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イベントレポート

「常識」や「アタリマエ」を塗りかえろ!“スーパー官僚”に学ぶ令和時代のつくり方。(PRESENT_19 江崎 禎英レポート)

時代が「平成」から「令和」と移り変わる節目。これから私たちが歩みを進める新たな時代は、世界に類を見ないレベルに高齢化が進んだ社会でもあります。
私たちにはその準備と心構えができているのでしょうか?
私たちの日常では、「どこかおかしい」、「このままではいけない」と感じていても、「私の役割ではない」と考えるのを止めたり、「仕方ない」と諦めてしまうことはないでしょうか。

今回ゲストにお迎えしたのは、経済産業省商務・サービスグループ政策統括調査官 兼 内閣官房健康・医療戦略室次長(厚生労働省 医政局 統括調整官も併任)の江崎 禎英氏。

江崎さんは、課題をそのままにすることをよしとせず、超高齢社会の医療介護問題をはじめとした様々な社会課題と向き合い、職責にとらわれない柔軟な姿勢で、変革する努力を続けられています。

私たちが常識・当たり前と思っている医療介護保険、年金制度、定年退職…。それらの社会システムを見直し再構築することによって、持続可能で誰もが幸せな社会を築くことができると、江崎さんは社会に投げかけます。
一体どのような未来を描き、実現しようとされているのでしょうか?
「令和」時代初のPRESENTで、取り組みやその背景にある想いを伺い、新しい時代をポジティブに変革するための視点を共に学びました。

「常識」や「アタリマエ」を塗りかえろ!“スーパー官僚”に学ぶ令和時代のつくり方。

このタイトルで進められた本イベントにて、江崎さんの常識に囚われない知見に参加者は驚きの連続でした。常識を変える練習によって、参加者同士のグループワークでも、柔軟な発想が多く生み出されていました。その当日の様子をレポートします。

高齢社会は、本当に「暗い社会」なのか。

お話のテーマは、「人は知識と常識で間違える。」です。

新しい令和の時代が始まっているにも関わらず、昔の知識や常識に囚われ、人々が間違えてしまっていることを問題視されています。

そして、講演タイトルは、『超高齢社会への対応』です。江崎さんは、世界中で「高齢化」について議論するなかで、ある確信を得たそうです。

“世界中が間違えている。”

いったい何を間違えているというのでしょうか。

高齢化に直面する多くの国が、「高齢化=暗い」社会との前提で、「高齢化」の問題をどう解決するかについて議論しています。

超高齢社会といえば、「課題の多い暗い社会」というイメージが一般的です。しかし、江崎さんはその「常識」を否定しています。

少子化対策で高齢化率は下がらない。

高齢化の定義は国連によって定められており、全人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)で決まります。高齢化率が7%超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」、21%を超えると「超高齢社会」と7の倍数で定義されています。実は、日本の高齢化率は2018年9月時点で28.1%となり、既に「超高齢社会」をも超えて高齢化が進んでいます。

こうした状況から、「今後、高齢者は急増し、2034年には全人口の3人に1人が高齢者という『歪な社会』がやってくる」などと言われています。

しかし、江崎さんはこうした認識を否定し、日本の高齢化率が今後高まる理由についてこう語ります。

高齢化率が高まるのは、決して高齢者が急増するからではありません。65歳以上の高齢者の数は今後ほとんど増えません。高齢化率が高まる原因は若い世代の減少なのです。

それでは、少子化対策に力を入れれば、どうにかなるということでしょうか。

江崎さんは、その考えをも否定します。

少子化対策は大事な政策ですが、高齢化率を下げるという点で即効性はありません。

例えば、現在の日本の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数)は1.4人ですが、仮にこの出生率が明日から突然第一次ベビーブーム並の4人まで上昇したとしても、人口減少に歯止めが掛かるまでには約60かかります。

なぜでしょうか。

出生率が大幅に上昇しても、子供を産める女性の数が急速に減少するため、効果が相殺されてしまうからです。出生率が明日から突然4人になることは現実的ではありませんので、高齢化率が高い状態は長く続くと考えるべきでしょう。

人類の理想社会の高齢化率は46%!

