子育てと介護の両立をする「ダブルケア」。最新調査で明らかになった、ダブルケアラーの現状とは
介護・福祉現場で働いていると、「ご家族との連絡が取りづらい」「ご家族がなかなか会いに来ない」と感じたことはありませんか?
実は今、介護・福祉の新たな課題として「ダブルケア」が注目されているのをご存知でしょうか。「ダブルケア」とは、子育てと介護の両立状態にある人のことをいいます。
2016年4月、内閣府が発表したダブルケアの実態調査によると、ダブルケア状態の人は全国で約25万人いることがわかりました。
しかし、育児のあり方、介護のあり方が多様化している今、発表された数字よりも多くの人がダブルケア状態にあるかもしれません。実際、毎日新聞が独自に行った2024年1月の調査によると、ダブルケアに直面している人は約29万人いると発表されました。
本レポートは、ダブルケア研究の第一人者である、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院の教授・相馬 直子(そうま なおこ)さんをお迎えし、介護・福祉職員向けにダブルケアについて学んだイベントの様子をお届けします。
相馬さんは、全国で初めてダブルケアの研究を行い、その実態を明らかにしました。ダブルケアの最新の調査結果とともに、当事者が置かれているミクロレベルから、責任を分担する関係性・地域社会のメゾレベル、社会構造のマクロレベルまで、多様な視点でダブルケアを考えていきます。
「ダブルケア」という言葉を知らないまま、ダブルケア状態に
まず、相馬さんは「ダブルケア」の歴史からお話くださいました。
ダブルケアの研究は、15年ほど前からスタートした比較的新しい分野になります。当時は、韓国、香港、台湾といった少子高齢化が同時進行している東アジア圏の研究者とともに、介護や子育て政策の比較分析をしていました。
「ダブルケア」という言葉が日本で聞かれるようになったのは2011年ごろのこと。しかしながら、当てはまる言葉がなくとも、子育てと介護が重なった状況の人はすでに存在していたと相馬さんは言います。
一言で『育児と介護の両立状態』と言っても、その状況は100人いれば100通りの実態があります。もしかしたらご自身が気がついていないだけで、すでにダブルケアをされている人もいるかもしれませんし、今後ダブルケアに直面する可能性が高い人もいるかもしれません。
育児、介護の両立だけではなく、配偶者、祖父母、兄弟、親族、子ども、孫、さらには自分自身のケアを含めて、ダブルケアの多様性を理解することが一歩目になります。
現在、「ダブルケア」という言葉の認知度は少しずつ広がってきており、ソニー生命が約17,000人に行った最新の調査によると、約2割の人が「ダブルケアという言葉を知っている」と回答しました。また、回答者をダブルケアをしている人、ダブルケアラーに絞ると、認知度は約5割になります。
しかし、相馬さん曰く「約5割の人は、『ダブルケア』という言葉を知らないまま、ダブルケア状態にある」ということになります。
参考:ソニー生命 ダブルケアに関する調査2024
ダブルケアになる構造的な要因とは
次に、ダブルケアになる構造的要因を説明いただきました。
人口学的要因からみると、晩婚化・晩産化・高齢化が同時進行していることが挙げられます。平均初婚年齢や平均初産年齢が上がっていることから、育児と介護の重複の可能性が高まっているのです。また、兄弟数の減少や親族・地域ネットワークが縮小していることから、育児と介護を分担できるネットワークが少なくなり、負担が一人に集中していることも要因として挙げられます。
その他、労働市場の構造的な要因、年金・介護制度の不足なども要因になり得ると話し、誰もがダブルケアになる可能性を秘めていることを示唆しました。
これらの構造的な要因を踏まえ、ダブルケアを理解するためには大きく6つの視点が必要であると私は考えています。
子育てや介護の状況はもちろんのこと、世帯状況、金銭的状況、地域との繋がりや交友関係、本人や周りの家族が持つ社会通念、そして社会的な制度からの視点。どれか1つではなく、複合的に考えることが大切です。
ダブルケアと仕事
多様な視点があるなかで、まずはダブルケアと仕事の関係を紐解いていきます。
ソニー生命が行った約17,000人への調査の中から、ダブルケアラーの男女500名を対象に調査を行ったところ、約3割の人がケアを理由に離職したと回答しました。
