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その体験が、私たちの“当たり前”を壊す。「VR×認知症」で探るこれからの社会のカタチ。(PRESENT_10 下河原 忠道レポート)

PRESENT REPORT Archive

「認知症」という言葉を耳にしたときに、いったいどのようなイメージを持たれるでしょうか?
「怖い」「可哀そう」「難しい」「あんな風にはなりたくない」「あまりかかわりたくはないな…」
そんなネガティブな想いを抱く人が、ほとんどなのではないかと思います。

一方で、世界に類を見ない速度で高齢化が進む日本社会では、認知症は「特別なもの」ではなくなっています。
認知症のある方は既に800万人を超え、2025年には1000万人を突破するとも言われています。
もはや誰にとっても他人ごとではありません。

そんな中、認知症という大きな社会課題に、VR(仮想現実)というテクノロジーを用いた「VR認知症プロジェクト」を通し、認知症のある方も自分らしく生きていける社会をつくろうとする挑戦が、今大きな注目を浴びています。

第9回の排泄予測デバイス「DFree」・第8回の「介護×情報(IT)」に引き続き、「介護×テクノロジー」の具体的な取組にスポットを当てた第10回目のPRESENTは、「VR認知症プロジェクト」を進める株式会社シルバーウッド代表の下河原 忠道氏をお迎えし、お話を伺いました。

100名を超える過去最大の参加者が募った10回目のPRESENT。

VR認知症体験や、下河原氏のお話、参加者同士の対話を通して、日々介護や医療に携わる人にとっても、普段なかなか認知症に携わらない人にとっても、認知症というものを見つめなおし、何かが変わるきっかけが生まれていく。
そんな可能性に満ちた一夜の様子をレポートします。

 

テクノロジーこそ社会課題の解決に使うべき。

 

VRは今、ゲームやエンターテインメントの世界で注目されていますよね。
でも、最先端の技術こそ社会課題の解決に使うべき。僕はそう強く思うんです。

様々な分野での活用が広がり始めているVR技術。私たちの身の回りでも、少しずつその存在を感じる機会が増えてきました。しかし、その多くはエンターテインメントの分野であり、「社会課題の解決」という切り口で語られることは少ないのが現実です。
「それでは勿体ない」と下河原氏は熱く語られます。

VRというテクノロジーを用い、社会課題を解決するとは、いったいどういうことなのか?
そのヒントは、シルバーウッドが手掛けるサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」での営みにあります。

楽しく、愉快で、気持ちいい。銀木犀という住まい。

 

「銀木犀」を初めて訪れた人の多くは、「ここが本当に高齢者住宅なのだろうか?」と驚きます。

陽の光がたっぷりと注ぎ込む空間、こだわりの手作りの家具。

併設された駄菓子屋では入居をしているおばあちゃんが店番をし、学校帰りの子どもたちが当たり前のように顔を出す。

「住んでいて楽しい、愉快だ、気持ちいい、と思えるものを作ろう。」という想いで作り出された「銀木犀」には、とても温かく居心地のよい空間が広がっています。

 

僕はね、「管理が依存を生む。」と思っているんですよ。 自分が人から必要とされる体験、人から感謝される体験というのを作り出していきたい。

「銀木犀」では、入居される一人ひとりが、「お世話をされる人」ではなく、それぞれの形で「銀木犀」の住民として、地域の一住民として、お互いに支えあったり、感謝しあう関係を築いています。

コミュニティ・地域の一員として、誰かの役に立ちながら過ごしている「銀木犀」の住民の方々は、とても楽しそうで、どこか誇らしげ。
そこには、高齢であること、認知症であること、障害を持っていることなど関係のない、人と人との当たり前のつながりの姿を垣間見ることが出来ます。

下河原氏が語る「銀木犀」の一つひとつのエピソードは、私たちの中にある「介護を受ける人」「認知症のある人」のイメージを少しずつ、やわらかくほぐしていきます。

認知症を“一人称”で体験する―「VR認知症」という体験。

 

例え認知症を持っていたとしても、周囲の理解とほんの少しの支えがあれば、自分らしく生き生きと過ごすことが出来る。
日々の認知症を持つ方とのかかわりで、そう感じる一方で、社会全体の認知症への「無関心」や「他人事感」に課題認識を持っていた下河原氏。 その理由の一つを、「当事者としての実体験がない」ことだと考えたそうです。

風邪をひいている人を見ると、「ああ、この人は辛そうだな」と同情したり、心配して「大丈夫?」と自然に声をかけられますよね。 それは、私たち誰もが風邪をひいたことがあり、熱が出たりのどが痛かったり、という症状を想像できるからなんです。
でも、認知症は自分が体験したことがないから、何が辛いか想像できないんです。

医療や介護の専門職を含め、自分自身が当事者として認知症の症状を体験することはできません。
そのため、認知症の当事者以外の人たちが、認知症の症状とはどういったもので、一体どんなことを感じ、どんなことに困っているかということを、VRでの疑似体験を通して感じることが出来れば、社会の認知症への視点も変わるのではないか。
そのような想いで「VR認知症プロジェクト」はスタートしました。

当事者の声を聞きながら作られたストーリーのうち、当日は参加者の皆さんに2つのストーリーを体験いただきました。

VR技術を通して初めて体験する、認知症の人が見る世界。
不安・戸惑い・恐怖・困惑・驚き・安心・共感…。認知症の人が感じる様々な感情を疑似体験していきます。

参加者には介護職や医療系など、普段認知症のある人とかかわる人が多くいましたが、「初めてわかった!」「こんな感じなんだ…」と驚きの声が上がっていました。
(実際どのようなストーリーだったのかは、ぜひ「VR認知症」体験で実践してみてください!)

