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イベントレポート

介護はここまで来ている!IT・テクノロジーの導入、アウトカムの見える化でつくり出される介護現場の最前線。(PRESENT_ 22 松村昌哉)

ロボットスーツ、AI、ICT…。
少しずつ介護現場にもIT・テクノロジー分野のキーワードが聞こえてくるようになりました。

一方で、まだまだIT化が進んでおらず、手書きの記録、FAXなどの非効率な業務に時間が奪われ、利用者と関わる時間が制限されてしまう現状もしばしば。
また、導入されてもうまく活用できずに使われなくなってしまう…なんてことも。

2019年12月22日に開催されたPRESENT_22のゲストにお迎えしたのは、社会福祉法人善光会サンタフェ総合研究所 所長 松村昌哉さん。サンタフェ総合研究所は、法人内にある介護ロボットの研究室であり、IT機器の実証実験を行ってきました。

『日本で一番スマート化した特養の実践に学ぶ介護現場のIT・テクノロジーの最前線』

このタイトルで催されたPRESENT_22は、善光会の介護現場への数多くの導入・実践事例を元に、介護現場のこれからのあり方について、考えていく機会となりました。

テーマの影響でしょうか。参加者は圧倒的に男性が多かったです(笑)

常に先端技術を取り入れられる背景:理念とビジョン

「皆さんが現在抱えている課題解決のヒントになるようなお話になれば、嬉しいなと思います」
このような言葉とともに、松村さんのお話がスタートしました。

善光会は、平成17年12月7日に設立されました。現在は、特養・老健・障害者支援からなる国内最大級の複合福祉施設サンタフェ ガーデンヒルズをはじめ大田区を中心に7拠点を展開しています。

理念は、

オペレーションの模範となる

業界の行く末を担う先導者となる

ビジョン(理念を実現するために必要なこと)は、

・諦めない介護

・先進技術と科学的方法を用いたオペレーション

・革新的チャレンジによる安定経営基盤

・創造性とチームワーク

これらの理念やビジョンを職員に浸透させるための教育に力を入れているとのこと。

設立当初から現在まで常に“新しい考え”や“技術”を積極的に取り入れ続けてきた善光会。そのような取り組みを実施するには、これらの理念・ビジョンを浸透させ、基盤をしっかり構築することが欠かせないのでしょう。

どのような介護ロボット・先端技術を導入しているのか?

先端技術の導入についてですが、設備面や組織面の両方、ソフトもハードも先端技術を取り入れてきました。

具体的には、どのような介護ロボット・先端技術を導入しているのでしょうか。

善光会では、日本で初めてウイルス除去・除菌・消臭等の働きを持つ二酸化塩素を機械的に発生させる空間除菌装置『リスパス®』を全施設に導入しています。
これによって、インフルエンザの発生率が低くなったり、においが軽減されています。

また、認知症ケアの一貫として、『ブライトケア照明装置』を一部施設で導入し、時間帯によって光の強さや色を自動調整しています。

その他、導入している介護ロボット・先端技術は次の通りです。

「セグウェイに乗って介護」

かなり羨ましいですね!近い将来スタンダードになるかもしれません。

実際に、いままで約120の機器等をトライアルし、使えるかどうかテストしているとのことです。例え、使えないと判断された場合も、改善点を見つけ、メーカーにフィードバックすることを繰り返しているそうです。その結果、今では約20種類を施設で正式に運用しているとのこと。

ハイブリッド特別養護老人ホームプロジェクト

善光会では、介護職員の業務負担25%削減を目標に、特別養護老人ホームの特定ユニットにおいて改善活動と介護ロボット機器の集中的導入を実施する『ハイブリッド特養』プロジェクトを実施しています。(現在、既に目標は達成しているとのことです。)

業務負担25%削減については、どのように測定したのでしょうか。

ストップウォッチで各介護業務にかかる時間を計測し、日々分析しています。分析の結果、さまざまな介護業務があるなかで、実は特定の業務に時間が集中していることがわかりました。その業務を中心に、詳細計画を定め、ムリ・ムダ・ムラを無くす改善活動を実施しています。

「介護職員の負担を減らしたい!」という想いで、さまざまな取り組みをおこなっている介護事業所・施設は多いと思います。その一方で、目標設定や効果測定が曖昧であることがほとんどではないでしょうか。

