「2025年、介護のリーダーは日本のリーダーになる。」150人の心にスイッチが入った日。(HEISEI KAIGO LEADERS5周年イベントレポート)
5月19日土曜日――快晴の天気に恵まれたこの日、渋谷区内に新規オープンした高齢者施設の多目的ホール(体育館)にて、HEISEI KAIGO LEADERSの5周年記念イベントを開催しました。
「わたしが、介護のスイッチになる。」をテーマに、ゲスト講演、展示や交流など多様なコンテンツから新たなつながりが生まれた、当日のレポートをお伝えします。
150人が、“介護のスイッチ”を押す日。
今日はじめて参加する人も、これまでお世話になってきた人も、なにかのスイッチが入るきっかけになれば嬉しいです。
冒頭の挨拶で、HEISEI KAIGO LEADERS発起人の秋本可愛は、そう呼びかけました。
介護業界内外問わず、様々な世代の150名以上の方にご参加を頂いたこのイベント。これまで何度も私たちのイベントに足を運んでくださった方、はじめてイベントに参加してくださった方、小さなお子さんからシニア世代まで、多様な参加者が集いました。
5年間活動を続けてきて、介護職だけでなく、医師、リハビリ職、看護師、学生、サービス業、教育関係、経営者――さまざまな人が関わってくれていると感じています。これまでの活動参加者は約1700人。
プログラムを一方的に提供するだけでなく、仲間同士がつながり、学び合うことを意識してきました。
そもそも秋本がHEISEI KAIGO LEADERSを立ち上げたのは、大学時代にさかのぼります。
大学の起業サークルでの活動で、たまたま認知症をテーマにしたフリーペーパー制作をしたことが、秋本と介護との出会いでした。秋本は当時、現場を知るために介護施設でアルバイトをしていたものの、「介護は楽しい」という思いと共に、単純に「楽しい」という言葉では片付けられない課題に気付かされます。それは、介護業界の離職率の高さ、同世代の介護への関心の低さといった面に表れていました。
「若い世代から、介護を盛り上げたい」との思いからスタートしたのが、HEISEI KAIGO LEADERS。「2025年、介護のリーダーは日本のリーダーになる」というビジョンを掲げ、多様なゲストをお招きしながら双方向の学びの場となるPRESENTや、思いを行動に移す実践型プログラムのKAIGO MY PROJECTなどを展開。
団塊の世代が後期高齢者を迎える2025年に向けて、人と人とがつながりながら学び、共に成長していく場づくりを続けています。
社会をポジティブに変えていくスイッチとは?
本イベントは全員参加型の講義と、個々の興味に応じて参加するブース形式でイベントを展開しました。
はじめに、障害や病気といった困難な人をサポートするためのウェブメディアを運営するNPO法人soar代表の工藤 瑞穂氏と、「注文を間違える料理店」発起人の小国 士朗氏をゲストに、全員で学びを深めました。
2人をお招きした背景には、「ネガティブなイメージを持たれがちな介護業界をポジティブに変えていきたい」という私たちの思いがあります。現に介護業界は、人材不足や施設内での高齢者虐待など、マイナス要素が強いニュースがあふれているため、そのようなイメージを変えたいと奔走する介護領域のプレイヤーは少なくありません。
一方で、そのモチベーションが続かなかったり、具体的にどんなアクションをとればいいのか迷っていたりするプレイヤーも多くいるのが現状です。今回はそんな人たちのヒントにもなればと、社会をポジティブに変えていくためのヒントを探りました。
お話を伺ってみると、工藤さんも小国さんも、自分の原体験が今の活動につながっていることがわかりました。
工藤
“わたしの原点は、身内が統合失調症になってしまったこと。はじめての出来事で戸惑う中、北海道の浦河町にある『べてるの家』にお伺いして、とても衝撃を受けたんです。
『べてるの家』は精神疾患を患った人がともに暮らし、働く場所なのですが、たとえ衝突や揉めごとが起こったとしても、本人がやりたいと思うことを実践していました。さらには、社会ではタブーとされている幻覚や妄想も、おもしろおかしく共有している。
