
秋本:考えただけでも、膨大な仕事量になりそうですね。
田中さん:まさにです。結局すべて私がいないと完了しなくなり、一つひとつのスピード感が落ちてしまいました。プライベートを省みず働いても仕事が回らなくて……。
当時のパートナーとの約束を何度も何度もリスケし、「そんなに仕事があるわけないでしょ」と言われ、うまくいかなったというプライベートでの失敗もありました。
秋本:そのようなご経験もあったのですね。「なんでも自分で」というフェーズから周りを頼れるようになったのはどういった変化があったのですか?
田中さん:任せないと進まない段階になってから、ようやく頼ることができるようになりました。そもそも私は、「自分でやりたい」と言う割に何でも卒なくこなせるタイプではなくて。自分の手から仕事が零れ落ちてしまったり、完遂できなかったりすることが増え、それを周りのスタッフがフォローしてくれていたことにようやく気がつきました。
秋本:その気づきはとても大きいですね。
田中さん:そのことに気がつけたのは、リーダーになり施設外の人と話す機会が増えたことでした。外部の方と施設のことや仕事のことを話すうちに、自分を客観視できて自分が周りの人に支えられていることを実感したんです。仲間がいる中で働いているんだという意識が芽生えたおかげで、真の意味での「任せる」を実行できるようになりましたね。
秋本さん:第三者に話すと、ふと冷静になって「そういえば自分が抱え込んでいただけだ」と気がついた経験が私にもあります。現場を離れる機会が、振り返る機会になったと。
田中さん:そうなんです。まずは、私が目指すケアの在り方を理解してくれていて、対話数も多い信頼できる人から徐々に頼り始めました。このスタッフに任せられたら次の人に任せてみる、と私自身も周りを頼る練習をしていきましたね。
任せるの輪を少しずつ広げていくと時間の余裕が生まれ、「こんなにも自分のことができるようになるんだ!」と驚きました。周りを頼ることで私自身も切羽詰まった状況から解放され、新しいチャレンジに向かえるようになったんです。
次のリーダーを育てる要は、「挑戦」と「失敗」
秋本:リーダーの中には、「自分が対応するほうが質が高くスピードも早いから、任せたいけど任せきれない」という葛藤を抱えている方もいるかと思います。田中さんは、そのようなもどかしさをどう乗り越えていきましたか?
田中さん:すごくよく分かりますし、私も乗り越えるには時間がかかりました。
ただ最近思うのは、リーダーを育成するためには「失敗してもらうこと」がとても重要だということ。そのために、当施設ではチャレンジした数にKPIを設定しているんです。
秋本:「チャレンジした数」に目標数値があるのですか?
田中さん:はい。チャレンジしたあとの「できた」「できなかった」を一旦は問わず、一歩踏み出せた数に毎月目標を立てています。
秋本:チャレンジの内容に関しては、決まりがあるのでしょうか?
田中さん:最終的なケアの目標に紐づくものであれば、どんなチャレンジでもOKです。例えば、休憩時間を確保するために工夫をするとか、食堂の椅子をコミュニケーションが広がる形に配置し直すとか。
最初のうちは、ほとんどのスタッフが目標数値を達成できなくて。そこで、どうして一歩踏み出せないのかを聞くと「失敗するのが怖い」「失敗したらダメだと思う」と言うんです。
「失敗したら誰がダメだと言うの?」と聞いてみると「……誰っていうのはいないけど」となる。「じゃあ、一度やってみよう!」と声をかけると今度は「でも、他のスタッフや利用者・入居者に迷惑がかかる」と。
秋本:いろいろな理由を挙げて、尻込みしてしまってますね。
田中さん:もし、利用者や入居者に深刻な迷惑がかかるのであれば、気づいた時点で私も周りのスタッフも止めに入ることができます。「最後の責任は私がとるから!」と勢いづけることで、徐々にチャレンジ数は増えていきました。
リーダーになる人は、成功も失敗も経験しているはず。チャレンジして失敗してみる、その経験が次のリーダーを育ててくれます。逆を言えば、任せて失敗を経験しないと次のリーダーは現れませんし、頼れる仲間も増えていかないように思いますね。
秋本:チームとしても組織としても、失敗を残念なことにしないのが肝だと感じます。「失敗は成長できるチャンスだ」とのマインドがリーダーには必要だと思いますし、そもそもいきなり成功することってほとんどないですもんね。
田中さん:そうなんです。すべてが成功じゃなかったとしても、「チャレンジしても良い環境なんだ」と感じてもらうことが大切です。人の行動も気持ちも動いていないところには何も生まれませんし、現状維持すらもできません。
……そうそう、1つ思い出しました。これも失敗から得た教訓ですが、私はどんなときもご機嫌であることを心がけるようにしています。
秋本:ご機嫌ですか?