みなさんは、ヒトの生物学的な寿命が何年か知っていますか。

最近の研究によれば、ヒトは生物学的に約120年生きることができるのだそうです。人のDNAにはテロメアという回数券が付いており、分裂できる回数が決まっています。細胞がテロメアを使い切るまで分裂する時間を計算するとほぼ120年になるようです。

ちなみに、日本では60歳の誕生日を「還暦」として祝う風習があります。還暦とは暦が1周したという意味です。もともと暦が2周する120年には、「大還暦」という名前が付けられているのです。

つまり、ヒトが120歳まで生きられることは昔から知られていたのです。

もし、誰もが120年という生物学的な寿命を全うした場合には、どのような社会になるのでしょうか。

誰もが120歳まで長生きして、人口が安定した社会を前提にすれば、65歳以上の高齢者の割合は理論的には46になります。つまり、誰もが長生きできる理想の長寿社会の高齢化率は約46%になるのです。今は正しい方向に向かって進んでいるだけなのです。それなのに、なぜ高齢化率が高くなることに対して不安ばかりを口にするのでしょうか。

 

1980年代の例外的な経験を目標にしてはならない。

なぜ、私たちは「高齢化を対策すべき。」と感じるのか。その理由について、次のように説明します。

日本の場合、その背景に「1980年代へのノスタルジー」があるのではないでしょうか。当時日本は「ジャパン・アズ・ナンバー1」と言われるほど強い経済力を持ち、バブル経済に湧き立ち国民も企業も豊かさを享受していました。あるべき姿を考える際には、どうしてもその頃経験した活力ある経済を欲してしまうのです。

現行の社会保障制度が作られた時期は、1950〜80年代です。多くの人々が暦の1周目(60歳)で亡くなっていた時代であり、リタイア後に支援が必要な人はそれほど多くありませんでした。他方で、働く世代が人口の大半を占め、高揚感に溢れた時期でもありました。

そんな時代に作られた社会保障制度が、長寿社会になって上手く回らないのは当然です。

人口構造が変わっているのに、昔の制度を無理矢理維持しようとすることが問題の原因です。

 

21世紀型の安定社会を目指して。

昨年、日本は明治維新から150年を迎えました。この150年間日本社会がどのような人口構成によって成り立ってきたのか。更にはその先100年という250年間の長期スパンで日本の人口構造を比較した以下のグラフを見てみましょう。

 

昔は、子どもがたくさん生まれ、同時にたくさん亡くなっていました。生き残った人達が社会を支え、リタイアした後は少し生きていただけでした。

これを仮に19世紀型の安定社会と呼ぶと、おそらく1000年以上続いていたと思われます。

そして今後は、子どもはそれほど多くは生まれませんが、日本は世界で一番乳児死亡率が低い国です。日本で生まれた子どものほとんどが天寿を全うできるのです。

これを仮に21世紀型の安定社会と呼べば、おそらく1000年以上続くでしょう。長期スパンで見れば、『歪な社会』とは「今の社会」なのです。

 

現在、日本老年学会が、高齢者の基準を65歳以上から75歳以上に引き上げるよう提案しています。
仮に75歳以上を高齢者とすると、21世紀型の社会は、意外と良い社会に見えてこないでしょうか。

最近では元気な80代の高齢者も少なくありません。高齢者の基準を85歳以上にしたらどうでしょう。とても素敵な社会に見えませんか。

でも多くの人は、「元気な高齢者は例外で、普通の人は80歳になれば弱る」と思っています。

実は、データで見てみると、「男性の85%、女性のうち80%」は80歳になるまで身体的に健康な状態を維持しているのです。

「高齢化」が課題でないのなら、「真の課題」は何なのでしょう。

問題は、人生100年時代となり、多くの人々が暦の2周目を生きられる時代になっているのに、「どう生きていいかわからない。」ことです。2周目の人生における「幸せのカタチ」がないのです。

40兆円の国民医療費で、患者がどれだけ幸せになっているのか。

話題は、社会保障費へと移ります。

人口構造や社会構造が大きく変化しているにもかかわらず、恵まれた時代に作った社会保障制度を無理に維持しようとするために、身の丈以上にお金を注ぎ込んできたのです。

社会保障費は年々増加していますが、高齢化に伴う影響を大きく上回るペースで増えています。もし、このままの傾向が続けば、現在の医療・介護制度を維持するために、消費税は数年後に20%以上に引き上げなければならなくなるでしょう。