その時、弱さを共有するから強くなれる、病気が治らなくても幸せになれることを強く感じました。同時に、こんなにいい場所をもっと早く知ることができていたら何か変わっていたかもしれないと思い、困難を抱える人と、彼らをサポートする活動を結びつけるためのウェブメディア――soarを立ち上げたのです。”
小国
“普段はテレビ局のディレクターをしています。その取材の一環で、大起エンゼルヘルプの和田行男さんが施設長を勤めるグループホームにお伺いする機会がありました。当時、僕は認知症の方に対して暴言や徘徊というネガティブなイメージしか持っておらず、グループホームに伺ってはじめて、そこに当たり前の暮らしがあることに気付いたのです。
さらには、取材の合間に昼食をごちそうになる時があって、メニュー表にはハンバーグと書いてあるのに餃子が出てきた。僕は思わず『間違いですよね?』と口にしそうになったのですが、そんなこと気にしているのは僕だけ。その場では、みんなが餃子を美味しそうに食べている。相手が受け入れてくれてさえいれば、間違いなんてない。その時、ぱっと「注文を間違える料理店」という名前も浮かんだのです。”
2人の原体験を踏まえ、秋本は、介護職は一人で頑張りすぎる人が多いとも問題提起しました。
秋本
“介護業界の場合、みんな何かやりたいと思っている。でも、このスキルが足りないからこの資格を取ろうとか、一人で頑張りすぎる人が多いんです。その時、誰かと手と手を取り合えたら可能性は広がると思うのですが、お2人はどのように周りを巻き込んできたのでしょうか?”
2人が口をそろえるのは、企画やコンセプトの明確さ。
それはつまり、“他人と共有したときに、いかにわくわくする絵が描けるか”ということ。
工藤
“自分がいいと思うものは、本やテレビ、雑誌を問わずたくさん見て、人にも会いに行きました。
そして、なぜいいと思うのかを言語化する。最初は枝葉のようでも、何十にもなれば幹が見えてくるからです。”
小国
“「注文を間違える料理店」というアイディアは、自分の中では絶対にいいと思っていましたが、当然、認知症の方を見世物にするなという類の批判は来るだろうと覚悟していました。でも僕がグループホームの光景を見て心動いたのは確かだし、嘘はない。自分が腹落ちした状態で、熱をもって話せたから実現できたのだと思います。自分は介護もレストランも素人だったから言えますが、「熱狂する素人」こそ強いですよ。スキルやアイディアを外から借りるというのも大事な側面だと思います。”
工藤
“わたしもウェブメディアにおいては素人です。しかも障害や福祉は、分野によってさまざまな作法があるので中途半端ではできないと叱責されたこともありました。それでも、人の可能性が開かれて笑顔になったときを集めたメディアがsoarだから、どうしてもやりたいと思っていたのです。
そうなると、リーダーに必要なのは全力で夢を見て、これはおもしろい、最高という気持ちを持つことかもしれません。リーダーが夢を見るからこそ、周りにいるメンバーも夢が見られる。
最初の話に戻りますが『べてるの家』では、失敗を失敗ととらえていません。『また苦労している、順調ね』と言うんです。苦労の中にこそ輝きがある。わたしもその心を大切にしています。”
小国
“僕の活動も、すでに公民館とかでやっていたと思うんですよ。でも、認知症という言葉を使わないネーミングとか、おしゃれでおいしいレストランを作るとか、ちょっとしたデザインやコミュニケーション、届け方次第で大きく変わったんだと思います。
別に介護や福祉の世界で儲けてはいけないなんて決まりはないので、世の中の企業で行っているコミュニケーションや伝え方を取り入れてみてもいいかもしれないですね。”
リーダーこそ夢を見て、熱狂する素人になる。
自分の信念を持って活動を積み上げてきたからこそ2人のメッセージは熱を帯びていました。
what’s my switch? 自分自身の“スイッチ”を探そう。
工藤さん・小国さんのゲスト講演終了後は、体育館のスペースを活かして、フリータイムを設けました。
会場の中で様々なプログラムが並行して行われ、来場者の皆さんに自由に時間を過ごしていただきました。
来場者一人ひとりが、色々な背景を持ち、色々な想いでこの会場にお越しいただいたはず。
だから、一人ひとりの「スイッチの入る瞬間」も、それぞれなのでは?
そんな想いから、運営メンバーでアイディアを出しながら、多様なプログラムをご用意しました。
【Next!】明日からの一歩を考えよう!
