“当たり前の選択肢”をもっと。5年の葛藤から見えた利用者と介護職の関係性のあり方
マイプロピッチ2020~あなたの一歩で、未来を描け。~後編レポート
「こんな選択肢があれば、現場がもっと良い環境になるのに」
「せっかくやりたいことがあって現場で働いてるのに、今の環境ではなかなか実現できない」
日々の仕事をしている中で、こんなことを思ったことはありませんか?
現場で働くからこそ感じる違和感や「もっとこうなればいいのに」というもやもや。
イベントレポート後編では、2つ目のテーマである「現場を変える未来への一歩」について発表していただいたOB・OG3名の取り組みを紹介します。
(→イベントレポート前編はこちら)
介護福祉士、施設管理者、そして大学研究員。
3人それぞれの特性から生まれたマイプロジェクトは、明日から日々現場で抱いている違和感を解決するヒントがあるかもしれません。
5年間の葛藤から見えた、利用者と介護職の関係性とは?
「こうじゃないんだけどな…。なんだろう…」
この気持ちを具体的にマイプロジェクトへ変換するまでに5年を要したという介護福祉士の佐藤さん。
その気持ちは、「介護職と利用者の関係性」についてでした。
“よく、介護職と利用者さんとの関係性を表すために使われる矢印を使った図式があると思うんですが、双方向に矢印が引いてあることが多いですよね。あれがなんだか私は腹落ちしなくて。お互いに消費し合って何も生み出せていないように感じてしまったんです。この関係性を打破することで介護をする側も受ける側も可能性が広がっていくと思うんです。”
介護は「人対人」の仕事であり、個別性が高いからこそ、利用者と介護職の間で完結するのではなく社会の一員として循環していける関係性を目指すことが、利用者と介護職とをつなぐものをよりよくできるのではないかと、佐藤さんは考えていました。
「同じ方向を向いた関係性」。これが、佐藤さんが福祉に携わる上で腹落ちできる関係性でした。
そこで佐藤さんが取り組んだマイプロジェクトは「利用者と介護職が同じ方向を向いた関係性を築ける環境づくり」。
この関係性を目指すことで、介護にまつわる様々な課題を解決することにもつながっていると仮説を立ててマイプロを続けています。
佐藤さんが現在働い散るのは、東京都町田市にあるDAYS BLG!という「はたらきたい」「仲間がほしい」「社会とつながっていたい」といった思いをカタチにする場を目指したデイサービス。
そこで、メンバー(利用者)が有償ボランティアを通して、社会とメンバー同士、そして介護職員との信頼関係の構築を目指しています。
そしてその関係性構築の実現のために、「介護施設の利用時間に有償ボランティアへ参加することが当たり前の選択肢になる」ことを目標に掲げ、仕事をしています。
→DAYS BLG!についてはこちら
さらにDAYS BLG!で働く傍ら、佐藤さんは自ら株式会社を設立。そこでのプロジェクト「ななしょくプロジェクト」では、セブンイレブンと協働で事業を展開。デイサービスの利用中に、利用者の方がセブンイレブンへ働きに行くプロジェクトです。
佐藤さんはDAYS BLG!やご自身の会社での仕事を通じて、「同じ方向を向いた関係性」が、どこでも当たり前に選択肢のひとつとして含まれる社会を目指しています。
このマイプロに行きつくまでに5年を要した佐藤さん。「今、もやもやが言葉にできていなくても、いつかは絶対にハマる時が来ます」とお話されていました。
さらに、「同じ方向を向いた関係性」は、介護だけではなく、マイプロに取り組む際にも大切な関係性であるとお話ししてくれました。
“マイプロを通して同じ方向を向いて、いつも前に進んでいる仲間に出会い、刺激を受けることができました。だからこそ、今の私はマイプロに取り組めているんだと思います。同じ方向を向いた関係性は介護だけではなくて、マイプロなどの全ての人間関係の中で必要だなと、実感しています。”
「家で暮らすように楽しく」若手管理者が挑む介護施設の“家”への転換
介護現場で約10年間働き、現在は有料老人ホームの管理者を務める山本さん。
働く中で「介護現場は本当に変えられないのか?」と疑問を抱くようになりました。