では、どうすればいいのでしょうか。江崎さんは、考える視点を与えてくれました。

お金は人を幸せにするためにあります。たとえば、現在40兆円を超える国民医療費で、患者はどれほど幸せになっているのでしょうか。

年齢別の一人当たり医療費を見ると、産まれる時に多少医療費を使った後は、60歳近くまで医療費はほとんど使いません。しかし、60歳以降は年齢が上がるに従って急激に医療費が増加します。

しかも、人生の最期に近づくほど高額の医療費を使っています。大学病院クラスの医療機関では、「人生最期の3日間で生涯医療費の30%を使っている」とも言われました。

 

そして、この事実に対して問題提起します。

 

これだけの医療費を使ってお年寄りは本当に幸せになっていますか?

今の医療サービスは、平均寿命が60歳代だった頃の前提のままです。60歳と言えば、生物学的にはまだまだ折り返しの時期です。体力的にもそれほど衰えていませんから、1分1秒でも長く生かすためにあらゆる手を尽くすことには一定の合理性がありました。

しかし、今では80代90代の高齢者の患者が大半なのですが、医療の在り方はほとんど変わりません。内科がだめなら外科に回されます。高齢の患者にバイパス手術を行ったり、人工心臓を埋めることもあります。

しかし、患者にとってその手術による身体への負担は相当なものになります。仮に手術は成功したとしても、手術から回復するための体力がありません。それでも手術が行われるのです。

最期は若い患者と同じように蘇生術を施します。骨が脆くなっている高齢者に心臓マッサージを行うと、肋骨が折れる可能性が高いのです。

私たちの人生の最期には、本人が望むと望まざるとに関わらず、ともすると過酷な医療サービスが待ち受けているのです。しかも、それによって回復する見込みがほとんどないのが実態です。「手を尽くしました」というただそれだけのために、莫大なコストとエネルギーが注がれているのです。

こうした医療は、患者だけでなくお医者さんも大変です。少しでも長く生きられるよう手を尽くすのが医療であり、そうしなければ家族や親族から訴えられる危険があるというのです。

ある意味では、医者も患者も幸せになれない医療サービスのために、莫大な医療費が使われているのです。お金が無駄だと言っているのではありません。今まで通りにお金を使うことで患者も医者も却って不幸になっていませんかと言いたいのです。

もっと、人を幸せにするためにお金の使い方を考えるべきではないでしょうか。

 

豪華客船「ほけん丸」は沈没寸前!

日本の国民皆保険制度は、人類の理想を実現した制度です。とりわけ高度療養費制度の導入によって、貧富の差に関わらず、誰もがさほど医療費を気にすることなく、いつでも自由に希望する医療機関を受診でき、その時代時代の最高の医療サービスを生涯にわたって受け続けられます。月額1億円を超える医療であっても受け続けることは可能です。生活保護を受けている患者であれば自己負担はゼロです。まるで、至れり尽くせりの豪華客船に乗っているようなものです。この素晴らしい制度を壊してはいけません。

しかし、日本では、こんなに素晴らしいことが、特別なことではなく、当たり前になってしまっています。

至れり尽くせりの豪華客船ほけん丸は、既に限界まで客が乗っているのに、不摂生な人達が次々と飛び乗ってくるのです。

いつの間にかお互いに支え合う「恩恵」が「権利」に変わっているのです。

 

グループワーク「健康長寿社会は実現できると思うか?その理由は?」

ここまでの江崎さんのお話をふまえ、「健康長寿社会は実現できると思うか?その理由は?」というテーマで、グループに分かれて話し合いました。

会場からは、

・エンディングノートの作成により、死に方の質を上げていく。「必要のない支援は受けない。」といった自分の意思を明確にする。

・健康に興味がある高齢者が増えているので、今後もっと増えていけば実現できるのではないか。

といった、柔軟な意見が生み出されました。

 