体験後の参加者同士の対談では、体験で感じたことや気づきを共有します。

共有の時間はとても盛り上がり、様々な意見・想いが活発に取り交わされていました。
僅か数分の時間でしたが、「VR認知症」体験は、参加者一人ひとりの心に変化を与えたようです。

当日体験したプログラムの一つ、「レビー小体病」の方の幻視体験の映像を、当事者として監修した樋口 直美氏からもお話を伺いました。

「幻視」というのですが…、私には本物にしか見えないんです。そう伝えても、ずっと伝わらなくて。
この映像を見せて、初めて理解してもらえました。

既にVR体験を済ませている会場の参加者は熱心なうなずきをみせます。ゴーグル越しに私たちが体験した「幻視」は、あまりにもリアルなものでした。

下河原氏を始めとしたプロジェクトメンバーは、樋口氏と意見を交わし、映像のリアルさを追求していきました。この映像を始めて見た専門医も「今まで聞いてきたものとはちょっと違う」と話をされたそうです。
当事者本人が実際に見て感じている世界と、話を聞いた人がイメージする世界のギャップの存在を浮き彫りにし、かつ“一人称”で体験をすることのできるVR技術の可能性を下河原氏は強く感じています。

“介護のみならず、人間として生きていくうえで大事なことに気づけた。”

“「認知症である前に、一人の人間である」ということに、改めて気づかされた。その人が見ているもの・聞いているものは、その人にとっての現実。それを忘れないようにしようと思った。”

“自分のケアが「押し付け」になっていないだろうか?考えるきっかけになってよかった。”

実際に体験をした参加者の皆さんからは、このような感想を頂きました。
“一人称”での体験は、確実に参加者一人ひとりの胸に何かを刻み込んだようでした。

 

「VR×認知症」が、社会を変えていく。

 

今日、「VR認知症」を体験したことで、きっと認知症の概念が変わったと思います。 そんな人たちが増えていけば、困っている人を見かけたとき、「もしかしたら、この人は認知症かもしれない」とか「自分に何かできることはあるか」と考えて動ける人も増えていく。そして、そのような人たちがもっと増えていけば、社会が変わると思っています。

そう力強く語りかける下河原氏。 「VR認知症」の体験は、誰かが一歩を踏み出すきっかけとなり、やがてそのアクションが社会を変えていく可能性を秘めています。

プログラムを体験した、ある小学生が下河原氏にこんなことを話してくれたそうです。

「これって『認知症ってこんな感じなんだ』っていうのを学校のみんなで話し合うことが大事なんだよね?」と。

認知症を、閉じた関係の中で守って支えていくのではなく、 みんなで気づいて、同じ人として、社会の中で一緒に暮らすだけでも変わるんです。

VRという最新のテクノロジーを用いながら、本質的に人間の持つ想像力や優しさの力を信じ、社会をよりよい方向に変えていこうとする「VR認知症」という挑戦。
そのアクションが今以上に広がっていくことが、私たち一人ひとりが自分らしく生きることのできる社会をつくっていくきっかけとなるのかもしれません。


 

ゲストプロフィール

 
下河原 忠道  Tadamichi Shimogawara

株式会社シルバーウッド代表取締役
一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事 高齢者住まい事業者団体連合会(高住連)幹事
1988年Orange Coast College留学後、2000年株式会社シルバーウッド社設立。
薄板軽量形鋼造構造躯体システム開発、特許取得に成功、同構造の躯体パネル販売開始。
2011年直轄運営によるサービス付き高齢者向け住宅を開設。
2016年VR認知症プロジェクト開始 著書:「もう点滴はいらない」(ヒポサイエンス出版)
※プロフィールは、イベント開催時の情報となります。

開催概要

日時:2016年12月11日(日)

会場:サイボウズ株式会社 東京オフィス

PRESENTについて

2025年に向け、私たちは何を学び、どんな力を身につけ、どんな姿で迎えたいか。そんな問いから生まれた”欲張りな学びの場”「PRESENT」。「live in the present(今を生きる)」という私たちの意志のもと、私たちが私たちなりに日本の未来を考え、学びたいテーマをもとに素敵な講師をお招きし、一緒に考え対話し繋がるご褒美(プレゼント)のような学びの場です。


 

この記事を書いた人

 

江原 里沙 Risa Ebara
IT営業職/HEISEI KAIGO LEADERS PRチーム
群馬県出身。大学ではロシア語を専攻しながら政治経済史を学ぶ。
田舎と都会、日本と海外を経験し、労働としての介護に興味をもつ。
卒業後はITの営業として活動。CRM、デジタルマーケティング、IoTなど。趣味は一人旅。

野沢 悠介 Yusuke Nozawa
株式会社Join for Kaigo取締役/ワークショップデザイナー
大手介護事業会社の採用担当者・人事部門責任者として、新卒採用を中心とした介護人材確保に従事。
2017年より、Join for Kaigoに加入、介護領域の人材採用・定着・育成をよりよくするために活動中。
趣味は音楽鑑賞。好きなアーティストを見に、ライブハウスに入り浸る日々。

【写真撮影】


近藤 浩紀/Hiroki Kondo
HIROKI KONDO PHOTOGRAPHY

※記事中の「銀木犀」の写真は、「銀木犀」よりご提供頂いています。