工藤さん・小国さんのお話を聞き、「私もこんなことをやってみたい!」と盛り上がった思いをもとに、明日からの一歩を考える対話プログラム【NEXT!】
工藤さん・小国さんにも加わっていただき、参加者同士で対話を深めていきます。
講演終了後の熱気そのままに、熱い会話が繰り広げられていました。
【Push!】皆でマイプロをブラッシュアップ!
KAIGO MY PROJECTに参加し、それぞれの想いから産まれたプロジェクトを実行に移す3人のメンバーによるプレゼン&参加者を巻き込んだ作戦会議【Push!】
3人のメンバーそれぞれから、自身のアクションと共に、参加者の皆さんと一緒に考えたい「問い」をそれぞれ投げかけてもらい、一緒に考えていきます。
プレゼン終了後にできた3つの輪では、それぞれ対話が盛り上がり、様々な意見交換やアイディアが飛び交っていました。
終了後にも、「一緒にこんなことやってみよう!」「応援しています!」とつながりが生まれる姿が印象的でした。
【2025展】2025年は、私たちの未来だ。
参加型のプログラムの他にも、参加者の皆さんが自由に閲覧できる展示スペースもご用意しました。
【2025展】では、団塊の世代が75歳を迎え、この国の大きな転換点になると言われる2025年を、「2025年問題」というどこか他人ごとのような社会課題としてのみ捉えるのではなく、「自分や自分の大切な人が歳を重ねる7年後」と捉え、より身近なものとして見つめなおす企画展です。
写真作品は、本イベントの撮影も含め、いつもHEISEI KAIGO LEADERSのイベントを撮影してくれているフォトグラファーの近藤浩紀さんが担当してくれました。(Hiroki Kondo Photography)
様々な世代の人たちの7年後を想像する写真や、2025年の社会の変化を捉えたデータの展示を通し、それぞれの2025年を見つめてもらいました。
本企画展は、また別の機会でも実施できればと考えています。
【HKL Actions】HEISEI KAIGO LEADERS 5年の歩み
活動紹介【HEISEI KAIGO LEADERS Actions】のコーナーでは、私たちの中核的活動であるPRESENTとKAIGO MY PROJECTの説明やプログラムの様子を紹介した写真を掲載しました。
はじめての方には、私たちの活動をしってもらい、これまで参加してくれた方にとっては、自身の体験を思い出すきっかけになっていたようで、写真を見ながらのお話も弾んでいました。
【HUMAN LIBRARY】人間は、どんな本より面白い。
一人の人生を「本」に見立て、一つの物語を読むように、対話を重ねる【HUMAN LIBRARY】というプログラム。
5周年イベントでは、運営メンバーを中心に、介護の領域に様々な形で携わる若者の人生を「本」としてお貸ししました。
他のプログラムが、講演や複数での対話が中心の中、一対一にこだわったこのプログラムは、話し手・聞き手の2人の間にしかない、深いかかわりを実現できたようです。
HEISEI KAIGO LEADERSのプログラムとしては初開催でしたが、今後も場を変えて行いたいと考えています。
PRESENTと同様、会場では対話を楽しく盛り上げるお飲み物やお菓子をご用意しました。
今回は、会場の渋谷区にちなみ、渋谷区民に長く愛されるお菓子や、これから愛されるであろうお菓子をご用意しました。
お団子・おせんべい・クッキー・ケーキ・ポップコーン…と、バラエティ豊かなお菓子は、来場者の皆さんにも好評でした。
また、今回はお子様を連れての来場の方も多くいらっしゃいました。
参加者の皆さんによる「即席キッズコーナー」がいつの間にか出来上がり、子どもたちも楽しそうに体育館内を走り回っていました。
来場者の皆さんにも支えられ、ごちゃまぜでフレンドリーな対話の空間が生まれていました。
未来を変えるswitch
社会保障制度、地域包括ケアシステムから考える。
後半の全員参加型の講演では、慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授の堀田聰子さんにお越しいただきました。PRESENT_03でも地域包括ケアについてお話いただきましたが、今回は「2025年に向け、わたしたちはどんな役割を担っていけばいいのか」というテーマについて、現状を整理しながら学びを深めました。
堀田