後半の江崎さんのお話がスタートしました。

現代社会に生きる人々が、自ら生み出す新たな障害。

人はどのような原因で死んでいるのか。昔は、「飢餓」と「戦争」でした。この結果、長年に亘って医療関係者が戦ってきた相手は「感染症」でした。現在、それら要因はほとんど取り除かれているので、本来なら誰もが120歳まで生きることができているはずです。

しかし 現実には、「食べ過ぎ(偏食)」と「運動不足」、そして現代社会特有の「ストレス」という新たな障害を自ら作り出して健康を害しているのです。

江崎さんは、会場の参加者に問いかけます。

皆さん胸に手を当てて考えてください。ちゃんと食べていますか。毎日運動していますか。ストレスだらけではありませんか。

 

「結核」と「がん」。見逃されがちな、疾患性質の違い。

かつて日本では、死亡原因は圧倒的に「結核」でした。しかし、抗生物質の発見や国民皆保険の充実によって結核で亡くなる方は急激に減少しました。それに取って代わるように増えているのが「がん」です。医療関係者は「我々は結核を撲滅した。次なる敵はがんである。」と言います。

しかし、江崎さんは、こうした認識が間違っていると主張します。

結核とがんでは病気の性質が全く異なります。結核は身体の外から進入する異物が原因です。それに対して、がんは元々私たちの身体の一部です。外から進入する異物ではありません。

がんは、自分自身の細胞が性質を変えてしまったものです。がん細胞は遺伝子の異常によって発生するのですが、これは決して特別なことではなく、私たちの身体が細胞でできている限り、細胞分裂の際の遺伝子のコピーミスによって毎日数千個ものがん細胞が発生しているのです。

しかし、身体の中の免疫システムによって異常が発生した細胞を除去する機能があるため、すぐには「病気としてのがん」を発症しないのです。がん細胞ができることなど私たちの身体は織り込み済みです。問題は、がん細胞ができることではなく、何らかの理由で免疫システムががん細胞を除去できなくなることなのです。

免疫システムが働きにくくなる要因の多くは、ストレスなど「生活習慣の乱れ」だと言われています。だからこそ、がんは生活習慣病に位置づけられているのです。

疾患の性質が変化!しかし、アプローチはそのまま。

現在、どの国を見ても薬事法をはじめとする医療法制の多くは、感染症を念頭に置いて作られているのだそうです。

感染症に対する治療目的は、「治す」ことです。原因を取り除くことができれば病気は治りますので、医者の役割が重要です。この結果、患者は「先生お願いします。」と医者に丸投げし、医者からは、「患者は余計なことを考えずに大人しく寝ていろ」というが基本でした。

一方で、医科診療費の傷病別内訳をみると、3分の1は「生活習慣病」であることがわかります。これに老化由来の疾患を加えると半分近くにもなります。

生活習慣病型や老化型の疾患では、患者が「大人しく寝ている」だけだと症状が悪化しかねません。

逆に、患者が食生活や運動に注意することで状況は大きく変わります。「自ら取り組む」という患者の関与が治療の効果を大きく左右するというのです。

 

これは、いままでの医療には無かった視点です。

 

また、別の点でも、大きな違いがあるそうです。

これまで病気の主流であった感染症は、原因が一つに特定されるシングルファクター型でした。しかもその原因は体の外から来る異物であるため、薬の効果は絶大で、誰でも同じように一定の効果を期待することができました。

これに対して、生活習慣病や老化型の疾患は、原因を一つに特定することができません。人によって異なる様々な要因が関係しています。他方で早い段階から適切に管理することができれば、同時に複数の疾患が改善し、患者のQOLは大きく向上します。

しかし、公的保険に依存している医療では、「予防」への取り組みがどうしても手薄になるようです。

現在の医療には、「病気になる前からコントロールする」という発想がありません。

なぜなら、現在の医療保険システムでは、病気と診断されないと保険料が支払われないからです。

このように、疾患の性質が大きく変化しているにもかかわらず、これまでと全く同様のアプローチで医療サービスが提供され続けていることに問題の本質があるというのです。

重症化予防で医療費が減る。

「病気になる前からのアプローチ」という「予防」に取り組めば問題は解決するのでしょうか。

実は、「予防政策によって医療費は減らない」というのが医療経済学の常識です。しかし、「予防」に意味がないのではなく、適切なターゲットにアプローチできなかったことが原因なのです。