介護、子育て、そしてダブルケアのために、仕事を辞めざるを得ない人がいることがデータからも明らかになりました。
参考:ソニー生命 ダブルケアに関する調査2024
また、ケアの問題は一見すると女性に負担がかかりがちだと思われていますが、男性のダブルケアラーに『介護や育児と両立しやすい職場ですか』と聞くと、約4割程度から『いいえ』という回答がありました。こういった性差の問題も考えていかなければなりません。
ケア当事者の、ケアとの距離感
次に、相馬さんは「ケアとの距離感」を話題にしました。
ケアとの距離感でいうと、例えば住まいが挙げられます。近親者との同居や近居といった物理的距離が近い場合、必然的にケアとの距離感が近くなる可能性があります。
さらに、ケア当事者の“ケアの履歴”も重要なポイントです。ダブルケアに関する調査2018によれば、ダブルケアラーの男女500名に『育児と介護、どちらが先に始まりましたか』というアンケートをとったところ、30代の約2割が『介護が先だった』と答えました。これは、介護先行型ダブルケアラーと呼ばれています。
さらに、相馬さんがダブルケアをしている人にインタビュー調査を行ったところ、「私はもともとヤングケアラーでした」という声も上がったそう。
現在、ダブルケアラーとヤングケアラーの関連については、量的・質的にも、もっと調査が必要だと感じています。子どものころから家族ケアの距離が近かったなど、ケアの連続性が高い生育歴が、その人のケアの意識、行動にどのように影響しているのかは、まだまだ研究不足だと考えています。
ダブルケアラーとヤングケアラーの問題は別々に考えるのではなく、ケアの世代間連鎖、ケアの連続性という視点で一緒に考えるべきテーマと言えるのかもしれません。
参考文献:相馬直子(2024)「ダブルケアをめぐる優先順位と選択」『社会政策』16(1):21-34
ケアの責任から逃れる「PASS」の存在
そして実は、相馬さん自身もダブルケアラー経験者。子育てや介護で目まぐるしい日々を過ごされていました。
この状況を改善しようとか、将来のことを考えようにも、日々目の前のことに精一杯になってしまい、私自身、毎日深く考える余裕がありませんでした。誰かに頼りたいと思ってもなかなか頼れない現状の1つに、『PASS』というのがあります。
PASSとは、2013年にアメリカで公刊されたジョアン・C・トロント著「ケアリング・デモクラシー」で登場した概念です。ケアの責任が集中してしまう人がいる一方で、ケアの責任から免れている人がいるという考え方です。
『自分は稼いでいるから、家族の他の人がやればいい』『ケアすることを選んだのはあなた自身だから私がかかわる必要はない』などといってケア責任から免れるPASSがあり、このようなPASSを持っている人は、ケアの責任から逃れやすい実態があることも事実だと相馬さんは話します。メインのダブルケアラーにフリーライドし、タイミングや都合があったときだけサポートするパターンもあるそうです。
イベントの参加者の中にはダブルケアに直面している方もおり、実際に「兄弟たちから『あなたがやりたくてやっているんだよね』と言われたことがある」との声も上がりました。
参考文献:ジョアン・トロント、岡野八代監訳(2013=2023)『ケアリング・デモクラシー:市場、平等、正義』勁草書房
ダブルケアをミクロ、メゾ、マクロで考える
ここまで、ダブルケアの構造的な要因、仕事との関係、ケアとの距離感、周囲のPASSと、多様な視点でダブルケアの問題を見てきました。
さらに、よりミクロレベル、当事者の立場からケアを考えてみると、「ケアによって自身のアイデンティティを強化している側面もある」と相馬さんは話します。
中根成寿さんが「ケアに向かう力」という議論をされていますが、ダブルケアにあてはめて考えることができます。「子育てをすることで母としての実感を得られる、娘として両親の面倒を見ているなど、『〇〇として』が、ケアラー自身のアイデンティティを満たし、無意識的にケアに向かっている力が働いていることも考えられます。
(参考文献:中根成寿(2005)「障害者家族におけるケアの特性とその限界—「ケアの社会的分有」にむけた検討課題」『立命館産業社会論集』40(4):51-69)
当事者は、ケアをしながら複数のアイデンティティを葛藤させ、罪悪感、期待、迷い、不安等、調和しない状態になると、ケアによる離職やケア疲れという現象に繋がっていきます。