山本さんが仕事を通して目指すのは「介護施設も誰かにとって暮らしを楽しめる“家”として選ばれるようになる」こと。
”家”という表現には、山本さんが育った環境が背景にあります。
神奈川県三浦市にある民宿の娘として子供時代を過ごした山本さん。家族で経営する民宿には繁忙期になるとご近所さんが手伝いに来てくれることもあり、近所付き合いが濃かったそう。
だれかと一緒に食卓を囲んだり、日常を送る。
まるでテレビアニメ「サザエさん」のようなあたたかい日々を過ごすことが当たり前の環境だったといいます。
“家”に対する国民的イメージがそのまま形になったような場所で育った山本さんだからこそ、「そんな環境で過ごすことができる“家”は今、日本にどのくらいあって、どのくらいの人に求められているんだろう」と考えるようになりました。
現在、日本の高齢者が最期を過ごしたい場所はおよそ8割が「持ち家」と回答しており、2割が「介護施設など」と回答しているデータがあります。
“持ち家でたった一人で暮らすことが本当に幸せなことばかりなのか。「暮らしを楽しむことができる場所」という意味合いがこの回答に含まれているのであれば、“家”というハコの選択肢が介護施設にもっと広がっていってもいいのではないか。”
この疑問の連続から、山本さんは自身のマイプロである「介護施設を、暮らしを楽しめる“家”へ変換していく」ことへ取り組んでいきました。
しかし、介護施設は“暮らしを楽しめる家”からほど遠い一面を持っていることも事実。一斉に入浴をするために、服を脱がされた利用者が廊下へ列を作る施設や、ベッドから落ちて手が届かなくなったものを拾ってほしくて押したナースコールに対して「こんなことで呼ばないでくれ」といわれる利用者とスタッフの関係性…。
このような側面が悪目立ちし、「介護業界を変えることは難しい」という定説すら生まれています。
この定説を打破し、「理想的な“家”」として介護施設を整えるためには、そこで働くスタッフが同じ気持ちであることや協力的であることが大切です。
マイプロに取り組み始めた頃、管理者として異動が決まったのは、社内でも悪評が高い介護施設。
そこで管理者という立場から、山本さんは「理想の家づくり」のために3つのアクションを続けています。
1.自分の立ち位置にあったアプローチで現場に切り込む
山本さんがマイプロジェクトに取り組んだタイミングは、ちょうど新しい事業所へ管理者として異動が決まった時のこと。
そのため、「管理者」という肩書きではあるものの、「現場において私はどんなキャラクターでいたらいいのだろう」と自分の存在価値を見極めながら周りの仕事への意識をあげるアプローチを進めていきました。
異動した施設に点在し、絡まった問題への解決策を俯瞰した立場で提案するのではなく、「新人管理者の山本さん」として、時には、若手の立場で職員に感情的に訴え、そして時には、管理者としての立場で理論的に訴えることで問題解決の手だてを提案。社内の意識を変えていくことに努めています。
2.“当たり前”を疑う
山本さんが働く上で最も大切にしているのが、現場に潜在している「こうするべき」という意識を変えていくこと。「本当に大切にしたいことはなにか?」を念頭に置くことで、“当たり前”を疑うことができたといいます。
大切にしたい仕事に対する思いを現場に足すため、まずは不要な“当たり前”を引き算することを続けていきました。
3.個の内発的動機・五感を刺激する
同じ会社で働く仲間でも、個々でわくわくを感じられる要素や得意・不得意はばらばらです。
相手に合わせた内発的動機への働きかけや刺激をすることで、職員ひとりひとりのモチベーションマネジメントに取り組んでいます。
異動が決まって間もない現場での管理職。組織統一についてや現場スタッフの仕事に対する温度差など、まだまだ葛藤し、悩みながら現場にアプローチをしている真っ最中の山本さん。
これまでマイプロジェクトとして取り組んだアプローチや実践も含め、「介護施設が誰かにとって理想の家になる」取り組みを続けています。
山本さんのマイプロは、自身の職場にもやもやを抱える介護職にとって、参考になることがギュッとつまった一歩のように感じました。
研究者が現場に入って見つけた「専門性を活かすための土台」とは?