生活習慣病などの予防活動には、本当に取り組みが必要な人は参加せず、健康に関心が高いもともと健康な人ばかりが参加するのが実情です。そのため予防のためのコストを掛けても、医療費が減ることはなかったのです。

ではもし、適切なターゲットにアプローチできたらどうなるのでしょう。

重症化予防は、医療費を下げることにつながります。とはいえ、なかなか健康管理に関心がなく、仕事を優先させたい方々を動かすのは大変でした。

具体的にはどのようなアクションをしているのでしょうか。

経済産業省では健康経営という取り組みを推進しています。従業員に働きかけてもなかなか行動は変わりません。健康が大事であることは分かっていても、仕事のためにどうしても優先順位が下がってしまうのです。そこで、健康管理に取り組みやすい環境を作るため、まずは経営者の意識を変え、企業文化を変えることを目指しているのです。

「健康経営」とは、従業員等の健康管理を投資と考え、経営戦略として取り組むことです。

健康経営を推進する企業の協力によって実施した事業では、糖尿病の重症化予防の取り組みで、実際に目覚ましい効果が出ています。驚いたことに、食事と運動管理によって、糖尿病のみならず、高脂血症や高血圧など複数の疾患が同時に改善したのです。

 

大切なのは、発症する前からのアプローチ

これからの医療のあり方について、こう語ります。

感染症型疾患に対するアプローチでは、発症前に行えるのはワクチンを打つ程度で、基本的には発症してからスタートです。まずは、症状を緩和して様子を見るところから始まります。病気の原因が特定できれば薬や手術によって取り除きます。それがだめなら、臓器移植など最後の手段になります。

しかし、これからの医療は大きく変わります。

大切なのは発症前からのアプローチです。日々の健康データを収集し、継続的に管理することが医療の基本になります。現在、最後の手段と考えられている再生医療も、「予防」や「先制医療」として使用することで、患者のQOLは大きく向上します。

生活習慣病に対する治療では、日々の生活データが最も重要ですが、現在の医療ではこれらを収集する方法がありません。精々問診の際の自己申告程度です。

老化由来の疾患の場合、昨日今日の状態が正確に分かるより、過去5年間の生活データが継続的に取れていれば、遙かに効果的な対応が可能になります。

これからの医療は、病名が付く前からの対応が大切です。

医療サービスとしては、「食事運動わくわく薬」の順番です。もしかしたら「食事運動わくわく」で終わりかもしれません。患者の状態を管理することでそもそも病気にならないようにするのが、「デジタルメディスン」なのかもしれません。

これからの介護

介護については、目的の再確認が必要だと主張していました。

今の介護制度は、「お年寄りは弱いもの、支えられるべきもの」との前提に立っています。この結果、自宅にいても、施設にいても何も役割は与えられず、食事、入浴、排泄といった「生きるための支援」が基本です。高齢者は誰かに支えられるだけの存在となり、自立と尊厳が失われていきます。介護の本当の目的は、「最期まで自律した生活を目指す」ことだったはずです。

そして、江崎さんから印象に残る言葉が発せられました。

「ありがとう」は悪魔のささやき

介護施設の職員は、施設で暮らすおじいちゃんやおばあちゃんに「ありがとう」と言ってもらえるために頑張るのですが、皮肉なことに、お年寄りには辛いことなのです。施設では、朝起きてから寝るまで、何をしてもらうにも「ありがとう」と「ごめんなさい」を言い続けなければならないのです。自分の存在価値を確認することができない。それが如何に辛いことか分かりますか。本当は、施設で暮らすお年寄りも「ありがとう」と言われたいのです。

以前実施したアンケートでは、高齢者になって一番欲しいものは、お金でも健康でも無かったそうです。

高齢者が求めたのは、「尊敬されたい」でした。いくつになっても、「誰かの役に立ちたい」、「感謝されたい」という気持ちをどのように実現するかです。そうすることで、高齢者は自分の存在意義を確認できるのです。

民間の力も活かし、豊かな安定社会へ

医療では、病名がつく前からアプローチをする。介護では、高齢者が社会に参加し続けるための支援をする。

これらを、公的保険だけで実現させることは不可能で、民間の力を活用することが必要です。健康を維持するためには「ワクワク」できるプログラムを創出していくべきなのです。