善光会のように、数値化することで、改善すべき点や成果が明確となり、効果の出やすさにつながったり、職員のモチベーション向上にもつながるのですね。

よく人員配置について聞かれるのですが、2019年の配置比率は、2.79と高いです。(全国平均は2.0)。しかし、提供サービスは1つも減らしていません。むしろ、配置は少なくしながらも、サービスを増やし、ケアの質を高めることができました。さらに、人件費やコストの削減にもつながっています。

介護保険制度を持続可能な制度にするためには、より少ない配置でより質の高い介護サービスを提供していくことが求められます。

仮に、全国の特別養護老人ホームの人員配置比率を2.7程度に高めれば、社会全体で約2,000億円の効果が期待されます。

介護人材不足問題の解決にもつながり、社会的インパクトがとても大きいですね。

介護ロボット導入による改善の具体例

次に、介護ロボット導入による改善の具体例についてお話してくださいました。

導入した介護ロボットの例として挙がったのは、「眠りSCAN」です。「眠りSCAN」は、マットレスの下に設置したセンサにより、体動(寝返り、呼吸、心拍など)を測定し、睡眠状態を把握します。センサで得られた入居者の状態を、パソコンや携帯端末でリアルタイムに確認することができます。

善光会では、データに基づく介護提供を重視しています。そして、顧客起点で成果を重視します。

具体的なプロセスは、

①眠りSCANデータから仮説の設定②現場が考え、現場で行動する③行動結果の検証(仮説の検証)④情報の蓄積とマニュアル化

です。

具体的には、どのような効果があったのでしょうか。

1つめは、サービスの質の向上です。日中昼寝をしないようにお客様に働きかけることで、睡眠効率が51%から81%にアップしたことがわかりました。それだけでなく、自分から車椅子へ移乗するようになったり、食事介助に要する時間が1時間から30分に短縮され、食欲も増えて残さず食べるようになったのです。

その他、眠りSCANがあることで、現場でお客様の体調変化に気づくことが圧倒的に増えました。いままでお客様のことが見えているようで見えていなかったということを実感しました。データを見ることで職員同士が議論しやすくもなりました。

「よく眠れているのか」ということは数値化できるのですね。ケアの根拠になるので有益な情報です。

2つめは、職員の負担軽減です。眠りSCAN導入により、就寝中の状況を知ることができ、訪室タイミングの調整や、ナースコールへの対応がスムーズ化しました。さらに、提供ケアの効果を実感することで職員のモチベーション が向上していることもアンケートで明らかになりました。職員のモチベーションが向上することで、パフォーマンスの向上や離職率増加の防止にもつながっています。

ケアの成果が明確化されないモヤモヤは確かに強く感じます。モチベーションが上がることは間違いないですね。

介護の仕事はストレスフルな仕事だと社会から認識されています。しかし、圧倒的に業務時間が長いわけでもなく、緊張時間が長いわけでもないです。賃金は若干低いですが、他の業種と圧倒的に違うところとして、アウトカム(成果)のわかりにくさがあるのかなと考えています。例えば、営業の仕事だと、売上で判断できたりしますが、介護はそれと比べるとやりがいが見出しにくいですよね。だからこそ、アウトカムを算出可能なものにすることはとても重要だと考えています。

介護ロボットを使いこなすために必要なこと

介護ロボットを効果的に導入するためのポイントについて、松村さんはこのように語ります。

1つポイントとなるのは、「介護現場」、「施設管理者」その他さまざまなステークホルダーの異なる価値観を、合わせていくことです。例えば、管理者は「コスト」や、「発信性(いかにPRになるか)」という視点を重視しがちですが、一方で、現場職員は「安全性」、「使いやすさ」やその機器がいかに利用者のQOLを向上するかといったところに関心がいくと思います。さらに、介護現場のなかにも、安全性を重視する職員もいれば、利用者がいかに楽しめるかを重視する職員もいます。

このように、さまざまな価値観があるなかでは、1つのプロジェクトにおいて優先すべき目的を設定することが重要なことだと考えています。

2つめのポイントは次のように紹介してくださいました。

日々のオペレーションを固定したまま介護ロボットを導入するとうまくいかないのです。導入をきっかけに、オペレーションを柔軟に改めて構築していくべきです。職員の出勤時間や利用者の起床や食事の時間等も必要があれば変えていくべきです。

使えるツールが変われば、オペレーションは必ず変わるはずです。それを変えずに導入してしまうと、オペレーションに合わなくてツールを使えず、倉庫に眠らせてしまうことになるのです。 これは介護ロボットに限らない話です。

