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イベントレポート

「患者さんは本当に幸せ?」ー医療現場しか知らなかった医師が、“コミュニティドクター”になるまで

「今やっている仕事だけで、本当に患者さんは幸せになっているのかな。」

医師として日々、患者さんに向き合う漆畑さん。日々の診察や治療だけでは、患者さんの生活に寄り添うこと、つまり、「幸せにすること」ができていないのではないかと疑問を抱いたそうです。

医療や介護等をはじめとした“専門職”と呼ばれる仕事をしている方の中には、漆畑さんのように「専門性を活かしただけで、その人に寄り添えているのか?」と葛藤しながら仕事をされた経験があるのではないでしょうか。この葛藤を解決するための答えのひとつに、「地域へ飛び出す」という方法があるのかもしれません。

そう考えさせてくれたのは、KAIGO MY PROJECTに参加したOB・OGの皆さんでした。

KAIGO MY PROJECTは、仕事や日常生活の中で生まれた「疑問」や「違和感」と向き合い、その解決に向けて実践する3か月のプログラムです。

“専門職が目の前の人を幸せにするためには、何ができるのか?”

今回レポートするイベントであるマイプロピッチ2020では、この問いに向き合い、マイプロジェクトを進めた、KAIGO MY PROJECTに参加したOB・OGの6人をゲストにお呼びし、その実践についてお話を伺いました。

ゲストには

地域に馴染む専門職の未来の一歩」

現場を変える未来への一歩」

の2つのテーマに沿って、それぞれの実践についてお話をしていただきました。

レポートは、テーマごとに前編と後編に分け、OB・OGが発表した内容についてご紹介します。

今回ご紹介するのは、それぞれの専門性を活かして「地域へ飛び出す」アクションを進めている3人の取り組み。専門職が地域に飛び出すことで、いったいどのようなことが起きたのでしょうか。

 「独りでも、最期まで自分らしく」まちに飛び出した司法書士の挑戦

1つ目のテーマである「地域に馴染む専門職の未来の一歩」。
最初の登壇者は司法書士の西沢優美さんでした。

西沢さんが取り組んでいるマイプロジェクトは、「頼れる家族がいなくても、最期まで自分らしく過ごせる環境づくり」

このプロジェクトに取り組むきっかけとなったのは、司法書士の仕事を通して目の当たりにした「おひとりさま高齢者が介護が必要になった時の大変さ」でした。

“例えば、高齢の方が元気なうちはいいんです。ですが、体調を崩してしまって入院し、退院した後、介護が必要な暮らしになった場合に法的手続きが色々と必要になる。すると、ご本人だけでは解決できない問題が山積みになってしまうことが多いんです。”

西沢さんは、身寄りのない高齢者が入院してしまう前の段階から、法的手続きなど「老後の準備」についてお手伝いができる方法を探っていきました。

「身寄りのないお年寄りの最期をもっと早い段階からお手伝いできないだろうか?」

模索する中で西沢さんは「まずは法の専門家である自分自身が、介護職や地域の住民と連携し、身寄りのないお年寄りが元気なうちから関係性を築くことで、その方が介護が必要になっても困らないのではないか」と考えました。 

その後、西沢さんは3つのアクションを起こします。

1.地域包括支援センターとの関係性づくり

西沢さんはマイプロを機に今年5月に独立。司法書士として仕事をする傍らでまちの高齢者やその関係者の現状について知るために高齢者の暮らしにまつわる相談事が集まる拠点である地域包括支援センターと関係性を作っていきました。

2.「まちかど法律相談所」をオープン

地域の拠点の他にも、地域住民ひとりひとりと関係性を作るために「まちかど法律相談所」を神奈川県藤沢市にある介護施設が開いている地域交流センターの中に開設。

それを通して高齢者はもちろん、地域に住む様々な方と会話をし、関係性を築いていきました。

3.KAIGO LEADERS 「SPACE」のメンバーと一緒にラジオ企画「老いラジ」をスタート

KAIGO LEADERS内のオンラインコミュニティ「SPACE」に参加。そこで出会った介護にまつわる様々な専門性や経験を持つ仲間と一緒にコミュニティ内でラジオを開始。「楽しく老後について考える」ことについての情報発信を続けています。

3つ取り組みを通して西沢さんには、主に3つの気づきがありました。

・地域は「法の専門家」を求めていた!地域と法の専門家がつながるために大切なこと

地域包括支援センターとの関係性づくりで取り組んだのは藤沢市にある全ての地域包括支援センターへの聞き込み。

わかったことは、法律相談のニーズは確かにあるものの、「司法書士に法律相談をする」ということへのハードルが想像を超えて高いことでした。

地域包括支援センターへ持ち込まれる相談の中には相続など、法にまつわる相談も多く寄せられるものの、司法書士へつながることは中々ありませんでした。

その理由として、地域住民が「法律相談所へ相談をする」ことに、ハードルの高さを感じていることが挙げられました。

これは司法書士業界の反省点でもあると思っているのですが、「お金にならないことで相談していいのか」と相談をためらってしまうという話を伺うことができました。”