そうすると、社会はこうした姿になるはずです。

豪華客船「ほけん丸」は、それに乗らなければ生きて行けない人のために何としても維持しなければなりません。他方で、ほけん丸に乗るより遙かに楽しい陸での暮らしを実現するのです。楽しく生きることで健康になり、早くからほけん丸に乗らなくて済むようにするのです。

人生2周目が1周目を支える社会

還暦を迎えた後、人生の2周目を送る人たちの生活のあり方については、こう語ります。

人生の1周目を健康に過ごすことができれば、素敵な2周目の人生が待っています。2周目は「余生」などではありません。子育ても終わり、自分と社会のためだけに全てのエネルギーが使える素敵な時間が始まるのです。人生の本番は2周目かもしれません。

既に始まっている取り組みとしては、海外赴任経験のある高齢者に、学童保育で英語を教えてもらう取り組みが人気です。

また、貧困層の子供たちに朝ご飯を提供する「子ども食堂」の取り組みには、一人暮らしのおばあちゃんたちが協力しています。今では、貧困層の子供たちに限らず、裕福でも親が忙しくて一緒にご飯を食べられない子供たちも子ども食堂に来ているそうです。

このおじいちゃんたち、このおばあちゃんたちがいてくれるお陰で、子どもたちが安心して暮らすことができ、町の文化や伝統が維持されるなど、地域の人々に感謝される存在となれるわけです。

 

江崎さんは、私たちの常識を変える言葉をたくさん伝えてくれました。

そして、最後にも驚く言葉が…

1周目を生きる人たちが2周目の人たちを支えるではなく、2周目が1周目を支えるのです。

そうなったときに、超高齢社会がいかに素敵な社会となるでしょうか。

大切なのは、いくつになっても「今が一番楽しい。」と思えることです。

人生にピークをつくってはいけません。人の脳は最期まで幸せを感じるようにできています。

人生が1周目で終わっていた時代の制度の仕組みのまま、無理矢理2周目を何とかしようとすることが問題なのです。誰もが2周目の人生を生きられるようになったのですから、2周目の存在を前提に社会経済の仕組みを作り直すべきです。

お年寄りが最期まで役割と自由を持ち続け、笑顔でいられる。そんな社会が実現したとき、間違いなく日本は世界から見て「憧れの国」になるというのです。

最後に力強いメッセージをいただきました。

そのような社会を実現するために、皆さんの取り組みが大切です。「ありがとう」は言ってもらうのではなく、皆さんが言うのです。お年寄りが最期まで輝けるそうした社会をつくっていきましょう。

 

グループワーク2「あなたの立場で、やってみたい健康長寿社会へのアクションは?」

お話をふまえて、2回目のグループワークをしました。

テーマは、「あなたの立場で、やってみたい健康長寿社会へのアクションは?」です。

江崎さんのお話を伺って、参加者からワクワクする様々なアイディアが湧き出ていました。

 

QAコーナー

プログラムの最後は、質疑応答の時間。

会場から頂いた質問をまとめ、ファシリテーターの秋本から質問をさせていただきました。

秋本:お話の冒頭で、なかなか常識を変えることは難しいけれども、視点を変えるのがすごく大事というお話をいただきました。
そもそも高齢化が、日本全体として、問題視されているなかで、江崎さんご自身はどうやって視点を変えることができたのでしょうか。そして、視点を変えることが大事だということを前提として、それを社会に今どのように訴えかけようとしているのか、お聞かせください。

 

江崎:大切なのは普通の感覚です。そして、できるだけ多くの分野に関わることです。

具体的には、1つの視点から見ただけで、答えを出さないことです。

例えば、私の故郷には信号機と“認知症”がありません。きちんと診断をすれば認知症の人がいるかもしれません。しかし、それほどの田舎になると、認知症であるか否かに関わらず、日々の生活に役割があります。毎日草取りや畑仕事を続けています。本人も周囲も “認知症”と意識しなければ、何も問題はありません。それが普通の感覚です。