田中さん:はい。頑張っていると自然と身体が強張り、表情も硬くなってしまいます。かつて「田中さんは怖くて話せない」「怒っているかと思って相談できませんでした」と言われ、ショックを受けたことがあります。確かに、硬い表情の人には話しかけづらい。自分が思う以上に楽しく、ご機嫌であることを意識しています。
スタッフ、関係者、そして自分にも、興味を持ち続ける
秋本:先ほど、「チャレンジして失敗してみることが大切」というお話がありました。ときには「なんでそうなっちゃったの!?」という自分の考えや価値観と反して、ついイライラしてしまうことってありませんか?
田中さん:もちろんあります(笑)。でも私は、人間なのでイライラしても良いと思うんですよ。一番大切なのは、ケアの目標を達成すること。そのために、ときには相手を叱ることや痛いところをつくのもリーダーの仕事の1つです。せっかく同じ職場になった大切な仲間に対して何も言わないのは、意図せず無視しているのと同じ。
もちろん、自分の感情をそのままぶつけたら対話にはなりません。気持ちのコントロールはチームメンバー以上に気を遣うことも大切ですが、なんでも「いいよいいよ」と受け入れすぎてしまわなくても良いと思います。
秋本さん:ともに現場を作る仲間として接し、コミュニケーションをとることが大切ですよね。
ところで、福祉・介護業界は女性スタッフが約7割を占めているのですが、女性管理職に関してはまだまだ伸びしろがあります。田中さんは、女性が管理職になることをどうお考えですか?
田中さん:役職だけがキャリアじゃないと考えています。働くスタッフ一人ひとりが「どうありたいか」が、役職よりも先にあります。
例えば、当施設には「施設長補佐」を務めてくれている方がいるのですが、最初は彼女に「副施設長をお願いできないかな」と打診したんです。ですが彼女は、「私はスタッフと施設長を繋ぐ役割を担いたいけど、副施設長になりたいわけじゃない」と言ったんですね。そんな彼女の気持ちを汲み、新たに「施設長補佐」という役割を設けました。
秋本さん:素晴らしい柔軟性です。
田中さん:特に女性は、役職に就くことやリーダーになることを遠慮してしまう方が多いと思いますし、子育てや家庭とのバランスもあります。しかし、それは女性に限った話ではありません。性差関係なく、そういう役割を担ってほしい、適任だと感じるならまずは本人と話して双方の希望を伝えることが重要だと思いますね。
秋本さん:本日は貴重なお話をありがとうございます。最後に、現場で奮闘するリーダーたちへメッセージをお願いします。
田中さん:私は理事・施設長として、興味関心をなくさないことを大切にしています。それは、利用者、入居者、一緒に働くメンバー、仕事に関係する方々、そして自分自身も含めて。無関心であることは、人の動きも思考も止めてしまいます。今日話しているなかで、私自身も自分の職場を大切に思っていることを改めて実感しました。
リーダーは、ひとりで何もかもを背負いこまなくて良いですし、完璧でなくてもいい。それを私に気づかせてくれたのが、小林りんさん著「不完全なリーダーが、意外と強い。」(KADOKAWA刊)という本です。もし良ければ、ぜひ一度読んでみてください。本日はありがとうございました!
ゲストプロフィール
田中 綾(たなか あや)
社会福祉法人ジー・ケー社会貢献会 理事
グルメ杵屋社会貢献の家 施設長
大学在学中に、上場記念事業として社会福祉法人を設立する予定という株式会社より設立。準備室へ誘いを受ける。1年半の設立準備を経て、同法人の特別養護老人ホームの相談員に従事。学生時代は言語聴覚士を目指していたため、落ち着いたら大学で学び直そう、と考えていたが、いまだ同じ職場にて従事中。法人内では部長職などのチームリーダーを経験後、30代で理事・施設長の経営職となる。この経験を活かし、40代では社外取締役を経験。福祉・介護の常識の流れだけではない独自のケアを展開してきた。その視点は介護側の都合でなく、生活者主体であること。この経験を講義、講演や共著などを通じて発信している。
開催概要
日時:2024年12月4日(水) 20:00〜21:30(Zoom開場19:55)
場所:オンライン(Zoom配信)