ここで、会場の皆さんがグループワークをおこないました。

テーマは、「ご自身の現場で、生産性の向上や改善したいオペレーションは?」です。

皆さんの想いが溢れていました。それらのオペレーションが改善されるきっかけに、このPRESENT_22がなっていたら嬉しいです。

後半は、「善光会が実現させたい介護現場」についてお話してくださいました。

社会全体への展開

善光会サンタフェ総合研究所は、次世代人材育成事業にも取り組んでいます。今後、介護士に求められることについて考えをまとめ、スマート介護士という資格を創設しました。AIやIoTといった新しい技術や機器に柔軟に対応し、高品質、かつ効率的な介護・オペレーションを創造していく、これからの介護士を育成すべく、4つのレベルを設定して講義や資格試験事業を実施しています。

善光会は、これからの介護士に求められることとして、「創造性」と「柔軟性」を挙げています。

また、善光会では、介護の質と生産性の向上を図るために、介護に関するデータを統一的に取得し、解析するとともに、介護現場にとってわかりやすく表示する「スマート介護プラットフォーム(SCOP)」を開発しています。

SCOPは、被介護者と介護者だけでなく、ご家族や介護ロボットメーカーといった、介護サービスに関わる全ての方の情報格差をなくすことで、すべての人のニーズを洗い出し、介護の質と生産性の向上を実現します。

また、介護職員が通常業務を行う中で、SCOPの各アプリケーションはさまざまな情報を取得できます。それらを集約し、分析することでお客様のアウトカムを自動でスコアリング(算出)してくれる機能もあるそうです。

介護アウトカムの項目として、「健康」「自立」「快適性」「社会参加」「安全性」等を設定しています。それぞれ重要視するポイントは人や施設によって異なり、ある程度価値観に左右されることもありますが、これら5項目は日本の社会が介護サービスに求める要素だと考えています。これらを単にスコアリングするだけでなく、ケアの改善に活用したり、お客様が事業所を選ぶ際に使ったり、施設長が職員の評価をするのに使ったり等色々な使い方があります。アウトカムこそが介護業界を飛躍的に良くすると考え、現在構築しています。

善光会は、1つの施設にてサービスの質の向上や業務負担軽減の働きかけをするだけでなく、それを法人内の他の施設に展開しています。その上、さまざまな機関と連携し、スマート介護士資格の創設や、SCOPの開発など、社会全体へ働きかける取り組みをスタートさせています。

これらのプロジェクトを通じて、介護保険を持続可能なものにし、介護事業の発展に貢献していく方針を掲げていました。介護業界全体に大きな良い変化をもたらすビジョンが明確で、聞いていてとてもワクワクしました。

そして、松村さんの話をふまえ、会場の皆さんと「今後の介護職員に必要なスキルや知識とは?」というテーマでグループワークをおこないました。

Q &Aコーナー

プログラムの最後は、質疑応答の時間。会場から頂いた質問をまとめ、ファシリテーターの秋本から質問をさせていただきました。

秋本:新しいものを導入するハードルは高いですよね。導入しても定着しないこともあります。年齢の差だったり、職員の意識の差だったり、さまざまな勤務形態等があるなかで、理解力の差が物理的に生じると思います。善光会では、導入する時に、目標と導入目的を定めるというお話がありましたが、定着するところまで、どのようなプロセスで取り組まれていますか?また、どのくらいの期間を要して実施しているのでしょうか。

松村:さきほどの導入目的の設定というのは、一部のフロアでしか実施していません。そのなかで、使いやすいものと使いにくいものをふるいに分けていて、「どのようなお客様がいたら使える」とか、「どのような課題があったら使える」というのを明確にハイブリッドプロジェクトのなかで精査しています。

秋本:まず1つのフロアが実施するのですか?

松村:そうですね。それをふまえて、ハイブリッドプロジェクトのレポートというのを各施設に共有しています。各施設で課題を解消していきたい事例が発生したら、そのレポートのアウトプットをみて導入するツールを決める、という流れです。

さらに、施設によって年齢構成やマネジャーの気質、風土が変わっていますので、それぞれに合わせた導入方法で進めていきます。

例えば、

「何も説明しないで、一旦フロアの目立つところに機器を置き、自由に使ってくださいと書いておくだけでスムーズに導入できる施設」

「導入1ヶ月前にマネジャーよりマニュアルを配ってから機器を導入した方がいい施設」

等、様々です。

秋本:導入しはじめた頃はどのようにコミュニケーションをとればいいのでしょうか?