ところが、一旦社会で認知症が問題となれば、徹底的に診断し、治療し、特別扱いしようとします。でも、そうした議論に「何かおかしい」と感じるのも普通の感覚なのです。

ちなみに、私は国家公務員であると同時に、現役の武道家であり、農作業も行い、大学の客員教授兼役員のポストを持っています。色々な視点で物事を観察すると、同じ問題でもマスコミや世間一般で言われているのとは違う面が見えてきます。

これまでビジネス戦略の基本は、時間と手間を削減し、スピードと効率性を追求することでした。そうした視点だけで、高齢者のビジネスを考えるから上手くいかないのだと思います。高齢者には、時間と手間は豊富にあります。手間暇を掛けて丁寧な仕事をすることで、より価値の高い製品が生まれます。また、必ずしも市場に出す必要もありません。誰かを笑顔にするだけでも十分に価値があるのです。

そうしたことをあらゆる機会を捉えて発信しています。今回の講演もそうですが、直接話をするだけでは明らかに足りないので、昨年書籍も出版したのです。

江崎さんにお話いただいた健康長寿社会実現のスケジュールはどのようなスパンで考えていますか?

できれば今すぐにでも取り組み、少しでも早く実現したいと思っています。

「いつかそれができる立場になったら取り組もう。」では遅いのです。たとえ小さくても今できることに取り組むことで、次の扉が開いていきます。

今後、江崎さん自身は、2周目の人生をどのように過ごしたいですか?

日本のお年寄りの「幸せのカタチ(2周目の人生における幸せ)」を作る仕事をしたいと思っています。医療の高度化はもちろんですが、お年寄りの方々がいつまでも笑顔でいられる社会を実現することが、日本を守ることに繋がると思っています。「日本にとっての最大の国防は、世界の国々から感謝されること」ではないでしょうか。誰もが望む「幸せのカタチ」を世界に示していきたいと考えています。

健康長寿社会の実現に向けて、会場の皆さんに期待することは何でしょうか?

 

みなさんは必ず年をとります。大事なことは、まずはみなさんが幸せになること。

そして、自分が幸せになる一番簡単で確実な方法は、誰かを幸せにすることです。

難しいことではありません。困っている人に声を掛ける、席を譲る、隣の人のためになにかやる…等。

幸せは感染(うつ)ります。

小さなことの積み重ねが社会を大きく変えるのです。是非とも実践してみてください。

 

当たり前の常識について、本当にそれは事実なのかを問い続ける必要性を強く感じました。今、信じている“正しさ”は、過去の“正しさ”であって、現在の“正しさ”ではないことも多くあると学びました。

そして、私たちが課題だと捉えていることは、真の課題でしょうか。

改めて、問い直す必要があるでしょう。

江崎さんが描く健康長寿社会は、とてもワクワクする社会です。高齢化率が高くても、明るい社会が具体的に描けます。

そんな社会を目指すために、まずは自分自身が幸せになることが大切です。

 

ゲストプロフィール

江崎 禎英 Esaki Yoshihide 

岐阜県出身。

1989年東京大学教養学部国際関係論卒。通商産業省に入省、通商問題を担当。
大蔵省出向の後、ベンチャー企業育成のための店頭市場改革、外為法改正に携わる。
1996年英国に留学し、引き続きEU(欧州委員会)に勤務。帰国後、IT政策、ものづくり政策を担当。
その後、資源エネルギー庁エネルギー政策企画室長、岐阜県商工労働部長、経済産業省生物化学産業課長、同ヘルスケア産業課長を経て、2017年から経産省商務・サービスグループ政策統括調査官
兼 内閣官房健康・医療戦略室長。

2018年9月から厚生労働省 医政局 統括調整官に併任。

著書:『社会は変えられる  世界が憧れる日本へ』(国書刊行会)

開催概要

日時:2019年5月18日(土)

会場:株式会社リジョブ オフィス

PRESENTについて

2025年に向け、私たちは何を学び、どんな力を身につけ、どんな姿で迎えたいか。そんな問いから生まれた”欲張りな学びの場”「PRESENT」。

「live in the present(今を生きる)」という私たちの意志のもと、私たちが私たちなりに日本の未来を考え、学びたいテーマをもとに素敵な講師をお招きし、一緒に考え対話し繋がるご褒美(プレゼント)のような学びの場です。

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