現在、慶応SFCにある井庭崇研究室で”ことば”と”福祉”の研究をしている金子さん。
それは、社会学者のニコラス・ルーマンが提唱した「社会はコミュニケーションの連続からできている」という考えが根底となっています。
コミュニケーションの連続が社会全体を作り上げ、社会全体を作るコミュニケーションは言葉で成り立っている。そのため、よりよい社会を実現するために、「未来をつくることばを作る」。それが、金子さんが所属する研究室の目的です。
「よりよい社会」という大きな枠の中で金子さんは、「認知症の方とともによりよく生きるためのヒント」を探っています。
金子さんは学部生時代に同様の研究をパターン・ランゲージという、言葉を抽出してものごとを具体的に言語化していく社会学の手法を用いて研究を進めていきました。研究成果は「旅のことば」という一冊の書籍にまとまっており、全国で活用されています。
その後、金子さんは「旅のことばを用いた現場実践を通じてさらに研究がしたい」と考えました。
そこで実施したのが全国でのヒアリング。福祉業界で「よいケア」とされているケアを実践している介護事業所に、ケアをするうえで工夫していることなどをヒアリングしていきました。
この実践で金子さんは「ケアをする地域は全く違っても、それぞれ大切にしていることや工夫については同じことを言っている」ことに気が付き、よりよいコミュニケーションにはある共通パターンがあるのではないかと考えました。
その共通パターンを冊子としてまとめたのが「ともに生きることば」。
冊子として研究をまとめたあと、実際に冊子を用いてケアを実践した提供者へヒアリングをし、「認知症の方とともによりよく生きるためのヒント」について研究を深めていきました。
その中で、金子さんは「そもそも良いケアってなんなんだろう」という疑問に行きつきます。
ヒアリングで主にケアを提供する側の話を聴いたことで行きついたこの疑問。「ケアの受け手側の話も聞いてみたい」と、現場へ足を運ぶことにしました。
しかしその矢先に起きた、コロナウイルス感染症の拡大。
大学の規約により「フィールドワーク」という名目で現場に足を運べなくなってしまった金子さんは神奈川県藤沢市にある介護施設ぐるんとびーで住み込みのスタッフとして働くことで、現場に一歩を踏み入れました。
ぐるんとびーでの現場実践を通じて金子さんは「医療や福祉の専門性は、コミュニケーションとリスペクトの上で成り立っている」と気づいたと言います。
主に北欧で大切にされている「MennesKesyn(人間視)」という考え方。これが、ぐるんとびーでの対話の土台となっています。
この考えの下では、人が相手とコミュニケーションを図る上で捉える側面は「精神」「肉体」「社会」「文化」の4つに構成されています。
この4つの構成面のうち、医療者や介護職員の多くは先に精神面や肉体面を捉えているといいます。しかし、4つ全ての構成面を捉えなければコミュニケーションを取る相手と「出会う」ことはできず、相手の可能性を狭めてしまうことも。
医療や福祉の専門性を活かし「よりよいケア」を実現するためには社会的・文化的側面へのアプローチがより必要であると金子さんは考えました。
ぐるんとびーでは、「疾患があるから」とできないことに焦点を当てすぎずに、利用者の方がこれまで大切にしてきた生活スタイルやこれからやっていきたいことを尊重しています。
そのことにより、医療や介護という枠を超えた暮らしの延長線上のケアができていると金子さんは言います。
さらに金子さんは「専門性とは単純に資格のことだけを指すのではない」という気づきにも至りました。
ぐるんとびーでスタッフとして働く金子さんですが、介護福祉士の資格や運転免許などの国家資格は一切持っていません。
しかし、働く中で「自分にもできることはある」と核心を持てたといいます。
ぐるんとびーで提供しているサービスの1つである「御用聞き」。「リモコンを沢山操作するのが嫌だ」と、サービスを利用したALSの方に対して「機能回復」という解決策ではなく「あくまで操作の数を減らす」という解決策でアプローチができたといいます。
つまり、精神面や肉体面にアプローチできる医療や福祉も専門性ではあるものの、社会的・文化的側面に対してアプローチすることも専門性として捉えられるのではないかと気づいたそうです。
ここまでの実践を通し、金子さんにはまだ「よりよいケア」は定義できていないといいます。
しかし、金子さんが現場に一歩を踏み入れた中で得た「精神・肉体・文化・社会の4側面全てから他者を捉える大切さ」は、現場の未来を変えていく上でとても大切な視点のように感じました。
マイプロピッチ2つ目のテーマだった「現場を変える未来への一歩」。
介護の現場で実際に働く中でうまれたおもいや疑問をマイプロとして形にしている3人に共通していたポイントは
今までの当たり前を疑う視点を持つ
ことだと感じました。
「よりよいケアをしたい」というおもいは、介護や医療に携わる多くの人が持っています。
「では、よりよいケアをするためにはどうしたらいいのか?」
この問いが浮かんだとき、今まで当たり前とされてきたことに向き合い、疑問を持つことができるかが、現場の未来を変えていくことにつながると、3人の発表を通して感じました。
あつまれ!未来の一歩を踏み出したい人
KAIGO MY PROJECTの開催は、これまでに21回を超え、延べ200名が参加してくれました。
連続ワークショップでは今回登壇いただいたOB・OGをはじめとした、既に一歩を踏み出しているメンバーが、参加者のおもいを形にするサポートをしていきます。
「もやもやすることはあるけど、どう言葉にしたらいいかわからない」
「やりたいことは決まっているけど、仲間がほしい」
KAIGO MY PROJECTでは、そんなおもいを持った方を募集しています。
→KAIGO MY PROJECT22期募集についてはこちら
(一次募集は3月31日(水)23:59まで)