松村:基本的に、私たちの組織内では、「介護業界の今後の環境変化において、私たちがどうなっていくのか」 というテーマの研修等を全職員対象に繰り返し実施しています。未来の介護職員の数、介護報酬の単位数、そして職員の給与がどのように推移して、物価がこのくらいになるといった予測データを共有することで、危機感をそれぞれが持ち、何に取り組むかを明確化し、皆で努力しています。

秋本:全社員向けに研修をするのは大変ですね。

松村:法人の全社員でやるのはすごく大変だと思うのですが、まずは皆さんの周りの少人数から出来ると思います。職員不足のデータを共有し、それを参考にディスカッションするだけでも良いと思います。

秋本:始めやすい導入の一歩や切り口を教えてください。

松村:一番最初は、iPhoneとヘッドセットを導入し、LINEのグループ通話から始めたんです。そういったところから、抵抗感を減らしていきました。

秋本:社内のコミュニケーションツールから変えていったのですね。
様々なツールをご覧になってきた松村さんは、現在、どのようなツールが欲しいとお考えですか?

松村:食事介助で使用できるツールが欲しいですね。食事介助を物理的にサポートするものだけではなく、その方の食事に関する身体機能を測定し、(例えば、「食事の際、ひじをどれくらいあげるのか」、「足の位置はどうなのか」といった) 職員にアドバイスをくれるようなツールが欲しいですね。それに合わせて、介助できるロボティクスや変化する車いす等もあれば良いですね。

秋本:「介護のアウトカムの重要性」についてお話がありましたが、介護のアウトカムが明確に見える化した時に、松村さん自身は業界がどのように変化するとお考えでしょうか。

松村:まず、適当な介護サービスをしているプレイヤーは淘汰されるというのは間違いないことだと思います。あとは、画一的に正しい価値観が生まれてくるというより、健康方面に意識が強い介護サービスとか、自立方面に強い介護サービスとか、社会参加方面に強いサービスといった様に、それぞれの介護サービスの価値観が見える化することにもなりますので、受けたいサービスが受けやすくなる未来がやってくると思います。

秋本:ビジョンをお話いただいたと思うのですが、松村さん自身が目指していること、加えて、会場の皆さんに最後にメッセージをいただけたらと思います。

松村:現在もそうですし、今後もそうですが、解決することがとても難しい課題がたくさんあります。いま、私たち1人ひとりがやらなくてはいけないことは、1人で全てを解決することは無理なので、1人ひとりができることは何なのかを考えながら、勉強したり、行動したり、仲間をつくったりということをしていければいいのかなと思います。

私自身も、そのような考えのもと、色々なツールや事業を開発したり、運営をすすめております。皆さんも今後、是非そういった姿勢で取り組んでいただければ、すごく嬉しいなと思っております。

 

最後に、背中を押してもらえるメッセージをいただきました。課題に対して、1人ひとりができる範囲でアクションを重ねていけば、どんな課題も解決されるのではないか。そんな可能性を強く感じる時間でした。

ゲストプロフィール


松村 昌哉(まつむら まさや)
社会福祉法人 善光会 サンタフェ総合研究所所長

2012年社会福祉法人善光会入社後、事業戦略室にてマーケティングに基づく経営改善戦略策定及び新規プロジェクトの推進を行ってきた。
2013年介護ロボット研究室設立時より研究・導入~実証まで携わる。
2016年特別養護老人ホームフロース東糀谷の副施設長。
2017年介護老人保険施設アクア東糀谷施設長。
2017年10月設立した「サンタフェ総合研究所」所長。
各種コンサルティングサービスや介護業務支援システム”SCOP”、”スマート介護士”資格を業界に提供している。

開催概要

日時:2019年12月 22日(日)18:30~21:30

会場:株式会社リジョブ 本社オフィス(東京)

名古屋(オンライン中継会場)
会場:Midland Incubators House

富山(オンライン中継会場)
会場:MUROYA

PRESENTについて

2025年に向け、私たちは何を学び、どんな力を身につけ、どんな姿で迎えたいか。そんな問いから生まれた“欲張りな学びの場”「PRESENT」。

「live in the present(今を生きる)」という私たちの意志のもと、私たちが私たちなりに日本の未来を考え、学びたいテーマをもとに素敵な講師をお招きし、一緒に考え対話し繋がるご褒美(プレゼント)のような学びの場です。

 

この記事を書いた人

森近 恵梨子

森近 恵梨子Eriko Morichika

株式会社Blanketライター/プロジェクトマネージャー/社会福祉士/介護福祉士/介護支援専門員

介護深堀り工事現場監督(自称)。正真正銘の介護オタク。温泉が湧き出るまで、介護を深く掘り続けます。
フリーランス 介護職員&ライター&講師。

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