そして、責任を分担する関係性・地域社会のメゾレベルでいうと、先ほどのPASSの存在や、ダブルケアのモデルストーリーが少ないことも問題として挙げられます。モデルストーリーが少ないがゆえに、「ダブルケアになったら何が起こるのか」という予測可能性が低くなってしまうのです。
社会構造のマクロレベルでは、ジェンダー的な視点、ケアと仕事が両立しづらい労働市場の構造の他、児童・高齢・障害と対象別に構築されてきた近代の社会福祉政策は、対象別間の連携が弱く、制度や体制が非効率なことも問題としてあげられます。
このように、ダブルケアラー当事者の意思や置かれた状況だけでなく、ダブルケアラーになってしまう要因、そしてダブルケア当事者になったときの支援不足などが、ダブルケアの問題を深刻化させていると言えるでしょう。
ダブルケアラーが人間らしく生きれる社会を目指して
イベントの最後、相馬さんは「ダブルケアは磁石のようなものだ」と話されました。
私は研究を続けるなかで、ダブルケアは磁石のようなものだと捉えてきました。省庁やサービス連携の課題、暴力・虐待などのケアを巡る諸問題、ジェンダー課題、働き方の問題など、さまざまな課題がダブルケアには紐づいており、改めて社会構造を考えるきっかけにもなります。
さらに私は、ダブルケアラー自身も磁石のようであると考えています。そういった諸課題を抱えざるを得ないことはもちろん、同時に周囲のサポート、地域ネットワークなどを引き寄せ、構築することが大切になります。
子育て、介護、仕事、家庭、生活と、慌ただしくすぎる毎日の中で、気力も減退しがちなダブルケアは、周りにいる人の支援が重要になってきます。
ダブルケアラーの困りごとやニーズ、状況を受け止めたうえで、専門職が専門領域で力を発揮し合い、縦割りではなく磁石のように引き寄せ合い、連携していくことも求められます。
大切なのは、『ダブルケアラー当事者が、ケアをどう定義し、どのような認識をしているのか』をダブルケア当事者と、支援する行政窓口や介護・福祉職がお互いに理解することです。目の前のことで精一杯になるダブルケアラーに支援の選択肢を示すこと、そして一人で抱え込まず支援を受ける選択をしてもいいことを、歩み寄りながら検討していく。
ダブルケアを起点に、さまざまな人が連携することで、ケアをする人たちが人間らしく生きられる世界を未来世代に残したい。それが今の私の願いです。
参考文献:相馬 直子(2024)「ダブルケアをめぐる優先順位と選択」『社会政策』16(1):21-34
ダブルケアをもっと知るために
●当事者の声を集めたものとしては、一般社団法人ダブルケアサポートの冊子「今伝えたい~それぞれのダブルケア」がまず挙げられます。そして当事者は「ハッピーケアノート」が参考になります。一般社団法人ダブルケアサポートのホームページをご確認ください。
●ダブルケア東大阪の荒井美紀さんの『ダブルケア―新生児と(自閉スペクトラム症かも知れない)末期がん父 怒濤の110日間』も必読のダブルケアの手記です。同じく成田光江さんの『複合介護 家族を襲う多重ケア』も医療的な面での記述もバランスよく書かれています。
●ダブルケアって何?という概論から、実態調査、当事者の声、支援の状況を知りたい方は、山下順子さんとの共著『ひとりでやらない 育児・介護のダブルケア』がコンパクトにまとまっています。
●ダブルケア支援やネットワーキングにたずさわる方や興味のある方は、渡邉浩文、森安みか、室津 瞳、植木美子、野嶋成美編著『子育てと介護のダブルケア 事例からひもとく連携・支援の実際』がよいかと思います。ダブルケアは多様です。まさに26ケースのダブルケアの経験からたくさんのことを学べます。
ゲストプロフィール
相馬直子(そうまなおこ)
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授
専門は福祉社会学、社会政策、ケア研究。主な著書に「親密性の福祉社会学―ケアが織りなす関係J(執筆、庄司洋子編、東京大学出版会、2013年)「社会が現れるときJ(執筆、若林幹夫・立岩真也• 佐藤俊樹編、東京大学出版会、2018年)「子育て支援を労働として考える」(松木洋人と共編、勁草書房、2020年)「ひとりでやらない 育児・介護のダブルケア」(山下順子と共著、ポプラ社、2020年)など。
開催概要
日時:2024年2月11日(日) 10:00〜11:30
場所:オンライン開催
定員:100名