地域包括支援センターへ自ら足を運び、思いを伝えることで、現在は藤沢市内にある5か所の地域包括支援センターとつながることができているそうです。

さらに、この聞き込みを通して地域が感じている法へのハードルの高さを知ったことが「まちかど法律相談所」の開設にもつながったといいます。

・雑談が「老後を考える」きっかけになる

“まちかど法律相談所では、改まって高齢になった時の手続きなどを知りたい人よりも、雑談をして帰る方が多いですね。例えば飼い猫の話とか。でも私はそれがいいと思っていて。些細な会話から「そういえばこんなことを聞いてみたくてね…」と、老後の不安について話をするきっかけになることもあるからです。まちに出て、他愛もない話をする大切さを感じました。

地域が感じている法の専門家に対するハードルを超えるもの。それは、法の専門家がまちへ出ること、そしてまちの人との他愛もない会話を楽しむことだと、西沢さんは語ってくれました。

・元気なうちから老後を楽しく考えることのむずかしさ

「老後の準備」という言葉に対して、「誰が自分のことを見てくれるのか」や「施設へ入るお金はあるのだろうか」などの不安が先行してしまい、空気が重くなってしまうそうです。

「老後」について不安が先行してしまうのではなく、老後を迎えることが楽しみになるような会話をしたい。そしてその準備を手伝いたい。

そこで西沢さんは「もしバナカード」や「懐話札(かいわふだ)」などのゲームツールを用いて重い空気を作らない工夫をしているそうです。

最後に、西沢さんは今後についても話してくださいました。

“私が1人でできる事って限られていて。色んな人と一緒に、これからは「楽しく老後を考える」ための場づくりをしていきたいです。”

今後の「おひとりさま高齢者」が明るく安心して過ごせる未来。それはおひとりさま高齢者に限ったことではなくより多くの人が明るく老後を過ごせるために必要なことかもしれないと西沢さんのマイプロから教えてもらいました。

お祭りも医師の仕事!疑問が生んだコミュニティドクターという在り方

「お医者さん」

この言葉を聞いて、どのような人が思い浮かびますか?

病院で白衣を纏い、病気になった人を診察したり、手術したりする人の姿を思い浮かべた人がほとんどかもしれません。

病院や往診をするだけで、本当に人の生活を支えられるのだろうか。

そんな「医師の働き方」に疑問を抱き、マイプロジェクトの0期と2期に参加した漆畑さん。

同時期に担当していた、団地に住む患者さんとの出会いが、漆畑さんの思いを大きく動かすきっかけとなりました。

“団地でひとり暮らしをしていて、なおかつ認知症もあったおばあちゃん。よく家の中で転倒してしまっていました。でも以前、喫茶店の店主だった彼女は、その経験を活かして診療の度に紅茶を出そうとしてくれていました。仕事の日は次の診療もあるので、お休みの日にゆっくりお茶を飲みに行くことにしました。すると彼女の人となりがどんどんわかって面白くて。そこから、団地に対するどこか無機質な印象が、様々な人の生活がギュッとつまった暖かい印象に変わっていきました。”

この経験から、より「人の生活」に密着し、患者さんの生活を手伝えるようになりたいと思うようになった漆畑さん。自らが団地に住み、そこで3つのアクションを起こしていきました。

1.地域を知る-団地の診断をする-

団地に住み始めた漆畑さんが始めに実施したのは、家庭医の専門技術の1つである「地域診断」というもの。

フィールドワークを実施し、団地の中にどんな人が住んでいるのか、どんな地域活動があるのかなどを探っていきました。

2.地域とつながる-最初の一歩は○○板-

フィールドワークを通して気づいたのは団地には意外にも外国籍の住民が多く住んでいること。団地の一角にアジア料理のお店や雑貨屋が並んでいるほどでした。

外国籍の住民からも話を聞いてみたい…。でもどう関わりを持つきっかけを作れるのだろう…。

思案している漆畑さんの目に入ったのは、掲示板。

外国籍の住民を対象とした日本語教室を開いているNPO団体のチラシが掲示されていました。

地域の情報が載っている掲示板は、地域で活動を始める上でとても大切な情報源であると漆畑さんは言います。

その後、NPO団体の方とつながることで分かったのは、「外国人住民へのサポートが足りていない」ということ。医療の相談ができる人がいないということもあり、漆畑さんはNPO団体と協働で外国籍の住民の方に向けた健康相談会を実施し、住民との交流を重ねていきました。