“2025年、2040年まで考えたとき、どのような変化が起きるのか。誰も答えは持っていません。ただ、数字で見通しが立つものはある。わたしたち一人ひとりがどういう風景をつくりたいかで未来は決まります。”
堀田さんははじめに、現在の社会保障制度は戦後すぐにつくられたもので、支えの最小単位には家族が想定されていることが共有しました。制定当時の人口構成・家族構成と、今日の状況は大きく変わってきており、高齢者に限らず地域の様々な世代の人を支える仕組みとして、地域包括ケアシステムが国策として押し進められていることを説明されました。
しかし、すべての人の居場所や役割を考える政策であるにもかかわらず、現場が人口・年齢構成の議論に終始していることに危機感を覚えていると、堀田さんは感じています。
堀田
“ここ数年で地域における生きづらさはますます多様化しています。たとえば、精神疾患を抱える人、発達障害の診断を受けている人が急増していること。さらに、がんの死亡率は減っていても、若くして罹患する人、病気とともに生きていく人が増えていること。難病も同様に増えているということ。
つまり、医療、介護、福祉といった従来の縦割り型支援では難しくなってきているのです。さらには、かつては支え手だった家族のあり方も変わってきており、生涯未婚率の高まり、非正規雇用の高止まり、生活保護の増加という現実も出てきました。”
そんな中、明らかになってきたのが、人と人とのつながりこそ個人の健康に影響を及ぼすということ。
うつ病、要介護率、自殺者数、生活習慣病、そういった疾病などの発症率に、地域レベルでのつながりが影響していることが実証され始めたそうです。もともと介護はエビデンスが弱いことが指摘されていた領域。今後はよりいっそうQOL(生活の質)や、人と人とのつながりによってどのような成果が生まれたのか、価値の見える化をしていくべきと、堀田さんは呼びかけました。
しかし、現実を見てみると日本の社会的孤立率は、世界20カ国と比較してもほぼトップ。ここで堀田さんは、「地域包括ケアでは、すべての人の居場所と出番を」と、あらためて声を大にします。
人と人とがつながりやすい地域や環境をどうつくるか。それは、必ずしも介護や福祉の人だけが担うものではありません。それぞれが一番得意なところはどこか、そして得意な人同士がつながってどうやっていくか。
「今までの常識を疑い、自由な発想で、自分たちの暮らしている地域から可能性を開いていくことが大切だ」と、堀田さんはいいます。
最後に、「これからは、健康という概念自体が新しくなるかもしれない」と、堀田さんはお話になりました。
堀田
“今までは、完全な状態でなくなったら支援の対象になるという感覚があり、制度もそういう人たちをどう支援するかが考えられてきました。ただ、そう考えることで、同時にわたしたち自身がもっている、さまざまな可能性に目を広げられなくなっているような気もします。
たとえ病気を持っていなくても、黒白をつけるのではなく生きがいや支えがあれば、健康なのではないか。そういった発想の転換が必要なのではないかと思います。”
介護の現場では課題から入り、真摯に向き合う人が多いことも事実。しかし、物事を定義した瞬間、その枠組みにはめこんでしまうという一面もあります。
生活の価値観はそれぞれ違うからこそ、介護の仕事はクリエイティブで、新しい価値観をつくっていける可能性にあふれています。日々起きている暮らしのちょっとしたことに注目しながら進んでいくことが次の一歩になるのかもしれません。
終始、会場はポジティブな雰囲気に包まれ、課題を愚痴や嘆きで終わらせず、より良くするためのアイディアをシェアしていたのが印象的でした。介護業界こそカリスマ的リーダーではなく、生活の中で気付いたときに行動できるリーダーが求められている。HEISEI KAIGO LEADERSの場では思いとアクションが交錯し、人がつながることでさらなる可能性が芽吹いています。若くして、介護を”自分ごと”として捉えているリーダーは、すぐ隣にいるのかもしれない、と感じました。
8月からHEISEI KAIGO LEADERSはKAIGO LEADERSと名前をあらため、全国での展開など、新たなアクションをスタートさせていきます。全国展開の活動資金を募ったクラウドファンディングも、目標の600万円を大きく超える845万9400円という大きなご支援をいただきました。
皆様からの期待・ご支援を胸に、6年目のアクションにまい進していきたいと思います!
写真撮影
近藤 浩紀/Hiroki Kondo
HIROKI KONDO PHOTOGRAPHY