3.地域で活動する -お祭りも医師の仕事-

地域診断やフィールドワークなどを通して様々な住民との関わりを持った漆畑さん。次第に、団地の中にある困りごとも見えてくるようになりました。

例えば、「お祭りを手伝ってくれる人が少ない」というもの。

この困りごとを知った漆畑さんは1人の団地住民としてお祭りを手伝うことにしました。

お祭りではコーヒーを淹れたり、健康相談にのったりすることで、団地の住民とさらに交流が深まったといいます。

直接的な「病気」や「けが」ではないものの、お祭りができなくなることでつながりが薄れ、それは団地住民の孤立死などにもつながります。

「コミュニティに所属せず、孤立してしまうことは、喫煙をしていることと同じくらいの死亡リスクがある」と言われている現在、「団地のお祭りを手伝う(地域コミュニティを途絶えさせない)」ことも、医師の仕事であると漆畑さんは実感できたそうです。

3つのアクションを通して、漆畑さんは2つの大切な事に気づいたといいます。

・地域に巻き込まれる大切さ

コミュニティドクターとして団地に飛び込んだ漆畑さん。地域で活動する際に最も大切なのは「自分が巻き込まれること」だと言います。

団地のお祭りなど、地域に既にあるものごとに巻き込まれていくことで発見や交流が生まれ、そこから自分も地域を巻き込むことができると、活動を通して実感したそうです。

・仲間がいる大切さ

漆畑さんのマイプロジェクトでは、ご自身が所属する病院や病院の先輩なども深く関わっています。

思いに共感し、協力してくれる仲間がいることで刺激になり、多くのことを学べていると言います。

「仲間がいること」、「自ら進んで巻き込まれること」

どのプロジェクトにも共通する大切な2つのことを、漆畑さんから教えていただきました。

 

コロナ禍を乗り越えできた、老健スタッフ同士が繋がる場「老健コミュニティYes,and」とは?

KAIGO MY PROJECT19期の参加者である南後さんと薄井さん。2人で同じプロジェクトに取り組むためにKAIGO MY PROJECTへ参加したのは、初めてのことでした。

南後さんと薄井さんは、共に同じ茨城県の老健で働いています。

2人には、ある共通の違和感がありました。

それは、「同じ地域にいくつも老健があるのに、なぜこんなに繋がりがないのか?」

ということ。

老健間での交流があることで、各老健の得意分野を共有して頼りあうことができる。つまり、つながることでもっと利用者の方にとって良いケアが生まれていくのではないか、ということです

老健コミュニティの実現に向けて、2人は地域の老健に向けてイベントの開催など、声をかけていきました。

2019年11月に開催した1回目の老健コミュニティでは、お2人と同じ地域で働く老健職員がフリートークをする場を設けました。

告知や参加への反応もよく、このままコミュニティ形成を通してよりよいケアができるようにしていこう…。

そう考えていた矢先に、2人に大きな壁が立ちはだかりました。

・1回目の開催以降、呼びかけへの反応が伸びない

・新型コロナウイルスの感染拡大により、直接集まることができない

「よりよいケア」を目指し、動き出した2人でしたが、なかなか進行できない状況に苦戦していました。

そんな時に参加を決めたのがKAIGO MY PROJECTの19期でした。

KAIGO MY PROJECTへ参加し、コミュニティづくりについてイチから学びなおすことで、老健コミュニティを改めて作りたいという思いからの参加でした。

 

KAIGO MY PROJECTの参加を経て生まれたのが、「老健コミュニティYes,and」

このコミュニティで目指すのは「老健が地域の拠点になること」です。

「Yes,and」の意味は「いいね!そして?」。「いいね」と相手の意見に対してまずは肯定。その意見がよりよくなるような自分の意見を「そして」と重ねていくという意味が込められています。

この名の通り、Yes,andという場が

・お互いの学びと気づきのシェアができる場

・各老健の職員同士がつながることによりそれぞれが持つ違和感を可能性に変えることができる場

・参加者自身の違和感に共感する仲間が見つかる場

になることを目指し、活動を開始しました。

現在の活動は月に1度のワークショップ開催。そこから毎回仲間が生まれているといいます。

新たに何かを始めることに困難を感じる今の状況に負けず、走り続けてきている南後さんと薄井さん。

ここまで走ってきたことで「抱えている違和感を楽しめるようになった」とお話しくださいました。

「今は難しいから」と立ち止まらず、走り続ける大切さを教えていただきました。

 

前半のテーマである「地域に馴染む専門職の未来の一歩」。

4人のマイプロジェクトに共通していた大切な事は

まずは自ら地域の中へ飛び出すこと

思いに共感する仲間がいること

の2つでした。

自らが地域に飛び出すことで、今まで抱いていた疑問や思いに共感を得られ、一緒に活動する仲間ができる。そしてそれが活動を続けることの活力になっているように思いました。

また、専門職が地域に飛び出すことで「地域でできることの可能性」も広がるのではないかと感じました。

次回のレポートでは、2つ目のテーマ「現場を変える未来の一歩」について発表を頂いた3名のOB・OGのマイプロについてレポートしていきます。

この記事を書いた人

渡部 真由

渡部 真由MAYU WATANABE

株式会社あおいけあ ケアワーカーKAIGO LEADERS PR team